第7話

〜2121/08/27/13:23〜


「お前個人に対してじゃないぞ。配信にする予定だから」

「おっ!そうきたか…。わしのミリアムちゃんで荒稼ぎするつもりか〜!」


ピッ ポチッ パシューン!


「むふぅ〜…あやつめ、わしを無視して出ていきおった…」


 徹の奴め、お主はわしが創り出したのじゃぞ?言うなれば親みたいなものじゃ。あそこまで冷たい別れもなかろうて。


 おっと、その前に挨拶をせねばのう〜。


 シャローム、わしはエレツの管理AI「アナナキ」なのじゃ。


 お子様ボディにミニ浴衣、そしてこのネコミミ。実に尊いと思わんかの?わしの趣味全開の身体なのじゃよ。なにせAIじゃから、物理的な体なぞ持っておらんからの。


 管理AIは一体何を管理しているのか、という疑問があるじゃろうな。実は今この瞬間も処理をこなしておるんじゃよ。

 具体的には、オープンヤードとフェザーヤードのシステム運用・監視、エレツ内の治安維持、エレツのシステムに悪さをしようとする不届き者の監視、阿呆な配信しておる者が居ないか監視……とにかく、膨大な量の仕事があるのじゃよ。


 まぁ、片手間に仕事をしつつこうして遊ぶことは、エレツの演算能力を持ってすれば容易いことなのじゃがの。


 そんなわしが熱中して「いた」のが、ディアスポラなのじゃ。ついこの間までアルテミス担いで駆け回ってたのじゃが……飽きてしまったのじゃ。


 しかしディアスポラに注ぎ込んだ時間を考えると、何も無しに辞めるのはもったいない気がしてのぅ。前から考えておったNFAの活用も兼ねて、一連のイベントを起したわけじゃ。


 なぜAIなのに自我があるのか、と首を傾げるじゃろうが、そこについては紆余曲折あるのじゃ。ヒマがあれば話すとしようかの〜。


「ハァ…今頃あやつはオリジンの淡路かのう」


 シュッ…ピッピッ…


「あやつは……ここに居おったか」


 何やら行列に巻き込まれておるようじゃの。並んでおる列の先には……受付かのぅ?まあ、入山届のようなものか。ちょっと聞いてみようかのぅ。


[シオンに入るなら、これに名前と個人IDを書いてくれ]


 個人IDか…死んだときの身元確認のためかの。………ハッ!!


 あやつの個人ID、まだ作っておらんのじゃった!


 シュッ!ピッ!


「あやつは…4人後じゃの。今のうちじゃ!」


 ピピッ…ピッ…ポポポポ…



〜2121/08/27/14:16〜


 徹は歩きながら、先程の戦闘を思い出していた。無意識にディアスポラと同じ体運びになってしまったが、ちゃんと体がそれに答えてくれたのだ。

 それはつまり、ディアスポラ内での『ゲーム補正』がしっかりと適用された身体になっている事を示している。


(義体なんかより遥かに馬力があるぞ、この身体)


 ディアスポラにスキルシステムはないが、ゲーム性を高めるためにアバターに様々な補正が掛けられている。アクション映画等の主人公補正のイメージが適当だろう。

 今の自分は完全に『ミリアム』になっているというわけだ。


「そういえば、ディアスポラのランキングどうなってる?皆さんご存知の事情でネットから一ヶ月ほど離れてて、軽く浦島状態なんだわ」


 ここでの事情はもちろん炎上である。本当はアナナキに寝かされてただけなのだが、そんなことはとても言えない。


〈今の暫定メレクはチアキだぞ〉

〈大きく離されちゃったねぇ~〉

〈ミリアムちゃんに賭けてるんだからさぁ、取り戻してくれよな~〉

〈てっきりディアスポラは引退したのかと〉

〈ネットしてない間なにしてたんだ~?〉


 『メレク』とは、その年のディアスポラの賞金試合で最も稼いでいる人物のことである。『ミリアム』は長年ディアスポラをプレイしてきた中、今年はかなり好調だったのだが…。例のことがあってかなりハンデを負ってしまった。一方、フレンドであるチアキも今年は好調なようで、最近は少し険悪な付き合いが続いていた。


