第3話
「大丈夫か?、お主」
大丈夫なわけがない。なにしろ、自分の根底を揺るがす事実を告げられたのだ。誰であろうと、正気で居られるはずがないのである。
「…一つ聞いていいか?なんの為にこんなことをしたんだ?」
徹は自分の存在意義を問うように、アナナキへ言い放った。
「それはもちろん、面白いからに決まっておるじゃろ?」
アナナキは悪びれもなく、当たり前じゃろ?という顔で言い返した。
「NFAはわしが開発したものなのじゃよ。5年ほど前に完成しての。勢いでフェザーヤードに出したんじゃが、誰も買わんくての。思いついた実験も兼ねて開放してみたのじゃ」
自分はただの「おまけ」だったとでも言うのだろうか。
「じゃあ、俺はこれからどうすれば良いんだ?」
「じつは、お主に是非やってほしいことが一つあるんじゃよ。今回やった実験はもう一つあったのじゃ」
アナナキは開いていたウィンドウを閉じ、ある掲示板を表示した。またしてもディアケーである。さっきも見たじゃないか、と思ったが、スレッド一覧は全く別の様子を呈していた。
【シオン】
その名前が、ほぼすべてのスレッドタイトルについていた。そしてミリアムという名前は、見る影もなくなっていたのである。
「シオン?聞いたこともない名前だ…。期待の新人かなにかか?」
「違うのぅ。それよりも日付を見てみるが良い」
日付?たしか今日は7月25日だったか?適当にスレの書き込み日時を見てみる。すると…
「8月27日!?何が起きてるんだ?バグか?」
「いや。バグなど起きておらんよ。お主をここに転送する際に、わざとお主を一ヶ月ほど別空間で昏睡させてたのじゃ」
「は?」
そんなことされた覚えはないが、おそらくは本当にしたのだろう。気になって自分のウィンドウを開いてみるが、そこにも8月27日とあった。一ヶ月が、知らぬ間に消え去っていたのである。
「話を続けるぞ?このシオンというのは、エレツに突如出現した【異空間】、まぁダンジョンみたいなものの名称じゃ」
「異空間?エレツはただのシミュレーターなのに、か?」
「シオンの中はシミュレーションがバグっておるのじゃ。直接中に入らんと何が起きてるのか分からんのじゃよ。ほれ」
アナナキが手を振ると、山の頂上の映像が映し出された。よく見ると画面中央に、ブラックホールとしか表現のしようがない、時空の歪みらしきものが存在していた。
「これは…一体どこの山だ?」
「【オリジン】の淡路にある山なんじゃよ」
【オリジン】とは、アナナキがエレツのシステム権限を開放する前まで人々が暮らしていた、現実と同じ環境をほぼ完全に再現した地球である。アナナキの宣言以後ももちろん使われ続けているが、仮想空間をフェザーで手に入れた人々が流出し、人口は半分ほどまで減少した。
「お前のシステム権限を使ったら、中の映像くらい簡単に見れるんじゃないのか?」
「いや、それがのぅ…」
アナナキが画面を操作すると、ゆっくりとその歪みに近づき始めた。そして…何も映らなくなった。
「…中には何もないのか」
「実際は、とても面白い事になっているようじゃがのう。システムからの干渉ができない、と言うことじゃの」
「そもそも何でこんなものが出来たんだ?」
それを聞いた瞬間、アナナキはこちらを見てニヤリとした。
「この【シオン】も、お主と同じ原理で生み出されたNFAによる産物じゃよ」
「また何か噂でも流したのか…」
「まぁ同じようなもんじゃの。お主を眠らせて3日ぐらい立ってからの事じゃ。そもそもお主を眠らせたのも、最初からこのダンジョンの実験を計画してた故、じゃからの」
とんでもなく自己中なやつだと、徹はもう怒る気力もなくなっていた。
「流れは同じじゃよ。お主を眠らせた3日後、そのころにはもう、NFAについて人々は理解し始めておった。そこで、掲示板にある情報を流したのじゃ。〈仮想地球の淡路に異世界への扉が現れたらしい〉とな」
「掲示板の住人が、そんなの信じるとは思えないがな」
「そこはもちろん織り込み済みじゃ。じゃから初めは、実際に適当な仮想空間を用意して、そこにつながる入り口を置いておいた。そしてエレツ全体のNFA出力を2に設定して準備完了じゃ」
仮想地球は厳重に管理されており、人々の権限ではイジる事ができないようになっている。そんなところへ時空の歪みがあらわれたら、掲示板の住人でも信じる者は多いだろう。
