第9話
獣の死骸から出てきた青年をデータベースで探した結果、あるVRゲームの【イニゴ】という、女アバターのプレイヤーと判明した。
〈え、イニゴ?あの凸パラの?〉
〈まぁ、あの粗野っぷりは中身男だろ〉
〈今どきおかしな話じゃないし……〉
〈これマジ?俺の推しキャラ中身男なの多すぎだろ…〉
〈確かに最近アラケーにいなかったな〜〉
アラケーは文字通り、「アラトリステについて語る掲示板」のことだ。
「イニゴって誰?」
「ご存知、無いのですか?あえてパラディンを使っ…」
「え、なに?お前知ってんの?と言うよりアラトリステやってんの?」
〈ティル氏はアラトリステでたまに見かけるゾ〉
〈今さっきも直剣使ってたやんけ〉
〈イニゴは凸りまくるパラディンっていうチグハグなプレイで有名やね〉
〈そんなプレイでもフツーに強いけどな〉
どうやらこの青年はアラトリステではちょっとした有名人なようだ。ただし、ディアスポラでの徹のように「女アバター」として、である。
「同族、か……」
「はぁ、そうみたいですね」
ティルは一瞬だけ徹の方を見、行き場のない複雑な心情を投げつけた。
「いや、やっぱり、こいつは俺とはまた別の人種じゃないか?コメントから察するに、媚びてはいなかったみたいだしな」
「そういう……」
「んんぅ…?」
ティルがいじけた顔でなにかを言いかけた時、件のイニゴから声が聞こえた。
『おきたようじゃの』
「!?」
アナナキの特徴的な声に反応してか、イニゴはバッと起き上がった。そして周りを見回すなり、その表情はすぐ驚愕に変化した。
「緑がある!?というより人がいる!?」
「…ってそこかよ」
「緑?自然のことでしょうか…」
「おい、そこの二人!悪いが水を持ってないか!」
「えっ、あ、はい!といってもスポーツドリンクですが…」
ティルが肩掛けカバンから水筒を取り出した瞬間、イニゴはその手から水筒をひったくり、中身をあっという間に飲み干した。
「んぐっ、んぐっ、タハァ…ありがとよ」
『無意識から復帰したとはいえ、様子がかなりおかしいのぅ?かなり疲労しとる上に眼球の動きも小刻じゃ、かなり過酷な環境に晒されていたとしか思えんのぅ』
「今喋ったのは誰だ?」
『わしじゃよ、ここじゃ』
投影されているアナナキが手を振ってアピールをする。
『お主の名前はイニゴで合ってるかの?』
「えっ、ちが……いや、ああそうだ。イニゴだ」
最初は否定しようとしたイニゴだったが、地面に転がっているパラディン装備一式を見て、すぐに肯定した。
『お主、シオンという言葉に聞き覚えはあるかの?』
「すげぇ聞き覚えあるぞ、なにせ俺はシオン攻略の古参だからな」
『ふむ…』
「なあ、今日って何日だ?なんだかすごい長い間倒れてたような気がするんだよな…。
なにより体がすげぇ重くて、2日くらいダラダラ寝てたときと似てるんだ」
肩をぐるぐると回しながら、イニゴは自分の状況を聞き始めた。
『今日は8月27日じゃが?』
「27日!?」
日付を聞くなり、イニゴは即座にウィンドウを開く。そこに表示された日付を見て嘘ではないと理解したのか、彼は顔をしかめて溜め息をついた。
「俺がシオンに入ったのは18日なんだが…」
「マジ?お前一週間以上シオンにこもってたわけか?しかもここって確か…」
ディアケーを見たとき、森ができたのは19日と書かれていた。その次の日にティルが森の深部に突入し、手痛い反撃を食らって報告を上げたわけである。
「イニゴ、18日はシオンの何処を攻略してたんだ?」
「どこって、そりゃあ城に決まってるじゃねぇか」
さも当然というかのごとく、彼は城に行っていたと述べた。やはり城は魅力ある場所なようだ。
「俺は城に行ったことがないから分からないんだが、どんな場所なんだ?」
「んー、そうだな、簡潔に言えば、いろんな異空間に繋がる扉が膨大な数ある所、だな」
「なるほどな…」
徹の質問に対し、コメントされたイメージに重なる答えが帰ってきた。いったい城の中はどんな構造をしているのだろうか。
「まぁいいや、それで、どんな異空間に行ったんだ?」
「砂漠だ。果てしなく続く不毛の地さ」