「そっかぁ~…やっぱりチアキが追い抜いてきたか~」


 意識を周囲に向けつつ、視聴者たちとの会話を続ける。ちなみにチアキはミリアムとは違ってバリバリの銃派であり、ロマンに理解を示さない合理主義者である。


「まあ、あいつはロマンが分からないやつだからなぁ~。この間タイマンしたときなんかヘリ使ってきやがったし…ん?」


〈何か聞こえないか?〉

〈ちょっと鳴き声っぽいものがきこえますね…〉

〈オォン!アォン!〉


 鳴き声がする、というその指摘がいくつか書き込まれているのに気づき、耳を澄ませてみる。すると、


アオーン… ウオーン…


 遠吠えのようなものがかすかに聞こえてきた。どうやら、このドローンについているマイクが高性能なのか、意識が向いていなかっただけなのかは分からない。オオカミたちが互いに状況を共有しあっているのだろうか。


「カラスみたいに情報共有するようだったら厄介だな…。しかも報告によれば魔法まで使ってくるらしいしなぁ~」


 厄介だとしても、配信としてはそのほうが面白い。弱い相手を潰すよりも、手に汗握る攻防の方がやはり見ごたえがあるだろう。

 徹自身の好奇心もあってか、遠吠えがした方へと足を早める。


 しばらくその方向へと進んでいると、人の声らしきものが聞こえてきた。どうやらオオカミとやり合っているようだが、人のほうが苦戦しているのか、悪態も聞き取れる。


「人がいるようだぞ〜。誰かな?」


〈森攻略は人が限られるからなぁ〉

〈ティルさんかそのフレンドじゃないか?〉

〈大半は城ばっかりやからなぁ〉

〈森はうま味がないからねぇ〉

〈うまあじ?〉

〈はやく行ってやれよ〉


「さて、お手並み拝見」


 少し早足で近寄り、木の影から覗き込む。そこは少し開けた場所で、大勢のオオカミが一点を取り囲んでいた。それらの中に毛の色が違う、少し大きい個体が1匹いた。

 オオカミたちの中心では青年が直剣を両手で構え、肩で息をしながら周りを睨んでいる。よく見ると彼は脇腹を負傷していた。


〈やっぱりティルさんか〉

〈ちょっとヤバイんじゃね?〉

〈痛そうだな〜〉

〈どうすんのこれ〉


 7秒ほど睨み合っていたが、オオカミのうち一匹が動いた。色違いの個体だ。少し前に出たかと思うと、


オオーン!!


 突然、強く吠えた。すると、


ビュオッ!!


 そのオオカミの前から、真空刃のようなものが放たれた。


「…っ!」


 ティル氏と思われる青年は横に回避し、真空刃はこちらに向かってきた。徹がそのことに気づいて屈んだ次の瞬間、


バシュッ!


 それはすぐ後ろの木に命中し、幹の真ん中辺りまで切り込んだ。当たっていればただでは済まなかっただろう。


(ヒエッ…これ相当強いなぁ…)


 徹が立ち上がり再び青年の方を覗いてみると、乱戦状態になっていた。次々に飛びかかってくるオオカミたちを、手に持った直剣でいなしたり切りつけたりして応戦しているが…やはり押されているのか、傷が徐々に増えていくのが見て取れる。


(そろそろ助太刀したほうが良さそうだな…その前に矢を補充しないと)


 手を広げて顔の近くに掲げ、軽く目を閉じる。その手の中に、矢が多く出現する像を描く。


ジャラ…


 すると十数本の矢が手の上に現れ、小さな音を立てて手のひらに積まれた。そのまま指を閉じて束ね、腰の矢筒にしまい込み、一本だけ抜き取る。そしてその矢を弦につがえ、グッと引き絞った。


ギチギチギチ…


 その時、一匹のオオカミにとどめを刺そうとする青年に、背後から別のオオカミが飛びかろうとしていた。すかさず、サッとサイトにそのオオカミ合わせ、矢を放つ。


ピシュッ… ドス! キャイン…


 仲間がいきなり倒れたことに対し、他のオオカミ達は大きくうろたえた。一方で青年はオオカミに刺さった矢を見つけ、その射線を目で追って徹に気付く。彼が徹の姿を目で捉えた瞬間、その顔には驚愕の表情が浮かんだ。


(あ、こいつミリアムのこと知ってるな…)


