第13話 高熱源反応


 月への道すがら。観望デッキから宇宙を眺めていたオウジ。星の海原がキラキラと輝く、流星が流れた。一瞬で願いを言う暇もなかった。さてこの流れ星に願いを言う風習はいつからだろう、そんな事を考える。肩を叩かれる。ケンだ。


「よう相棒、一杯どうだ?」

「明日には月で決戦だ、そんな気分にはなれない」

「お堅いやつめ」

「なあ、ケン、例のベリアルだが」


 一瞬、ほんの一瞬、空気が冷めたような気がした。あまりハードな話題を持ち出すタイミングではなかったらしい。オウジは後悔する。


「あれがAI兵器だってんだろ? おかしいよな。AI兵器は封印されて何年も経つってのに」

「それもそうだが、あの精度だ。スレイヤー大佐は確かに強者だった。だけど」

「ベリアルに負けた。……分かってる、それだけ強い相手だって事だ。でも俺達なら勝てた」

「それはスレイヤー大佐が手傷を負わせていたからだ」

「……まっ、確かにな」


 否定しない。あの状況、甲板の上での対戦、あの時、ベリアルが万全だったら。その力を十全に発揮していたら。オウジ達はどうなっていただろう。

 吸い出す方式の酒を飲みながら、ケンは告げる。


「オウジ、だから、だ」

「ケン? なにがだ?」

「お前のブレイバーを改造カスタムした」

「何ッ!?」

「対ベリアルを想定した決戦特化型だ」

「パーツはどっから持って来た!?」

「俺のブレイバーの予備パーツをいじってもらった」


 オウジは閉口する。呆れたのだ。そんなに自分に戦力を集中する理由が分からなかった。オウジはその胸中をケンに伝える。するとケンは笑った。


「頼りにしてるぜ、不死身の撃墜王?」

「からかうなよ」

「本気さ、これはギャンブルだオウジ、俺達はお前にベットした」

「分の悪い賭けだな」

「だが本気の賭けだ」


 そこで警報が鳴り響く、思い返せばこんな事ばかりだった気がする。警報がアナウンスへと変わる。


『月面より高熱源反応! 偽原子兵器です!』


 その瞬間だった。観望デッキが光芒に包まれる。一瞬、死んだと思った。しかし視界が徐々に元に戻る。

 五体満足でオウジもケンもそこにいた。真っ赤な照明、マザーが緊急事態である合図だ。いそいで指令部へと向かう。


「艦長!」

「今、真横を偽原子濃縮砲が抜けて行った、恐らく月面に砲塔がある」

「月面までまだ、かなり距離がありますよ!?」

「おそらく昨日には発射された時の誤差によって運良く躱せたんだろう……マスドライバーで発射されたこの艦は航路を変更出来ない。次は当たるぞ」

「どうするんです!?」


 偽原子技術は圧倒的な『矛』の技術だ。『盾』の技術は少ない。敵はイミテーションコーティングなるものを備えているようだが――


「こちらも無策ではない。イミテーションネットがある。一応な」

「イミテーションネット?」

「本来は敵捕縛用の装備です。偽原子を紡ぎあげて作り出した網……それを防御に使います。偽原子同士ならば、激突して相殺できるはずです」


 オペレーターの一人がカナダ艦長の代わりに答えた。オウジとケンが安堵する。しかし。


「それ、何回使えるんです? 今、聞いた分じゃ消耗品に聞こえましたが」

「三回だ」

「たったそれだけ……」

「敵の砲塔も無限じゃないはずだ。それまでに月面にたどり着けるよう祈れ」

「無茶です!」


 その時だった。


『高熱源反応! 来ます!』

「――ちっ、イミテーションネット展開!」


 艦長の舌打ちなど、オウジは初めて見た。光芒はまたも真横を抜ける。その後、ネットが展開された。間に合っていない。今のが直撃ならば死んでいた、全滅だ。

 そして――


『連続して高熱源反応アリ! 来ます!』

「艦隊を傾けろ! 少しでも軌道をずらせ! 着地点がズレても構わん!」

「それじゃ逆に当たるんじゃ……」

「敵砲撃の精度が増してる! 次は当たるぞ!」

「一日前に撃たれた砲撃なんでしょう!? それじゃ角度修正もクソもないじゃないですか!」

「……ラプラスの悪魔」

「えっ?」

「奴らが禁止されたAI技術を研究し続けていたとすれば、それが全事象を解析可能な程に進化しているとしたら……そこまでいかなくとも真に迫っているとしたら、奴らはシミュレーションだけで偏差射撃をおこなってくるぞ!」


