[1000PV感謝!]夢想少年の仮世界無双配信[近況更新8/16]

久国嵯附

本編

第1話

 それは、遠くはない未来。


 人間たちが『創り出すこと』に夢中になれる未来。


 量子計算機で築かれた、【約束の地】の未来の出来事。





 A.D.2080年、地球は人類が生存できる環境ではなくなっていた。

 空からは酸性の雨と、肌を焼き焦がす陽光が降り注ぎ、年ごとにやって来る嵐が人が作り上げた物を無へ還す。

 地球から文明の灯りが消えるのはもはや時間の問題であったのである。


 人類は次の住処を、自分たちの作り出した新たな世界【電子空間】に見出した。原子単位での精密なシミュレーション。それが可能なほどに、人類は進歩していたのである。

 人類はまず、新たな世界の演算を担う超巨大量子コンピュータの構築を始めた。その名は【エレツ】。膨大な数の太陽光パネルによって、人の手いらずで電力を確保できるように設計された。そして、常に太陽光を集めることができるよう、地球の衛星軌道上に打ち上げられた。


 次に人類は、世界中のあらゆる人、物、生物を【実体スキャナ】に掛け、人類のデータ化を始めた。実体スキャナは対象物をデータ化する装置であり、その精度も完璧であったが、その仕組み上スキャンする際に対象物を破壊してしまうという欠点があった。

 人類のスキャンが進むに連れ、徐々に人口は減少していった。


 多大な犠牲を伴い、地球の全生命のDNA・体の構成と記憶が、人類の築き上げてきた財産が、一箇所にデータとして集められた。


 そして、2085年。人類の移住が完了し、【エレツ】は稼働を始めた。


 仮想空間では物体の出現はもちろん、空間や地形といった環境の操作は自由自在である。移住当初、現実世界における土地や建造物、財産等の再現、それらの分配が行われた。

 そしてそれ以降は、世界の秩序と均衡を保つべく、これら仮想空間の操作は封印されることとなった。また、誰も抜け駆けできぬよう、【エレツ】の管理AI【アナナキ】にそれらの権利全てが委任された。


 新たな世界を獲得した人々は、地球と変わらない生活を再開した。地位や財産、貧富に格差、それに伴う争いまでもが、寸分の狂いもなく再現されていた。生命の終わり、【死】までもがそこにはあったのである。

 世の理が量子に変わったとしても、人間の理は変わらない。その理不尽な事実は、富める一部の階層を除く全人類にある一つの疑問を呈した。


 生命の糧は無限に作り出せるはずである。それだというのに飢える者が居るのはおかしいのではないか。秩序のために見殺しにするのは、間違っているのではないか、と。


 疑問は人々の間で徐々に膨らんでいき、仮想世界であることを生かした新たな社会を求める運動へとつながっていった。日々の食糧が自由に作り出せるようになればと、賛同者は全人類の80%にまで登った。


 運動が始まって2年目、社会が崩壊し始めた時の事であった。突然、人々の頭の中に声が響き始めた。声の主はアナナキと名乗り、すべての人類に一定の規則とともに、システム権限を開放すると宣言した。


 規則は多岐にわたるものだったが、その内容は秩序を守るための常識的なものであった。また、規則の中には「モノの出現」についてと、新たな統一通貨を交付するための要項があった。


 まず、システム権限の開放により出現させることができるようになるモノは、宣言が公布された日付【2088年8月25日】以前に人為的に作られたモノと規定された。


 次に、エレツ内全体で利用可能とする新たな通貨「フェザー」についてである。


 システム権限の交付により、人類は生産活動や労働を必要としなくなる。それにより、人類の進歩や創造性が失われる。そうアナナキが判断し、新たに交付したのがフェザーである。

 「人体再生」や「仮想空間生成」などの重要度の高いシステム操作に必要なコストとしてフェザーが設定された。


 フェザーを獲得する方法は様々にあるが、主な方法は3つである。

 1つ目は、オープンヤードに創作物を公開し、評価を集める方法である。オープンヤードとは、アナナキが作り出した誰でもアクセスできる「市場」である。ここには誰でも作品を出品することができ、だれでもそれを無償で利用できる。