「そういうことか…。でも、ドアで戻れるんじゃないのか?」
「そうだ!そこだよ!」
ハッとした表情でイニゴは徹に近寄った。そして、不毛の地で起きた事を話し始める。
「砂漠なんて今まで報告が上がってなかったんだよ!」
「そうですね〜、今の所はシオンに砂漠のフィールドがあった、なんていう報告は見たことがないです」
会話を傍から聞いていたアナナキが、おもむろにゴソゴソと動き始めた。そしてすぐに、ジャックしている配信画面に検索結果とかかれたウィンドウを映し出した。
『シオン関連のコミュニティやら掲示板やらを探してみたが、確かに見当たらんのう』
「だろ?だから思わず興奮しちまって…何も確認せずにドアの中に入っちまったんだ。
それで、入って2歩くらい進んだ瞬間にドォォーン!!て音が後ろから聞こえて…」
「振り向いてみるとドアがなくなっていた、と。そういうことか?」
イニゴは徹の言葉にコクリとうなずき返した。
「そっからしばらく移動した時の事だ。急に足元が崩れ始めてな。それで砂の流れる先を見たら、不気味なオーラを放つデカイ穴があったんだ」
「脱出できなかったのか?」
「ああ、そのまま砂と一緒に飲み込まれてったんだ。俺の記憶はそこで途切れてる。」
肝心なところは覚えていないんだと言わんばかりに、イニゴは顔をしかめて頭をコンコンと叩いた。
『ふーむ……。とりあえずミリアムよ、イニゴと共にエレツまで戻ってくるが良い。異常がないか、わしが全て検査してやろう』
「ああ、そうだな…さて、視聴者のみんな〜!楽しんで頂けたかな?」
視聴者サービスと言わんばかりに、徹は装った声と仕草を交え、カメラに向かって問いかけるる。
〈僕、満足!〉
〈楽しかったぞ〜、おつ〜〉
〈面白かったです。また配信お願いします!〉
〈もう18時か…〉
〈なんかあっという間だったな〜〉
〈城配信も頼むぞー、乙!〉
コメントを見て思わず時計に目をやると、『17:58』と表示されていた。
「あ〜、疲れた…」
「まさか練習でシオンに入って、ボス攻略するとは思ってませんでしたよ…」
「腹減った…そういえば俺、一週間以上何も食ってねぇ訳かぁ」
攻略配信を終え、エレツへ帰るネカマ1人と男2人。シオンの入り口が見えるなり、3人は安堵の言葉を漏らした。
「あ、ス○ッカーズならありますよ?」
「あ〜、イラネ…。ニチャニチャするじゃんそれ」
「ラーメンでも食いに行くか?」
「おー!分かってんじゃねぇか、女の割には」
「アハハ…」
色々あったせいで気づかなかったが、イニゴは
徹を見た目通りにしか知らないのである。それに気づいたティルは思わず苦笑いを浮かべた。その話題を嫌ってか、ティルは徹に話題を振る。
「そうだ、ミリアムさん!今度一緒にアラトリステやってみませんか?」
「うーん、アラトリステねぇ…?なんだかなぁ〜、だってあれ、ガキが多そうじゃん?」
「おっとぉ、食わず嫌い発見。アラトリステはああ見えても奥が深いんだぞ?ガキが多いのは否定しないがな」
「でも最近の年少プレイヤーは意外と強くて侮れないんですけどね〜」
「それはディアスポラでもあるあるだな…。そう言えば、こうして会ったのも何かの縁だし、連絡先は交換しておくか」
そんなやり取りをしつつ歩いていると、シオンの入り口にたどり着いた。ゲートの脇に徹が引っ張ってきたケーブルが見える。不審物として撤去されないかが気掛かりだったのだが、大丈夫だったようだ。
そして、3人がゲートをくぐり抜けると……
「あっ、ミリアムさん!ご無事で何よりです!」
「ミリアムさん!お帰りなさいませ!」
「森のボス討伐、おめでとうございます!ミリアムさん!」
全く知らない人たちに出迎えられた。徹は予想していなかったため、いつもの癖でファン向けスマイルを発動する。
「あっ、どうもー。ミリアムでーす」
「あの配信の後でこれですか、徹さん…」
「こうしてみると、いつものミリアムさんですよねぇ〜?」
「ミリアムさん、少し時間もらえませんかね?」
「はいはい、なんでしょう?」
丁寧口調から抜け出せないまま、見知らぬ人達との会話が始まる。
「私、こういう者なんですが」
「えーっと……備前組!?」