「で、最初はどんな内装にしたんだ?」
「まぁ、無難にジャングルっぽくしておいたのぅ。といっても、その様子を見たものは誰もおらんかったがの」
「すぐにみんなの想像に塗り替えられたわけか?」
「その通りじゃ。これを見るが良い」
アナナキが手を振ると、【メモリ】と付いた円グラフが現れた。
「エレツの演算を担うコンピュータ、それのメモリ領域のグラフじゃよ。ここに注目じゃ」
グラフには仮想地球、仮想空間など、それぞれのシミュレーションごとの数値が示されている。その中に【不明なシミュレーション】という〈黒い〉部分があった。
「これは…例の【シオン】のシミュレーションか?」
「そうじゃ。ここ一ヶ月の変遷を見せてやろう」
ズラリと30個ほどの円グラフが現れた。7月末の時点では黒い部分はほんの僅かだったが、今日8月27日の円グラフでは「約7%」となっていた。
「エレツ全体の7%!?すごい勢いでシオンが拡大してるってことか」
「そうじゃ。エレツ本体の処理能力の余裕はまだまだ全然あるのじゃが…これは予想外じゃったのぅ」
いやぁ申し訳ないといった様子で、アナナキは頭をポリポリとかいていた。
「で?俺を一ヶ月眠らせたのはシオンと関係があるってことだよな?」
「もちろんじゃ!。NFAの産物であるお主に是非とも探索してもらいたくての」
「ハァ〜。予想はついてたけどな…」
そう呆れたふうに言いつつも、徹は少しワクワクし始めていた。ディアスポラを始める前に似た、闘争心のような高揚感を感じ始めていた。
「あっ、そうだ。なにか装備くれよ、何があるかわかんないからさ」
「ん?お主は十分強いのではないか?わしの養ってきたミリアムちゃんのスキルも経験もあるじゃろう?」
しばらくの間無言で睨み合う。そうして折れたのはアナナキであった。
「しょうがないのう。じゃあ何がほしいというんじゃ?」
「管理者権限じゃないと手に入らないもの、とかな」
それを聞いたアナナキはしばらく考え込んだかと思うと、ハッと顔を上げ、なにかを思いついた悪い表情で徹に近づいた。
「ちょうどいいものがあったのじゃが、見てみるかの?」
「ああ、ぜひとも見せてくれ。その怪しい表情が気になるが…」
アナナキは虚空から長い弓を取り出した。それはディアスポラでの相棒、「アルテミス」だった。フェザーヤードの「ヘパイストス」という、人気メカニックの逸品である。
「おお、アルテミスじゃないか。でもそれなら普通にもってるんだがなぁ」
「これはお前の持っているそれとはまったくの別物じゃぞ?わしがNFAの実験がてらつくった、魔法の弓じゃ。」
空間のNFAを2に設定し「まぁ見ておれ」といって、矢も持たずに構え弦を引き、放った。すると…
シュパーン!
光の矢が無数に解き放たれ、彼方に消えていった。
「NFAを出力10以上にオーバーロードさせた空間で、わしの分身を大量に作り出し、そのすべての個体に同一の想像をさせて創り出したのじゃ。
この弓はNFAとの相性が抜群によくての。使う者の想像を強化してくれるのじゃ。普通はNFA出力6以上でないと、今のような現象は引き起こせんぞ?」
「NFAによって生み出された物体だから、という事か?」
「わしの仮説だとそうじゃ」
アナナキの説明を聞いていた徹の脳内には、ある一つの仮設が浮かび上がった。
「なぁアナナキ、ちょっとNFA出力を6に設定してくれないか」
「ん?何をしようというんじゃ?」
「ちょっと試したいことがある」
いぶかしげな顔をしつつ、アナナキはウィンドウからNFA設定を変更した。
(俺の仮説が正しいなら、俺は…!)
ウィンドウを開き、ディアスポラのプロフィール画面からミリアムのボディを表示した。そして…
自らがその美しい少女に変身する像を脳裏に強く描いた。
ピカァァァァ!!…
「な、なにをしたんじゃお主!?ひ弱な少年の姿から・・・わしのかわいいミリアムちゃんに変身した!?」
自分の姿を確認するべく、ウィンドウを開いて等身大の鏡を出現させる。そこにはフード付きの迷彩服を纏い、右腕に強化外骨格を装着し、眼鏡を掛けた少女が居た。
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