第8話
不思議な出会いを果たした、元アイドルとそのファンという奇妙なコンビ一行。彼らは何度かオオカミの群れと遭遇しつつも、順調にボスの手前まで来ていた。
「もう少しですよ、ミリアムさん」
軽やかな足取りで、ティルが先頭を歩いていく。そんな彼であるが、後ろから歩く徹から見ると、痛々しい傷が脇腹に刻まれているのが分かる。
「なぁ、ティル。これ使って傷塞いでおけよ」
徹は一旦立ち止まり、手の上に包帯を出現させる。そして徹の声に振り返ったティルに、その包帯を差し出した。
「ありがとうございます。ちょうど切らしてまして。準備がいいんですねぇ、ミリアムさん」
「いや別に、魔法で出現させただけだぞ」
「あぁ、魔法ですか…」
ティルはNFAが使いこなせないからか、その発想は無かったようだ。徹から包帯を受け取り、なれた手付きで傷の処置を始めた。
「結構ハードなのか?【シオン】攻略は」
「ええ。やっぱりVRゲームとは別物ですからね。補正もリスポーンも無いんですから」
「なるほどねぇ。それにしては、淡路で見かけた連中はミーハーな連中ばっかりに見えたが?」
「まぁ、それには何も言い返せませんね…。『城』にはそんなデメリットを覆すほどのモノがあるようですし」
(『城』?あの草原の左手に見えたアレか…)
コメントに言われるがママに森にやってきた事を、徹は少し後悔し始めていた。あたり一面からその奥まで延々と続く木、木、木…。少し代わり映えのない単調な配信になってしまっているのだ。自分自身もつまらないダンジョンだと認識し始めている。
「そうなのか…城には一体何があるんだ?」
「あれはただの城じゃないんです。いろんなフィールドへのポータル…とでも言うべき場所ですね」
「具体的には?」
〈あー、あれだよほら。マ○オ64の城みたいな〉
〈いろんなダンジョンに繋がるゲートが大量にあるんだゾ〉
〈絵には飛び込むわけじゃないがな〉
〈マ○オよりドラ○エ7の台座のが近い気ガス〉
〈オマエらって結構レトロゲー好きだよな…〉
徹の質問に対して、コメント欄に詳細が流れていく。なるほど、城自体がダンジョンな訳ではないようだ。
「……絶対そっちのが面白いやつじゃねえか!なあ!騙された!」
大人気なく視聴者に怒りをぶつける徹。それに対しコメ欄は、
〈フヒヒ、サーセン〉
〈城のダンジョン群は取っておこうぜ〉
〈チュートリアルだよチュートリアル〉
〈でもやっぱり、初踏破の名声欲しいじゃん?〉
〈ティル氏とも会えたし結果オーライ!〉
配信とは難しいものだ、と簡単に考えていたのを後悔し始めていた。
「さぁ、着きましたよ」
突然ティルが立ち止まり、木の後ろに隠れて手招きをしてきた。言われたとおり付いていき、そーっと前方を覗き込むと、少し開けた場所がそこには広がっていた。そしてその中心には、大きな黒い物体が鎮座していた。
グーゥゥゥウ… グーゥゥゥウ…
寝ているのだろうか、その物体から寝息のようなものが響いてくる。間違いなく、報告にあった巨大オオカミである。
また、掲示板にあった情報通り淀んだ空気が漂っていて、徹は気持ちの悪さを顔に浮かべていた。
「なぁ、ちょっと大きすぎないか?オオカミというか、獣?」
その大きさに驚いた徹は、カメラに向かってポツリと言った。
〈まぁゲームじゃないし、バランス取れてないのは仕方ないな〉
〈このフィールドはゲーム感あるけど〉
〈俺たちの勝手なイメージも影響してるわけだしな〜〉
〈やっとミリアムちゃんのまともな活躍が見られるのか〉
〈あ、もう5時か〜、小腹空いたな〜〉
コメントを見ていた徹は、いつの間にか配信開始から3時間近く経っていることに気づいた。一つ大きなパフォーマンスをするにはちょうどいい頃合いである。
「ふぅー…どうだ、ティル。行けそうか?」
「えぇ!?僕もやるんですか!?勘弁してくださいよぉ…」
「あー、そんなこと言っちゃう?可愛い女の子一人にボス攻略させちゃうわけ?」
やや媚びた口調で言い放つ。外見を活用してティルにちょっかいをかける徹に、案の定コメント欄は急速に流れていく。
「いや、今日は準備もしてきてないんで本当に無理ですよ…」
「そっかぁ〜…それなら仕方が無いか〜」
