第2話

 散らばったコンクリートの瓦礫の上、何もない空間にピシュン!、と徹は現れた。あたり一面は廃墟と瓦礫の山、たとえるなら戦争の跡地だろうか。


「魔法、ねぇ…」


 NFAの「魔法」とやらを試そうと思った徹であるが、いざ準備完了となるとどんな魔法をしてみようかと迷っているようである。


「うーん…。よし!。ファイア!」


 掛け声とともに手を前にかざし、燃え盛る炎を思い浮かべた。


ボオォォォッッ!


 その瞬間、大きな火柱が目の前の地面から立ち上った。それは1秒ほどで消え、地面を煤が黒く染めていた。


「…ぉぉぉぉおおおお!!!マジだ!!!」


 徹はバタバタと地面を踏みながら手を突き上げ、喜びを叫んだ。


「次は…、あれだな。サンダー!!」


 手を突き出し、目の前に落ちる雷をイメージする。


ゴゴゴゴ…ズガァァァン!!


「うおっ!っぶねぇ…。」


 そう言いつつも徹の顔は紅潮しており、興奮しすぎで少しひきつった表情になっていた。



 彼はしばらくの間、思いついた魔法をどんどん試し、NFAを楽しんでいた。すると突然、


ピコン!


 通知音が彼の脳内に響いた。それはSNS関係のものを表す通知音だった。


「ったく誰だ?えーっと、チアキからか」


『おーい、ミリアム?』


 ミリアムとは徹の通り名である。彼はディアスポラで女性アバターを使っている上、その姿の方が有名であるため、彼のSNSに来るメッセージはミリアム宛のものがほとんどである。

 そしてまた、彼の本名を知る者はまずいないといっていいほど、徹としての知り合いはいないのである。


『お前って男だったのか?』


「…は?なんで?なんでなんでなんで!!??」


 ミリアムを操る自身が男であるという事実。自分がこれを他人に漏らしたことは一度たりともない。しかしなぜか、ただのゲーム内フレンドに過ぎないチアキがそれを問いかけてきたのである。混乱しつつも否定の返答を書いていく。


『そんなわけないじゃん。みんなの頼れる傭兵、ミリアムちゃんが男だなんておかしいでしょ?』


 少し媚びたような語調の文章を打ち込み、送信する。しかしチアキからは信じられない言葉が返された。


『無理すんなよクソガキ。正体バレてんだからさぁ。』


 呆れたという風な返答とともに文書ファイルが送られてきた。怪しいと思いつつ開いてみると、そこには自分の個人情報が赤裸々につづられ、写真からディアスポラでのプロフィールまでもが記されていた。その冒頭には「NFAをご購入くださったお客様」と、かわいらしいフォントで書かれていた。ちなみに徹は19歳であり、クソガキという年齢ではない。


「なんだよこれ!!だれが流したんだこんなもの!」


 入手元を聞きだしてやろうと、あくまで落ち着いた風を装った文章を送る。


『え、なにこれー。どこで手に入れたの?』


『ディアケーで手に入るぞ。見てないのか?いま絶賛炎上中だぞお前』


 「ディアスポラについて語る掲示板」通称ディアケー。そこならさっき見てきたはずなのだが、エゴサが嫌いであるため、おそらく無意識のうちに見落としていたのだろう。徹は急いで掲示板を開いた。


「うん?別にいつも通りじゃねえの?」


 そこにはミリアムについてのスレッドが数多くあった。徹はミリアムとして数多くのディアスポラの試合・大会で賞金を勝ち取ってきた。ギルドには所属せず、一人で飛び入り参加したり、腕を見込まれて声をかけられたりと、「傭兵」のように活躍してきた。そのせいかファンも多く、この光景は別段珍しくない。なんだ、普段と変わりないじゃないかと、徹は適当にそのうちの一つを開いてみた。


