第11話 迷彩VS漆黒


 ドーバー海峡、マスドライバー基地。そこまでは特に邪魔も無く辿り着いた。しかし本番はここからだ。宇宙航行用のチューンを施したマザーとマザーⅢ、そしてプリンセスが乗り込むシャトル、三つの艦をマスドライバーにセットする作業が始まる。格納庫内、IMの中でその時を待つオウジ。同じく機体の中で時を待つケンが通信で話かけてくる。


「よお、怖気づいたヒーロー。調子はいかが?」

「だから俺は英雄なんか気取ったつもりはない」

「もっと軽く行こうぜ、正義の味方だ俺達は、ヒャッハーてな」

「おおよそ正義の味方の言葉じゃないな」


 オウジ自身、正義だとか大義だとかを考えた事は無かった。ただゼンノウ家を見返したい。その一心で戦って来たつもりだった。だけど今はどうだ。マスドライバー発射の未知にとりつかれて恐怖して格納庫に引きこもっている。これが目指すべき撃墜王の姿か? 自問自答が止まないオウジ。ケンに相談してしまおうかとも考える。オウジの事情は公然の秘密になってしまっている。プリンセスのせいだ。オウジは歯噛みする。

 スレイヤー大佐率いる地上部隊がマスドライバー周辺を警戒している。十三人居た兵士は四人にまで減った。それをグリニッジ基地の兵士で補うようにして八人。合計八機のウォリアーで警備にあたっている。


 その時だった。


 警報が鳴る。敵が偽原子を散布した証拠だ。通信が阻害されている。即座にレーダーから目視での警戒に切り替わる。偽原子戦闘が当たり前になってから当然になった戦場の定石だった。しかし。


『敵の偽原子散布が止みました!?』


 マスドライバー基地のオペレーターが驚愕しながら戦況を報告する。そのやり口には心当たりがあった。そう――


「ベリアル!?」


 月夜の海、くらき光が水面を照らす。朧げな漆黒に煌めく一筋の流星。その機体もまた漆黒であった。

 マスドライバー基地のウォリアーを次々と墜としていく。


「マズい……俺が出る! ハッチを開けてくれ!」

『おいおいオウジ! どうした! もう発射時刻は迫ってる! 死にたいのか! 此処は地上部隊に任せろって!』


 ケンの制止も聞かずに発進しようとするオウジを止める者が一人。


『この戦場……私にあずけてもらおうか』


 それは低く唸るスレイヤー大佐の声だった。どこか怨嗟の籠った声音にたじろぐオウジ。


「どうして……」

『これ以上、部下が死ぬのを黙って見ておけるものか……それは君も含めてだオウジ君』


 スレイヤー大佐のウォリアーがベリアルと対峙する。他のウォリアーを下がらせる、スレイヤー大佐。ベリアルとウォリアー互いに剣を向ける。崩壊剣と実体剣。スレイヤーは告げる。


『よし他の兵は下がったな……四本腕の機体……機体名ベリアル、我が部下の仇、取らせてもらう!』

『戦場とは生きるか死ぬか。仇も何もないだろう、死んで本望! その魂はヴァルハラへ向かうのだ!』

『ならば貴様もヴァルハラ送りにしてくれる!』


 剣と剣がぶつかり合う。四本腕を最初から展開して、フル稼働させるベリアル、それに対して崩壊剣一本を両手持ちにして立ち向かうウォリアー。

 その差は一目瞭然かに思われた――


『AI制御の腕などォ!!』


 いなす、いなすいなす、一本の剣で四本をいなしてみせる。受け流すようにして一本の攻撃を逸らし、もう一本の攻撃を巻き込み、さらに追加で一本の動きを跳ね除ける。残る一本と鍔迫り合いになる。そこでウォリアーの胴体が、がら空きになったかと思えば、いや違う、もうその場にはいない。ベリアルの死角に回り込んでいる。ベリアルのあの音速超えの機動力が発揮されていない。いやウォリアーが発揮させていないのだ。一本の剣でプレッシャーを与え、間合いから出るその瞬間を狙われる事を敵に悟らせた。これは間違いない。