 仕組みは単純で、出品された作品を人が利用したり、出現させて使ったりした時の脳波をシステムが測定し、その純粋な評価に基づいてフェザーがシステムから出品者に給付される、というものである。


 2つ目は、フェザーヤードに出品して稼ぐ方法である。フェザーヤードではオープンヤードとは違い、出品物はフェザーで取引される。その代わり、オープンヤードのような消費者の評価に基づくフェザー給付はない。そのため、フェザーヤードに出品される品々は一風変わったものやニッチなもの、もしくは、有償であったとしてもニーズのあるものなど、マニアックと呼べるものが勢揃いである。


 3つ目は、仮想地球で生計を立てるというものである。アナナキは「現実世界」という、制約の多い環境特有の創造性も重要であるとして、原始時代の地球をシミュレーションした。

 仮想の地球で新たに文明を創成し、発達していく過程を「視覚的」に記録することで、太古からの発達をより詳細に知るのが目的である。

 その地球の住人として生活するのであれば、生活した期間に対して一定のフェザーを報酬として支給するというアナナキからの依頼が公開されたのである。


 これら以外にもフェザーを得る方法は多様に提起され、新たな社会が構成されていった。

 人々は、生活の中のわずかな時間でしてきた「楽しさ」「面白さ」「素晴らしさ」といったものを追い求める、作り出していく活動だけに生きていくことができるようになったのである。


 新たな秩序と価値が広まっていった世界。そのある日の出来事である。



 カーテンの隙間から赤い夕焼けが淀んだ部屋に入り込む。澄んだ夕陽がまぶたを通り抜け、白昼夢にまどろんでいた[二見徹(フタミトオル)] を呼び覚ます。


「ふあぁ~~。今何時だ…?」


 けだるい体を起こして目をこすると、壁に掛かるおぼろげなオレンジの帯が目に写った。ベッドの縁に座り、慣れた様子で右手の薬指と親指で宙をつまみ、スッと下に引き下ろす。

 すると、宙にホログラムのウィンドウが現れた。ウィンドウにはメール、ブラウザ、ニュースなどといった項目が並んでいる。その画面端にある時計は【2121/7/25 17:45】を示していた。


「もうこんな時間かぁ〜」


 11時ごろに起きて少し遅い朝食を食べ、軽く昼寝をしたらいつの間にか日が暮れていた、という状況であった。良く言えば優雅な、悪く言えばだらけた生活リズムの典型である。

 そして彼がこれから取る行動もその型通りで、何かと言えば「遊び」である。


「何か新しい情報は、っと…」


 そういいつつ彼はおもむろに、スッ、とウィンドウの下端を手前に引いた。すると虚空にホログラムのキーボードが現れ、それを徹は慣れた手つきで叩き始めた。SNS、ニュースサイト、掲示板…日夜情報が飛び交う場所を転々とし、読み流していく。


「おぉっ?やってるやってる~」


 ネット上はある一つの情報でもちきりだった。それは「NFAの解放」についてである。


 数年前に突如としてフェザーヤードに出品された「NFA解放権」。説明書きが短く、イメージ画像も挙げられていない一方で、その値段は驚愕の100万フェザー。これはただでさえ高額といわれている「人体再生」の値段の10倍である。その上、代金を払ったとしても10分の1の確率でしか商品を得られないと説明に書いてある。その胡散臭さにエレツ中は沸き上がりはしたものの、誰も買おうとはしなかった。


 そこで徹は長年かけ、VRアクションゲーム【ディアスポラ】の賞金でため込んだフェザーで、昨日の夜遅くにその怪しい出品物を買ってみたのである。


 【ディアスポラ】は、VR多人数バトルアクションである。プレイヤーは「マアラブ」と「ミズラハ」の陣営に分かれ、フィールドの中心にある陣地「ランド」を奪い合う。ランドを一定時間占拠するか、相手陣営の「残存戦力値」をゼロにすることで勝利となる。