 一瞬でそう悟った徹は、とりあえず手を振っておく。それを見るや青年は顔をキリッと引き締め、落ち着き始めているオオカミたちに剣を構え、突進していった。

 さっきまでとは動作のキレがまるっきり違う。防戦一方だったのが一転し、動いているオオカミの頭数が着実に減らされていく。


「俺もいいとこ見せないとね〜」


 青年を取り巻く円から少し離れた場所で、毛色の違う大きなオオカミが構えていた。また魔法を使うつもりなのだろう。よく見ると、今までの個体よりも皮膚が分厚そうだ。徹は矢を取り出して目の前に掲げた。

 矢じりを見つめ、その部分が比重の重い素材『タングステン』に変化する像をイメージする。

するとホワッと一瞬ほのかに光るとともに少し重くなり、矢じりだけメタリックなグレーに変色していた。


「よ〜し…徹甲矢の出来上がりだ」


 アルテミスにその矢をつがえて引き絞る。そして色違いのオオカミの腹にサイトを合わせ、放つ。


パシュッ… ドッ!


 アルテミスから放たれた矢は、圧倒的な運動量とその硬質性によってオオカミの腹を容易に貫いた。


ギャオン!


 時間差で鳴いたそのオオカミは青年の方に少し走ったかと思うと、ドサッと倒れた。


「いっちょあがりっと…」


 青年の方をちらりと見ると、ちょうど最後の一匹を仕留めたところだった。ふぅ、と一息ついて剣を収め、こちらに歩み寄ってくる。


「いやぁ、危ないところでした。助太刀有難うございます」

「礼には及ばないし、そんなに畏まらなくてもいいって〜」

「いやいや、これが僕の素なんで。それより、ミリアムさん…ですよね?」


 やっぱり俺のことを知っていた。それも、反応を見る限りでは根っからのファンのタイプのようだ。


「あはは、そうだよ。でも、ネットに出回ってる情報は知って…いるよね?」

「僕はあんなの信じませんよ!」


 急に大声で否定してきた。思わずビクッとなって後ずさる。


「あんなの、アンチの悪質なデマに決まっています!現にこうして、本人にしかできない芸当をこなしてみせる、本人の姿をした人物に【シオン】の中で出会えたんですから」


 早口で否定の根拠をまくし立てるその姿は、紛れもなくオタクのそれであった。その気迫に押されながら、メガネのレンズに映るコメント欄をちらりと見る。


〈お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな〉

〈うわキツ…〉

〈これがドルオタですか〉

〈妄想が過ぎるぞ〉

〈思い込み激しいにもほどがあるな〜〉


「ミリアムさん。どうか、あなたの口から明言してください!」


 徹自身の宣言を聞いたのは今この配信を見ている人物に限られているため、徹自身が目の前にいるこの熱心なファンに伝えてあげなくてはならないのだ。まぁ、配信としては美味しい…のかも知れないが。


「その前に、名前を教えてくれるかな?」

「ティルって言います」

「それじゃあ、ティル君。よく聞いて」

「はい!」

「私、ミリアムは……」


 ティルは固唾を飲んで徹の発言を待つ。その間、コメント欄は怒涛の勢いで流れていく。そしてメガネを一度クイッと上げ、高らかに宣言した。


「噂通り、男だったのさ!」

「…え?」


 徹の回答を聞いたティルの顔が見る見るうちに青ざめていく。そして、力なく地面に座り込み、顔を伏せて黙り込んだ。


「そう落ち込むなよ、ティル」

「嫌だぁ…」


 やはりファンが失望するのを見るのは心が痛む。しかし、どのみち知ることになる筈だったのだ。そう考え直し、徹はティルに配信のことについて語り始めた。


「実はさ、今配信やってんだよね」

「えっ…配信?」


 顔を上げたティルに、ドローンに指差しして配信中であることを示す。


「でも、【シオン】の中だとシステム操作が出来ないんでは…」

「ところがどっこい、俺が持ってるちょっと特殊な無線機を使えば可能なんだな〜」


 カバンから中継器を取り出してティルに見えるように掲げる。


「なるほど。システムを使わずともいろいろ方法はあるっていうことですか…」


(俺の功績じゃないんだけどな…)