「うっ…!?」


 スレッドの内容はミリアムの素性でもちきりだった。試合でミリアムに敗北させられた者も居るのか、罵詈雑言も飛び交っていた。


「ぐうぅっ…クソオォォ!!リアルの俺は関係ないだろォ!俺に負けたからって遠吠えしてんじゃねぇぞ!!!」


 いくらキレたからといって、ここで反論を書き込むのは悪手だ。そんなことをしてもさらに燃え上がるだけだ、と自分を必死に落ち着かせる。


「ハァ、ハァ、ハァァ~…。それよりいったい誰がこんなものを?」


 さっきから頭の片隅に引っかかっていることがある。「NFAをご購入くださったお客様」というフレーズである。そこから考えると、「NFA解放権」の出品者が犯人として浮かび上がる。徹は掲示板とSNSをウィンドウの端に追いやり、購入履歴を開いた。


「出品者は…っと。」


 履歴の中から100万フェザーの支払いを見つけ出し、決済の詳細を開く。出品者の欄には「Lot」と記されていた。


「なんて読むんだ?ロット?ロト?」


 ヤードに出品する時、出品者は連絡先を公開する義務があるため、ちゃんとSNSのアカウントが添えられていた。


「こいつか…こいつだな…!」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えつつ、そのアカウントへメッセージを送信する。


『掲示板に私の個人情報を流したのは貴方ですか?』


 徹は威圧感を与えるべく、丁寧な文面でLotに問いかけた。すると、すぐに返事が帰ってきた。


『そのとおりじゃ。よくもこんなことを、とわらわに言いたいのじゃろう?』


「てめぇ……!!喧嘩売ってんのかよ!」


 一連の騒動がわざとだという返答に、徹は震えながらキーを叩いていく。すると、打ち込んだ文を送信する前に、Lotから追伸が届いた。


『ワシのところに来てくりゃれ。さすればどんな問いにも答えてやるからの』


 そのメッセージとともに、招待の通知が現れた。


「行ってやろうじゃねぇか。逃げんじゃねぇぞ…Lotさんよ」


 そう言って徹は通知の承諾ボタンを押した。



 ピシュン!

 徹が現れたのは、一面が白で埋められた部屋だった。何もない、何も動かない無機質な場所だった。


「よくきたの、徹」


 突然、背後から女性の声が飛んできた。驚いて振り返ると、ネコの耳を生やし、丈の短い浴衣を着た幼女が立っていた。


「俺の情報をバラ撒いたのはお前か?このコスプレ野郎」

「いきなり暴言かえ?まずは自己紹介じゃないかの?」


 彼の怒りを気にしていない様子で、その幼女はズカズカと徹に近づいていく。


「わしは誰じゃと思うかの?」

「……誰ってロトとかいう正体不明の出品者だろ?」

「まぁ、その通りではあるの。しかし、わしはロトと言う名ではないぞ。」


 一度、オホンと咳払いをして幼女は胸に手を置き、自信満々げに話し始めた。


「わしはこのエレツを司るAI、【アナナキ】なのじゃ!」

「はぁ?お前、頭イカれてんじゃねぇの?」


 エレツの管理人【アナナキ】を名乗る人物が掲示板やSNSなどに現れた、という話は聞いたことがある。しかも、その人物の発言は誰も知らない情報だった、ということも確認されている。しかし、管理AIに人格があるのだろうか、という疑問によってそれらの話は否定されてきたのである。


「お主、わしに関する噂は聞いたことあるじゃろ?」

「アナナキがスレに降臨した!って感じの話のことか?」

「そうそう。それらの噂はだいたい本当なんじゃよ」


 コイツが言っていることは本当だろうか?だとすると、管理AIが偽名を使ってフェザーヤードに出品していた、ということになる


「だったらなんか凄いことやって証明してみろよ」

「えらそうじゃのう。まぁ、たやすいことじゃがの」


 そういって彼女は右手をスッとかざした。すると、徹の前にウィンドウが現れ、動画が再生され始めた。それは、さっきまでの徹の行動を映していた。魔法を試していた時の様子である。傍から見るこっちの方がと辛くなってくるような、イタイ光景であった。