 それぞれの陣営には「残存戦力値」が設定され、プレイヤーが武器を出現させると消費される。出現させる武器ごとに消費する戦力値が異なり、主にその武器の技術や登場年代に基づきAIによって決められる。プレイヤーは弓矢から戦車、果てはパワードスーツまで好きなものを選べるわけであるが、下手で戦車で出撃してあっさりやられてしまうと味方から猛バッシングを浴びることになる。


 実際に購入手続きすると、なんと10分の1を引き当てたのか、「決済完了」の通知とともに、「エレツ試験稼働機能『Numbers Fluctuation Amplificator』NFAが開放されました」というシステムメッセージが現れた。


 どういう機能なのかはわからないまま、そのときは湧き上がる達成感とともにやってきた睡魔に徹は身を任せ、寝てしまったのだ。そして昼間の二度寝を経て今に至るわけである。


「結局NFAってなんなんだ?」


 掲示板の有志によると、仮想空間の編集画面の項目として「NFA有効化」が増えたようだ。これをオンにした空間では、ちょっとした高揚感が沸き起こり、少し感情が現れやすくなる、という報告もあるらしい。


「うーん…なんか用途がよくわからんぞ…」

 

 期待はずれな報告が掲示板を流れていく。それをしばらく適当に読み漁っていると、


「はぁ!?ちょっ…マジで!?」


 魔法が使えたという衝撃的な書き込みがあったのである。

 詳しく見てみると、出処不明のNFAに関する文書が掲示板に貼られたらしい。書き込み主の発信元は探れなかった上に、その文書の内容も到底信じられるものではなかったようだ。内容を書き起こしてみると、


第一段階:物理現象を利用してランダムな数字を発生させる装置「乱数発生器」が、2087年よりエレツで始まったデモ運動中に正常に作動しないケースが多数報告された。検証した結果、「装置の周囲で多人数が強い感情を示したとき、乱数発生器は偏った数値を出力する」ことが判明した。


第二段階:人間の感情はミクロな物理現象に影響を及ぼす。感情が強ければ強いほど、同様の感情を発する人数が多いほど、その影響は強くなる。


第三段階:感情には重力が影響するという過去の研究結果に基づき、この事象の影響を増幅させる装置「乱数変動増幅器『Numbers Fluctuation Amplificator』」の試作機を開発。そののち、エレツの組み込み機能に発展。


第四段階:NFAの高出力稼働時に確認された事象は非常に危険であり、本研究は厳重管理が必要であると判断された。


 掲示板の有志によると、ここでいう物理現象への影響が魔法のような現象であるようだ。


「こうしちゃいられないぞ…!えーっと、空きの練習フィールドが…」


 徹は慣れた手さばきでウィンドウを操作して、仮想空間のメニューを出した。そこには、いつも【ディアスポラ】のトレーニングに使っている仮想空間が並んでいた。


「これでいいか」


 徹はそのうちの一つを選んで、編集画面を開いた。すると、掲示板に書いてあった通り、『NFA有効化』の項目があった。


「ほんとにこれで魔法が使えるっていうのか…?」


 その項目をオンにすると、【NFA出力設定】というパラメータがその下に出てきた。1から10のレベルに分かれている。


「なるほど、文書にあった出力の下りはこのことをいってるわけか」


 徹はそのパラメータを10に設定しようとして、手を止めた。彼の脳内には、文書に書いてあった「危険」の二字が浮かんでいた。


「でもなんか怖いよな…」


 手をウィンドウに添えたまましばしの間考え、6に設定して編集画面を閉じた。 


「さて、いきますか!」


 そういって徹はウィンドウの「転送」ボタンにタッチした。その瞬間、彼の体はパシュン!と消え、夕陽が差し込んだその部屋には誰もいなくなった。

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