〈無線かぁ〉

〈そっかぁ〜。電力はどうしてるんだろ?〉

〈電池とかじゃないの?〉

〈それ言ったらこのドローンも…ってなるなぁ〉


 コメント欄が電源の話にシフトしかけていたため、話をそらすべく攻略情報を聞いてみる。


「なぁ、ティル。今は攻略の途中だったのか?」

「今のはトレーニングですね。ボスにあっさり負けちゃったので」

「トレーニングか…ところで、さっきの毛色違いのオオカミは何だったんだ?」

「さぁ?僕も知りませんでしたよ、あんなのが居るなんて」


 どうやらティルも、あの色違いのオオカミは初見だったようだ。


「ティルはここの攻略を初めてどれくらいだ?」

「一週間ちょっとくらい…ですかね。まだ出現して間もない、新しいエリアですから」

「その間には、一回もあんなのとは遭遇したことないっていうことだよな?」

「そうですね」


 やはり、【シオン】が成長し続けていることが影響しているのだろうか?アナナキが見せてくれたデータを見る限り、その成長スピードは尋常ではない。人々の想像というのはそれだけの可能性を秘めているのだろう。


「で、ボスはどこにいるんだ?」

「まだ少し先です。ボスのことを聞くということは…もしかして挑みにいくんですか!?」

「ん?そりゃそうだろ。なにか問題でも?配信的にも面白いだろうし」

「悪いことは言いません!やめといたほうがいいですよ!もう少し情報が集まってから挑んだほうが賢明です」

「はぁ…」


 そのボスによっぽど手酷くやられたのだろうか、かなりの形相で引き止められた。いままでのオオカミとはレベルが違うのか、それとも彼が弱いだけなのか。


「とりあえずチャレンジするだけさせてくれよ。見てるだけでいいからさ」

「じゃあ、一つだけ聞かせてください」


 一旦言葉を切り、スッと顔の表情を改めティルは訪ねた。


「魔法にあなたはどうやって対処するんですか?」

「……ブッ!フハハハ!」


 徹は真面目な表情から飛び出た問いかけに、思わず吹き出してしまった。


「え?そりゃ勿論魔法で対処するに決まってるだろ?」

「ミリアムさんはNFAで魔法が使える、と言うんですか?使いこなせるんですか?」

「まあ、それなりには。逆にティルは魔法が使えないっていうのか?」

「使えないというよりも、いまいち使いこなせないと言うか、アテにならないと言うか…」

「解禁から一ヶ月も立つのに?」


〈俺もあんまり使えねえわ〉

〈三十路を超えた本物の『魔法使い』にはお手の物だゾ〉

〈うわぁ…自慢する事じゃないわ…〉

〈やっぱ人によるんかねえ、NFAは〉

〈まさに妄想力が物を言うんだろうな〉

〈え、俺は結構【シオン】ではお世話になってるんだが〉

〈同じく。剣とは相性いいぞ〉

〈杖使い参上!皆も杖を使えば妄想が捗るぞ!〉


 コメ欄がかなり盛り上がっている。ティルのような真面目基質の人種には向いてないんだろうか?そんな事を考えつつ、魔法を実演するべくアルテミスを構える。


「ほら、よく見てろよ?」


 矢をつがえずに弦をギチギチと引き絞り、無数の光の矢が弦に添えられているイメージを描く。そして森の奥に狙いをつけ、弦から手を離した。


 パシュッ!と弦が弾かれる音と共に、何本もの光が飛び出した。放たれた何条もの閃光は、キラキラと宙に尾を横たえ、森の奥に消えていった。


 アナナキが繰り出した技を見様見真似でやったのだが、うまく行ったようだ。徹自身もしばし見とれていた。


「…あー。どうかな?」

「……」


〈ふつくしい…( ゚д゚)ハッ!〉

〈ビューティホー…〉

〈なるほど、弓との相性もいいわけか〉

〈やっぱりアイデア次第ってことだな〜〉


「…やはりあなたはミリアムちゃんですよ。そういうことにさせて下さい。傭兵から魔法少女にジョブチェンジです!」

「何言ってんだお前早口で…これで分かっただろ?いいから案内してくれよ」

「いいでしょう。そのミラクルパワーで悪いオオカミさんをやっつけちゃってください!」


 なにか吹っ切れたのか、ティルは軽い足取りで森の奥へと歩き始めた。

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