「本物の撃墜王」


 オウジはその光景を目に焼き付ける。マスドライバー発射のカウントダウンが始まる。それに呼応するようにブースターを温めるベリアル。あれは――


『音速超えの超加速か? させんぞ』


 ウォリアーが切っ先をベリアルに向けたまま、その背後に回り込む。


『チェストー!』


 背後から伸びた隠し腕を斬り落とすウォリアー。あっさりと、あまりにもあっさりとだった。しかし、そこで事故が起こる。超加速の準備が整ったベリアルが、

 音速で激突する両機体。破損は凄まじく、バラバラと機体は崩れていく。しかし、被害が大きいのはウォリアーだけだ。一方のベリアルは。


『ふむ、少し君を侮っていたようだ。まさか私の四本腕を制す者がいようとは、しかし、それもこれで終わり……』


 ベリアルの前面が

 その輝きは――


「偽原子濃縮砲!?」

『マズい! ウォリアーごとマスドライバーを撃ち抜く気だ!』

『させんよ!』


 崩壊しかかっているウォリアーがベリアルへと立ち向かう。


『そんな機体で何が出来る?』

『照準を逸らすくらいならば!』


 ウォリアーが全身でもって体当たりを繰り出す。ベリアルの射線は逸れて、マスドライバーから離れていく。そして崩壊する砲塔、そして――


「スレイヤー大佐!!」


 オウジの声はもう届かない。スレイヤーはもうこの世にいない。今の濃縮砲に巻き込まれ機体事消え去った。


『やれやれ、一回限りなのだがね、ここまでしてやられるとは』


 マスドライバー発射のカウントダウンが十に迫る。九。


『させないよ』


 突っ込んでくるベリアル。八。


「ハッチを開けてくれ! 奴が来る前に!」

『落ち着けオウジ! もう大丈夫だ! ベリアルは間に合わない! スレイヤー大佐が仕事を果たしてくれた!』

「そんな言いようがあるか! ケン! 頼む行かせてくれ! これは仇討ちだ!」

『オウジ……』

『ハッチ開けます!』


 七。


 狙いを定めるはベリアル、狙撃用の偽原子崩壊銃を構えて狙いを定める。真っ直ぐこちらへ向かって来る漆黒の機体は、本来ならば狙いの的のはずだった。しかし――

 

 警報が鳴る。偽原子散布の警報が。


 レーダーの調子がおかしくなる。照準が定まらない。メインカメラに切り替える。目視で敵機を確認する――遠い、しかし、背部スラスターの赤熱が見えた。


「来る! 音速超え! 頼むぞブレイバー……お前だけが頼りだ……」

『yes my master』


 念じるようなオウジの言葉にEが応じる。今はその言葉が頼もしかった。再び狙いを定める。トリガーを引く。発射される偽原子崩壊、それは光線の如く煌めいて飛んで行く。それを――


『こんなもので私を止めようなどと』


 六。


 カウントダウンが無限に感じる戦闘時間。レーザービームをベリアル。息を飲むオウジ。Eが落ち着いた電子音声で。


『次弾装填』


 そう唱えた時、オウジはハッと正気に戻る。すぐに次弾を撃ち出す。しかし――


 五。


 またしても弾かれる。スラスター赤熱が最高潮を迎える。来る。音速超えのマニューバ。一瞬、ベリアルの姿が消えたように見えた。するとすぐにブレイバーのスコープいっぱいが真っ黒に染まった。


「!?」

『敵機接近』


 マザーの甲板に降り立つベリアル、剣を艦に突き立てようとする。それを崩壊剣で受け止めるブレイバー。さながら地面に落ちそうになった物を取るような無防備な体勢。


 四。


『詰みだよ君、諦めたまえ』


 もう一本の剣でブレイバーを狙うベリアル。

 そこに。


『俺もいるぜ!』

 

 ケンが乗るブレイバーが飛び出して来る。取っ組み合いになるケンのブレイバーとベリアル。


 三。


 起き上がるオウジのブレイバー。これで二対一。しかし。ベリアルはそのプレッシャーを前回戦った時よりも増している気がした。まるで強者を倒した事でその強さを喰らったかの如く。

 

 二。


「なんでもいい! こいつを振り落とすぞ!」

『了解、相棒!』

『提言、腕の射出を推奨』


 Eの電子音声。腕を射出その勢いでもって、ベリアルをマザーから落とそうという作戦だ。それをオウジは承知する。


「ナイス提案! イー、これからも頼むぜ!」

『おいおい俺は!?』


 ケンを無視して狙いを定める。隙を突かなければレーザービームのように弾かれる。一撃でいい隙がいる。そこで。


 一。


「ケン! 今だ!」

『相棒使いが荒いねぇ!』


 ベリアルに向けて崩壊銃を放つケンのブレイバー。ベリアルはそれを弾く、その瞬間。腕の射出、

 ベリアルの胴体に腕が当たる。よろけるベリアルの機体は甲板からぐらりと傾き――


『マスドライバー、発射』


 電子音声の号令がマスドライバー基地に鳴り響く。

 三機の艦が一斉に宇宙へと投げ出された。一気に成層圏をぶち抜く。オゾン層を超え宇宙空間に飛び出る。


「やった、か?」

『おいおい、相棒、その台詞はジャパニメーションのやってないフラグだぜ?』


 そう言ったケンの後ろから。


『まだだ……』


 漆黒の機体がマザーに剣を突き立て生き延びていた。

 宇宙空間にて、対峙する両機体。

 月面到着まで、あと一日と半日。

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