第6話

 ガワと中身が違うと宣言した徹は、心地よい開放感を感じていた。キャラ作りはなんだかんだ疲れる上、ふとしたときに孤独を感じるのだ。周りが見ているのは本当の自分ではなく、モロい仮面なのだと。


「実は俺、シオンの知識全くなしの初見さんなんだわ。なんか、ここいったらいいぞ〜とか、こいつにチャレンジしてみて〜とかあったらコメントしてくれ」


 本当に前知識無しの徹は素直に視聴者へ問いかけた。すると…


〈森だな〉

〈森やね、森〉

〈そこに森があるじゃろ?〉

〈お前らエゲツないんだな…〉

〈唯一重症者が出た所はやめロッテ!〉

〈ティルさんまだ探索続けてんのかな?〉

〈無難に山に行ったほうが…〉

 

 何やら「森」という単語がコメント欄にたくさん流れてきた。間違いなく、【シオン】入り口の右手に見えた森のことだろう。不穏なワードや引き止めるコメントも一緒に流れてくることから、少なくとも初めて【シオン】に来た人向けではないと見られる。


「えーっと、森ってアレのことだよな?」


 しばしばRPGでチュートリアルがされることに定評のある「森」。それらのイメージとしては、木々の間から暖かな陽光が差し込み、鳥の美しいさえずりがこだまする、神秘的な森が思い浮かぶだろう。

 しかし徹の目に見えたのは、イメージとは大きく異なる薄暗い森だった。どちらかといえば、RPGのストーリー中盤にでてくる、手強いボスが居そうなダンジョン、というイメージが合うだろう。


「ちらっとコメで見かけたんだけど、ティルとか言う人が探索進めてるのか?」


 コメント欄にちらほらと『ティル』という人名が見られる。おそらく腕に覚えのあるイェフディなのだろうと、とりあえず質問をなげておき、ネットで検索をかけてみる。

 すると、掲示板の書き込みがヒットした。どうやら調査の報告のようだ。


 彼は8月20日に仲のいいイェフディ2人と森を探索したようで、内容をまとめると


・森は全体で見るとすり鉢状になっている。

・入ってしばらく行くと、狼が出始める。

・この狼は非常に攻撃的でこちらに気づくと襲ってくる。こちらが友好的な姿勢をみせてもなだめようとしても、無駄な模様。

・更に森を進み、すり鉢上になっている森の最も深い中心部近くまで行くと、ぞわぞわとした気味悪さを感じるようになる。

・中心部にはその森のボスらしき大きな狼がおり、こちらを認識するとすぐに襲いかかってくる。爪や牙による攻撃だけではなく、魔法攻撃もしてくる。


 どうやらティル氏はこのボス狼に痛手を貰い、仲間に助けられ命からがら戻ってきたようだ。しかし、イェフディであれば銃で簡単に倒せるのではないだろうか?


「そういえば、なんでみんな銃使わないんだ?」


 徹はカメラに向かって、ずっと引っかかっていた疑問を投げかけた。


〈(弾が)ないです〉

〈ボスにたどり着くまでに弾切れしちゃうんだよな〉

〈敵から弾が拾えるほどシオンは甘くないぞ〉

〈ディアスポラじゃ途中で補給できるけど、ここはシオンなんだよなぁ〉


「なるほどな〜弾が足りないわけか。だったらNFAの魔法で出したらいいんじゃないか?」


 6〜7くらいの出力はあると思われる【シオン】のNFA環境であれば、弾を出すくらい容易なことだろう。


〈とっくに試してるんだよなぁ〉

〈お前ほんとに何も知らないんだな〉

〈あほくさ〉

〈曖昧なイメージで作った弾とか暴発不可避〉

〈まだ弓の方がマシ〉


 なるほど、確かに人間の曖昧な想像力では、ビシッと一つの規格の弾を延々とイメージし続けることは難しいだろう。こういった僅かな歪みもサイズの違いも許されない物事には、NFAによる魔法は不向きだと思われる。


「なるほどねぇ〜。ちなみに俺が使う武器はこれだから」


 右手を宙に伸ばし、アルテミスが手の内に現れる像を脳裏に描く。一瞬にしてそれは手の中に現れ、徹は落ちないようにしっかりと握りしめた。

 

「ミリアムの相棒、アルテミスだ」


〈お前マジシャンみたいだなぁ?〉

〈今どこから出した?〉

〈高いんだよなぁ〜アルテミス〉

〈ファッ!?〉

〈システム操作か?〉

〈そこ本当にシオンの中か?〉 


 予想通り、どうやったのかというコメントが大量に流れていったが、とりあえず見なかったことにする。


「矢は出現させても問題ないってことか」


 弓のが方がマシというコメントを思い出した徹は、左手にアルテミスを持ちかえ、右手に矢が出現するイメージをした。するとホワッと光が集まり、1本の矢が現れた。普段ディアスポラで使っているオーソドックスなタイプの矢である。


「適当でいいってわけじゃないけど、弾ほど精密じゃなくてもいいってとこだな。長さが違うって言っても2、3mmくらいだろうし」


 徹は試しに使ってみようと、ディアスポラ練習用の丸い的を想像した。パッと脚元に現れたその的を適当な岩に立てかけ、ドローンを自動追尾モードにして30mほど離れた。


「ちょっと久しぶりな感じがするなぁ〜」


 そう言いつつ、右手に持った矢をアルテミスの弦につがえた。左手を伸ばしつつ、右手で弦を引いていく。パワーアームが小気味いい駆動音をさせ、常人には引けない代物がたやすく扱えてしまうほどの力を徹に与えていく。

 

ギチギチギチ…


 弦の小さな鳴き声を聞きつつ、サイトを頼りに狙いを定め、放った。


パシューン!! ドスッ!