あっさりと引き下がった徹は、ちらりとボスの様子を見た。
「まぁ、最初から一人で攻略するつもりだったし、策はあるんだよね〜…っと。」
徹はスッと表情を変えて息を吐き、足元を睨みつけた。そして、
ガチャガチャガチャ…
手榴弾のようなものが積まれた。
〈これはフラッシュバンですね…〉
〈ファンタジーでCQBですか〜〉
〈これはちゃんと起爆してくれるのか…?〉
〈ディアスポラから来た奴らが試してたぞ。以外にもちゃんと爆発するらしい〉
〈そうか、仕組み自体は単純だからか…〉
〈魔物相手に効くのかぁ?〉
〈こんだけあれば怯むぐらいするだろ〉
「お前ら、スピーカーはオフにしとけよ?ティルも耳塞いどけ」
「えっ?えっ?まさかそれ全部を!?」
徹が積み上げた物が何なのかティルもすぐに気づいたようで、木の陰にしゃがみ込んで耳を塞いだ。
「NFAで物を動かすのは初めてじゃないが…うまく行くかな〜?」
自分のNFA出力を上げるため、徹は左手にアルテミスを出現させた。そして右手をフラッシュバンの山に突き出し、それが浮かび上がるイメージを描いていく。
カチャカチャカチャ…
その黒い山はぶつかり合う音を鳴らしながら、フヨフヨと浮かび上がった。
「よし、上手く行ったぞ…。それじゃ、状況開始!」
徹がギュッと右手を握りしめると、すべてのピンが抜かれた。そして右腕を上げ、すばやく振り降ろす。それと同時に耳を塞いで目を閉じる。
カンッ!カラカラカラ… ドゴォォン!!
雷の如き音が手を通して耳に届き、それに少し遅れて
ウオォォォン!!
地を揺らすような獣の咆哮が轟き渡った。
「ひぇぇ怖え…」
予想以上の雄叫びに内心ビビりつつ、徹は木の陰から飛び出した。
ボスの縄張りに飛び込んだ徹の目には、犬のように座り込み痙攣する獣が映る。かなり効いているようだ。
すかさず獣の側面に回り込み、アルテミスを引き絞る。数多の魔法の矢が番えられている像を思い浮かべつつ、皮膚の薄い横腹に狙いを定める。
「天ノ川!」
掛け声と共にスッと右手を放し、
カッ!シュバババババ!!
無数の閃光が散弾の如く飛び出した。たちまちそれは大きな光の奔流となり、尾を引きながら獣の身体に襲いかかる。
ズドドドドド!!!
そして無量の穴を残し、彼方へ消えていった。
その天の川が掛かった時はほんの刹那であったが、それを見たものは悠久の美しさを感じたであろう。
残されたのはなすすべなく命をその身から押し流された、見るも無残な獣の亡骸であった。
「おおっと、やりすぎちまったか…どうだったよ、ティル?」
「はは、はぇぇぇ〜…」
くるりと木のほうを見ると、ティルが腑抜けた顔でこちらを見ていた。なぜか返事が芳しくない。しかしレンズに映るコメント欄は大盛り上がりのようだった。
〈ふ、ふつくしい…〉
〈キャァァ!ミリアムちゃんカッコイイ!〉
〈天ノ川か…〉
〈ミルキーウェイだー!〉
〈それただ英語にしただけじゃねえか〉
〈ミリアムちゃん、またなんかやっちゃいましたね…〉
徹が流れ行くコメントを見ていると、突然、獣の死骸が溶け始めた。ドロドロとした獣の残滓が、亡骸の足元に水たまりを作っていく。
〈ヒエッ…〉
〈まさかの第二形態か?〉
〈ティルさん固まっちゃってるし…〉
〈もう一回遊べるドン☆〉
〈な、なぁ、あれ人なんじゃないか?〉
融解が進むに連れ、その内側に『ヒト』らしき何かが見え始めた。
見たところ10代後半くらいの青年である。といっても、エレツに生きる人間は外見をいくらでも偽ることができるため、まったくアテにならない。
その上、人間かどうかも怪しい。なにせここは【シオン】の中である。エレツによってキチンと原子シミュレーションされていない、NFAで具現化された存在かもしれないのだ。
「おいティル、誰か出てきたぞ」
「ハッ!?私は今何を!?」
「やっと正気に戻ったか…それよりあれ見ろよ」
「んん…?」
恐る恐るといった様子で、ティルは溶けた獣の水たまりに歩み寄り、呼吸の有無を確認する。
「えぇっと…息はしてるみたいです。少なくとも私の知り合いではないですね。装備は直剣と盾、それもクロスの紋章入り、と。」
「【アラトリステ】の兵士だな。ゲームのモデルデータを吸い出したのか、イチから再現したのかは知らないが、ここまでするのは大したもんだ」