「おお、どうやらご存知のようで。嬉しい限りです」
備前組とは、太刀を初め様々な武器を手がけるエレツで有名な職人集団であり、昔ながらの匠の技を受け継ぐ人たちで構成されている。
原子レベルのシミュレーションは、廃れ行く古来の技を失うまいとする人に復活する為の環境を用意した。
コストはかかるが品質ダントツ、というのが和の逸品たちの特徴であるが、エレツによってその「コスト」を無視できる環境が用意されたのである。
風前の灯だった彼らは、水を得た魚のごとく槌を振り、次々に名品を生み出し始めた。時代が変われども変わることのないその芸術性は、エレツの人々を魅了したのである。
ディアスポラ等のゲームで「本来の使い方」ができるようになったことも、大幅な追い風となった。
そんな備前組の名刺を渡してきたその人物は、徹より6歳ほど年上な感じの男性であった。服装はいかにもな職人…ではなく、普通の私服といった風である。
「先程の配信、見ましたよ!シオン配信、まだまだ続けるんですよね?」
「まぁ、そのつもりですけど…」
「でしたら是非ともこれを!」
そこでおもむろにウィンドウを開き、ポチポチとつつく。そして、何かを受け止めるように両手を構えると、
スッ… パシュン!
彼の手に大きな一振りの刀?のようなものが現れた。なぜ疑問系なのか、それは柄が異様に長いからである。刃の部分もかなり長く、大太刀に見えなくもない。
「大太刀…ですか?」
「いやいや、大太刀ではないんです。これは『長巻』という武器なんです。」
「はぁ…」
「長巻は実戦でちゃんと活躍した武器なんですよ!大太刀なんかよりもずっと実用的だったんです!ですからミリアムさん、これを使って名誉を取り戻してあげてください!」
雰囲気に流され、徹は長巻とやらを受け取り、柄に手を掛けて抜いてみる。
スッ…
滑らかに鞘を滑り、鋼の刀身が姿を表した。丹念に磨き上げられた刃が妖しく輝き、見るものを引きつける。
柄と刃長がほぼ同じ長さになっており、柄の端から切先までを通して長弓のような反りを帯びている。ただ、鞘に戻すのは少しコツがいるようだった。
「ふつくしい……そしてデカイな」
「まあ、大きいと言われるとその通りなんですが、取り回しは抜群にいいんですよ?」
彼はもう一振り長巻を出現させ、鞘から抜いて両手で柄を握る。柄が長いため、右手を鍔近くに、左手を柄の中心近くに置いている。
「よく見ててくださいね?」
そう言って彼は少し距離を取り、演舞をはじめた。
フッ! セイッ! ハッ!……
切り上げ、切り払い、突き、袈裟斬り……やや大振りながらも素早い剣捌きである。刃ではなく柄の端で突く「薙刀」のような技も交え、動きに
隙がない。
「ほぇ〜意外と振り回せるなぁ…」
感心したように演舞を見ていた徹は、ふいに手元にある長巻を目を下ろし、ふむと何かを思案する。
(和系の武器を使うなら、やっぱり衣装もあわせないとな。となると、着物……は少し動きにくいなぁ。うーん…)
傍から見ると、顎に手を当てて神妙な表情で物思いにふける美少女であるが、内心はくだらない議題が論じられているのであった。
(あっ、そうだ!アナナキが着てるようなミニ浴衣!)
ここはシオンではなくエレツであるため、ウィンドウから様々な操作ができる。徹はおもむろにウィンドウを開き、オープンヤードでそれっぽい衣装を探し始めた。
(おー、やっぱり需要あるんだな〜ああいうのは。えーっと…これでいいか)
データをダウンロードし、スキン画面から選択、編集完了を押した。すると、徹の身体が光に包まれる。ティルは思わず目を閉じ、
「いきなりどうしたんですかっ……て、あれ?その衣装は……」
先程までの迷彩服ではなく、丈が短く青い浴衣を纏ったミリアムがいた。
右腕に付けられていたパワーアームもなくなっており、いかにもなポーズで長巻を構えている。
「どや?」
「あっ…あっ…」
「あ?」
ティルは不明瞭なナニカを呻きながら徹を指し、そして
「アアアァァッー!」
鼻血を吹き出して倒れた。
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