 放たれた矢は的ではなく"岩"に刺さった。そして、的だったものがその下に散らばっていた。


「ヨシ!いい調子だ!」


〈あ〜やっぱいいなぁアルテミス〉

〈ヘパイストス氏の傑作だからね〉

〈そのパワーアーム動くのか…〉

〈キャ〜ミリアムちゃんカッコイイ〜〉

〈忌々しい音だ…〉


 手の平を広げ今度は5本同時に出現させてみる。ホワッと現れたの5本の矢は、一見同じものに見えた。が、並べてよく目を凝らしてみると、やはり長さが微妙に違った。銃弾だとこの差が命取りなのだろう。


「なるほどねぇ、これくらいは誤差範囲内だな。装備の確認も終わったしそろそろ出発するか」


 徹は矢を腰の矢筒に放り込み、アルテミスを片手に森を目指して歩き始めた。




「暗いなぁ…」


 少し遠めに見えた森だったが、視聴者と話しているうちに到着していた。時計を見ると20分ぐらいかかったようだ。

 ふと、メガネの画面端をちらりと見、回線の強度を確認する。電波はしっかり届いているようだ。


「さて、探索と行きますかね」


 不気味な空気を感じつつも、ワクワクしている自分がいる。流れるコメントから、視聴者も同じく何かを期待しているのがわかる。一度深呼吸して気を引き締め、静まり返った森の中に足を踏み入れた。

 

 報告にあった通り、森の奥にかけて緩やかな下り坂になっているようだ。そのせいか、進むに連れて宙に漂う嫌な感じが濃くなっている気がする。


「なんかイヤ〜な空気なんだよな…」


 常に自分が見られているような居心地の悪さ。見られていると言っても視聴者の目ではなく、何かしらの悪意を持った者による監視の目である。


「やばいなぁ、俺を獲物として見てる奴の気配を感じるぞ…」


 しゃべって気を紛らわそうとするも、その追いかける視線が離れることはない。徹は視線の主を誘い出そうと、立ち止まって目を閉じた。ドローンが飛ぶ音だけが森に響いている。徹は矢筒から静かに矢を抜き、アルテミスに番えた。


シュタッ…シュタッ…ガサガサ!!


〈(∪^ω^)わんわんお!〉

〈後ろ後ろ!〉

〈犬じゃないんだよなぁ〉

〈クゥーン…〉


 それは徹のすぐ右後ろ、茂みから聞こえた。振り向きざまに弓を引き絞り、サイトの枠に獲物を探す。そこには、カッと剥かれたキバが迫っていた。オオカミだ。


「お座り!」


 サイトにその頭を納め、


パシューン! ゴッ! ドスッ!


 アルテミスから放たれた矢はオオカミの眉間を貫き、遠くの木の幹に突き刺さる。オオカミはキャイン…と軽く鳴いてパタリと倒れた。


「ブルズアイ!ってね。まだまだいるみたいだが…」


 一匹射抜いたが、纏わりつく視線は消えるどころか増えているのかと思うほど感じ取れる。徹は

矢筒から矢を抜き、顔の前に掲げる。そしてその矢尻に、無数の小さな破片が纏わりつくイメージをした。


「犬好きなんでね?さっさと奥に行っちゃいますよ」


 クルリと森の奥に向き直り、その場を立ち去ろうとする。すると背後の茂みがにわかにざわめき立ち、無数の足音が一斉に駆け寄ってきた。


「でも…」


 弦を引き、足に力を込め、後ろを向きつつバッと高く飛び上がる。目に入ったのは、元いた場所に群がる7匹ものオオカミだった。


「しつけの悪いワンちゃんには」


 中心の狼に狙いをつけ、


「お仕置きしないとな!」


 そのいびつな矢を放った。


パシュッ…


 その矢は弦から離れた刹那、無数の破片を撒き散らし、


ドスドスドス!! トスン…


 破片は黒い面となってオオカミたちに襲いかかった。そして、オオカミたちが倒れると同時に徹は着地した。


「っと…」


〈ミンチよりひでえや〉

〈ショットガンみたいだ…〉

〈矢じりを想像でイジったのか〉

〈こいつ…NFAを使いこなしてやがる〉

〈ヒューッ!〉

〈カッコつけ過ぎかよ〉

〈ヤリスギィ!〉


「さて、進みましょうかねぇ?」


 キレイに決まったことに少し浮かれながら、暗い森の奥へ足を進めた。

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