【アラトリステ】とは、ファンタジー版ディアスポラとでも言うべきVR多人数バトルアクションであり、こちらもかなりのプレイヤー数を誇る人気ゲームである。
ディアスポラと比べ、「武器は中世の物まで」と制限は厳しいものの、豊富なスキルと【魔法】が魅力である。
また、陣地の占拠は勝敗条件には無く、どちらかの陣営の戦力ゲージが無くなるまで戦う、完全な総力戦である。
オーソドックスなHP・MPなどのシステムが基盤となっているため、幅広いプレイヤー層に受け入れられている。
アラトリステにおいて武器は、ゲーム側で大量に用意されたものしか使用できない。エレツ内で作り出した実物の武器をデータにしてゲーム内に持ち込めるディアスポラは、非常に特異な存在なのである。
このゲームへの思い入れが強い故か、彼は何らかの手段でゲーム内の武器を再現したということである。
「さて、どうしようかなぁ…」
「とりあえずアナナキに報告ですね」
「そうだな」
〈わしを呼んだかの?〉
〈!?〉
〈!!!〉
〈これマジ?〉
〈ただの偽物だろ〉
〈はいはいスルースルー〉
噂をすればなんとやら。コメント欄に本人風の書き込みが現れた。それとともにコメント欄がすごい勢いで流れていく。その大半は釣りを疑う声だったのだが。
すると突然、視聴者視点のウィンドウがパッと切り替わり、数時間前に見た猫耳幼女が映し出された。アナナキである。
突然の回線ジャックにも動じず、徹はティルにも見えるように、バトルグラスの機能で配信の様子を宙に投影した。
『シャローム、皆の衆』
どうやらアナナキは、徹の配信に割り込んだようである。ちなみにシャロームとは、とある言語の挨拶であり、アナナキがいつも使っているフレーズである。そして、この場においてアナナキの容姿を知っている者は、徹だけである。
〈シャローム〜〉
〈なんだこのケモロリ!?〉
〈属性盛りすぎ〉
〈こいつがアナナキだって言うのか?〉
『うむ!わしこそがエレツの管理者、アナナキであるぞ。』
そういって画面の中のアナナキは指をパチンと鳴らした。すると、ウィンドウが一つ目の前に現れた。
【☆アドミンにしかこんな事はできないじゃろう?☆】
そのウィンドウの中には、やけに自己主張してくるフォントの文字が並んでいた。
〈こいつ、直接ウィンドウを送り込んできたぞ…!〉
〈オレもオレも!〉
〈俺もだ…エレツのセキュリティをくぐるとは…〉
〈とんでもねぇハックスキルだ!〉
〈スキルの無駄遣いだなー〉
〈なぜ本気出したし〉
『やれやれ…本物じゃよ。何もせずとも、このゆんゆん漂うオーラでわからんのかえ?』
【ハッカーではないのじゃよ┐(´д`)┌】
画面内のアナナキは呆れたようにウィンドウを出して操作した。すると、一昔前の顔文字が添えられたメッセージが現れた。
〈掲示板に降臨したというアナナキはセンスが古かったらしいし…ガチ本物?〉
〈アナナキ様〜、フェザーちょうだ〜い〉
〈俺も俺も〜〉
〈お前らには遠慮ってものが無いのか…〉
『わしは都合のいい婆ちゃんか!』
視聴者たちによって弄ばれているアナナキに対し、おずおずといっ様子でティルが話しかける。
「あのー、そのー、アナナキ様?」
『ほいほい、そこのガキのことじゃろう?』
「ええ、そうです。」
『ちゃーんと調べてあるぞい。』
画面の中のアナナキは件の人物をちらりと見ると、パチンと指を鳴らして画面にプロフィールらしきものをを映し出した。
〈個人情報じゃん、これって公開してもええんか…?〉
〈ヒェッ…プライベートを平気で開示するんか…〉
『大丈夫じゃよ、これはアラトリステのプロフィールじゃからの』
確かによく見ると、ジョブやらレベルやらといった項目ばかりが並んでいた。
「こいつのアラトリステでの個人情報なわけか」
『そういうことじゃ。さすがにエレツでの本当の身分なぞ、配信で映せるわけなかろう?』
キャラ名の欄には【イニゴ】と綴られ、その隣には強気な表情を浮かべた「少女」の写真が添えられていた。
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