「えっ、ちょっ、やめろよこんなこと」

「お主はなかなかにイタイ子なようじゃの」

「ううぅああああああああ!!!!」


 自分一人だからと胸の内を解放していたからか、あるいは掲示板にあったように、NFAによる高揚感のせいなのか分からないが、とにかく子供のようにはしゃいでいる自分が画面の中に居たのである。それは徹のメンタルに大きなダメージを与えうるものだった。


「これで信じられたかの?」

「…ああ。こんなプライベートがのぞけるのはアナナキしかいないからな」

「じゃあ、話を進めるかの」

 

 アナナキは満足げにうなずくと、右手を振って動画を消し、今度は例の文書ファイルを表示させた。


「これの事はもうしっておるの?」

「あたりめーだ!。だれのせいでこんなウグッ」

「大きい声は出さないでくりゃれ?」


 徹が怒鳴り始めると、サッとアナナキは左手を彼にかざした。すると徹は呼吸ができなくなった。


「ちゃんと説明するからの?」


 コクコクと徹がうなずくとアナナキは手を下げた。


「カハァッ!!」


 ゼェゼェと一瞬にして不足した酸素を取り入れ、膝に手をついて呼吸を整える。そして体を起こし、アナナキに向き直ると、ウムとうなずいて話を始めた。


「驚かずに聞いてくりゃれ?お主は今日誕生したばかりのNFAによる産物なのじゃ」

「はぁ?」


 何を言っているのだろうか?自分自身には昨日までの生活の記憶が確かにある。アナナキの言っていることとは矛盾しているのだ。


「わしにかかれば記憶さえも作り出せるんじゃ。記憶があるからといってお主の存在が保証されるとは限らんのじゃよ?」

「でも証拠があるわけじゃないだろ?」

「ふむ…試しに子供の頃を思い出してみたらどうじゃ?」


 子供の頃…?脳内のアルバムを開き、自らの思い出をさかのぼって行く。まず、ディアスポラで戦いに明け暮れる日常が大幅に締める。そして……真っ白である。


「……あれ?」

「ないのじゃろう?ディアスポラでミリアムとして生き始める以前の記憶が。親も、兄弟も、先生も。みずからを育てたものなど何も存在しないはずじゃ」

「じゃあ、あのディアスポラの記憶は一体何なんだよ?」


 アナナキはうーむとしばし考え、ウィンドウにミリアムのディアスポラでの戦績を映し出した。プレイヤー本人しか見ることのできないものだ。


「ミリアムの正体はわしなのじゃ」

「は?じゃあお前の記憶じゃねぇか」

「そうじゃよ。わしが経験してきたディアスポラでの記憶をお主に植え付けたのじゃ」

「え…?じゃあ、自分で自分の個人情報をばらまいたのか?」


 ウムウムとアナナキはうなずき、話を続ける。


「NFAを開放したのもわしなのじゃよ。流れとしてはこうじゃ。NFAを開放した人物と称して存在しない人物のデータを流す。それとともに、エレツ内全体のNFA出力を2に設定する。


 流れてきたデータを見て、その存在しない人物について人々は勝手にあることないこと想像し始める。


 人々の間では実在するという認識になってるわけじゃから、想像はかなり現実的なものになっていく。


 そうして集まり、構築されていった想像が稼働させておいたNFAによって具現化された。それがお主なのじゃよ。


 まぁその骨格として、設定上の〈二見徹の住所〉に、わしのミリアムとしての記憶を配置しておいたわけじゃがの。」


 徹はもはや、何も言えなくなってしまっていた。自身の存在を否定された虚無感、そして喪失感だけが、彼の心の中でさざめいていた。

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