 その場の全員が息を飲む。光線がジリジリと近づいて来る。連続して放たれている光芒は、全てを消し去る破壊の一撃。当たったら最期。いやチャンスは三回。それで終わり。


「敵砲撃AIをラプラスと呼称、これより対ラプラス戦闘へと入る」

「戦闘!? どうやって!?」

「避けるのも立派な戦闘行為だ」


 そこで気づく、これは士気を上げるための鼓舞なのだと、死地にあったも生きる気力を失わないための呪文なのだと。


「対ラプラスからの砲撃群! こちらへと距離を詰めて来ます!」

「イミテーションネットを重ねておけ! 二連撃が来てもいいようにな」

「……もちますか?」

「もつさ」


 艦長は嘯いた。そうそれだって士気をあげるための虚言だ。仕方のない事なのだ。光線の雨の中、頼りない網に身を任せ、長い旅路へと向かうマザー。

 するとマザーⅢから通信が入る。


『そちらの様子はどうだカナダ艦長』

「グリニッジ指令」

『こちらもイミテーションネットを展開したところだ、何回もつ?』

「三回ですね」

『同じくだ、しかし、こちらに起死回生の一手がある』

「……それは?」


 一拍開けて。


『マザーとマザーⅢを盾にする。それでプリンセスの乗るシャトルは六回もつ』

「っ、それは」

『皆まで言うな、こちらの隊員は全員、覚悟を決めたぞ』

「……本気、なのですね」

『ああ』


 通信にノイズが混じる。光線が眼前に迫る。眩しさに目を焼かれそうだった。オウジは目を逸らしたくなった。明確な、死を感じた。吐きそうになる。そこで思い出す。マザーⅢにはノーリッドも居たはずだ。アイツが自分の死を納得出来たとは思えない。己のクローンならば尚更だ。同じ思考回路をしているならば、あの時、プリンセスの前で見せた言動からすれば、自分の出世街道を踏みはずす真似をするとは、オウジには到底思えなかった。


(何か裏がある)


「グリニッジ指令、ノーリッド少尉はどうしていますでしょうか」

『……何故そんな事を聞くのかね、オウジ少尉』

「いえ、自分の弟のようなものなので」

『……彼は、プリンセスのシャトルに居る』

(やっぱりだ)


 オウジは心の中で舌打ちをする。奴め、自分から重鎮の親衛隊を志願したのだ。生き残るために。それはオウジにない考え方だった。戦果を挙げる、それだけがオウジの活動指針だった。ここで盾になる事を受け入れれば、オウジは死ぬ事になる。それは駄目だ。プリンセスとの約束がある。西暦派との戦争を終わらせる。そのために俺は呼ばれた。だから。


「濃縮砲は俺が切り落とします」


 そう、宣言した。


『馬鹿な!?』

「それは無理だオウジ少尉」

「艦長、発進許可を」

「……本気なんだな」

「崩壊剣なら理論上は可能です」

「よしゼンノウ・オウジ少尉、ブレイバーカスタムに乗って発進せよ!」

「了解!」


 オウジは格納庫へと走り出した。

 シルエットが変わっているブレイバーと出会う、既に近接戦闘用へと変形されている。


「オウジさん! こちらへ!」

「助かるエメラダ!」


 緑髪の少女に礼を言って。乗り込む、そのままカタパルトに移動する。


「ゼンノウ・オウジ、ブレイバーカスタム、出る!」

『カタパルト発進』


 ガシュン! という音と共に、移出されるブレイバーカスタム。

 光線の雨の中へと飛び込む、まずは一撃を切り落とす。


「一つ!」


 次から次へと濃縮砲は飛んで来る。切り落とすのはマザーに、マザーⅢに、プリンセスの乗るシャトルに当たりそうなものだけでいい。


「イー、砲撃の選別を頼めるか?」

『yes master 敵砲撃に優先順位を設定』


 コックピットのモニターに映る光芒へナンバーが付けられる。そのナンバーの一から順に切り落として行く。崩壊剣の出力は最大だ。一撃でも喰らったら終わり、吐きそうになる。常人でも緊張するであろう極限状態。オウジはその場で覚悟を決める。


「丸一日の耐久戦だ、イー。覚悟はいいか」

『yes』


 オウジはその日、百を超える濃縮砲を切り落としたのだった――

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偽原子 イミテーションアトム 亜未田久志 @abky-6102

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