第10話 マスドライバー前夜


 宇宙に出るだけならマスドライバーなど使う必要はない。偽原子航行シャトルで事足りる。しかし、それでは足が遅いとプリンセスは言う。


「だから、マスドライバー?」

「いくらなんでも旧時代過ぎでしょ」

「お前らそれプリンセスの前で言うなよ」


 貴賓室からの帰り道そんな事を言い合うマザー組三人。オウジ、ケン、カナダ艦長。


「実際、マスドライバーの方が足が速いのは事実だ」

「そら撃ち出してるんですからね、浮かび上がる偽原子航行とはワケが違いますよ」

「衝撃で中の人間死なないか?」


 首を傾げるケン。オウジはもっともらしく頷く。


「確かにな」

「確かにな、じゃない馬鹿二人。偽原子による対圧効果を忘れた訳じゃあるまいな」

「サー、忘れてないであります、サー」


 はぁ、とため息を吐く艦長、オウジとケンは肩を寄せ合いながら、語る。


(ああは言うが実際どうなんだ? 偽原子技術に負けた遺産だろう?)

(信用度はかなーり薄い、しかも今回の作戦が――)

「おい聞こえてるぞ馬鹿二人!」

「いえ、何も言っておりません!」


 敬礼する馬鹿二人。黒髪と茶髪は艦長と別れると己のIMがある整備用格納庫へと向かった。そこには緑髪のエメラダがいて。


「あっ、お二人、会議は終わったんですか? 今、宇宙戦用に機体を調整してるとこですけど」

「正直、偽原子兵装が宇宙でどこまで役に立つのやら」

「えっ、知らないんですか? 偽原子は真空に近い程、その働きを増すんですよ」

「えっ」

「ええっ」


 固まる二人、今まで成層圏任務ばかりでそんな事、露知らずだった。


「ち、ちなみにマスドライバーについてなんか知ってる?」

「偽原子技術はてっきり義務教育だと……えっ、ああはいマスドライバーですよね、確かに偽原子航行の軌道だと月まで三日かかる所を一日と半日に短縮できます。半分ですよ半分。すごいですよね! ちょっと見学させてもらえないかなー」


 エメラダはメカニックらしく技術に目を光り輝かせていた。男二人はメカに萌える女性に疑問符を抱きながら。


「結局は周回軌道とかに乗って行くんだろ? そんなに時間変わるもんなのか?」

「マスドライバーの制御システムとか――あっはい、まず大気圏突破速度が段違いです。偽原子の耐圧効果も相まって人間を乗せても最高速度で大気圏を突破して成層圏までたどり着きます。偽原子制御によるコントロールで月への最短距離を目指しても、速度を保ったまま宇宙空間に突入、そのまま月に事が可能なんです!」

「それなら一日半と言わず、数時間で着けるんじゃないか?」

「それがですね、月に追いつくと言っても、月のコロニーに着陸するのに安定した軌道を取るための時間がかかるんですよ」


 ほえー、と言って感じで口をポカンと開く馬鹿二人。理系エメラダはそんな事気にせず、論議を続ける。


「で、今回の作戦の話ですけど」

「あ、ああ、マスドライバーでマザーを発射する直前までIMで護衛する事になって……」

「ええ!? ギリギリまでですか!? 下手したら振り落とされますよ!?」

「えっ」


 オウジに吐き気が催した。プレッシャーが半端ない。オウジはギリギリの作戦に弱い。一人ぽつんと地上に取り残されるかもしれない作戦など出来れば参加したくない。しかし、それをゼンノウ家は許さない。常に最前線。それがIM運とゼンノウ家が交わした契約だ。もしかしたらマスドライバーの発射に巻き込まれて死ぬかもしれないと思うと、猶更、プレッシャーは増す。ゼンノウ家を見返すまで死ぬわけにはいかない。自分をモデルにしたデザイナーチャイルドまで出されてしまって引くに引けない。


「……なぁケン、今回の作戦、地上部隊にマスドライバーの護衛頼まないか?」

「ん? 不死身の撃墜王が弱腰だな?」

「うっ、俺はただの小心者だよ。スレイヤー大佐を探そう、な?」

「別にいいけど……じゃあなエメラダちゃん」

「マスドライバーの最高速度は――ってあっはい。また……」


 少し残念そうに手を振るエメラダを後にしてマザーⅡの停留するドックを探す二人。地上迷彩が目についた。そこへ向かう。真っ赤な髪のスレイヤー大佐はすぐに見つかった。


「大佐!」

「む、君達かね、もう会う事も無いと思っていたのだが」

「実は、作戦変更の具申をしたく」

「な、なに!?」

「マスドライバーの護衛任務を地上部隊に任せたく……」


 スレイヤー大佐は青い顔をする。ぶるぶると身体を震わせながら。憤りを交えながら。


「私達はもうアメリカの基地に帰る予定で……」

「そこをなんとか、この作戦が成功した暁にはプリンセス家からの謝礼も出るそうですよ」


 それは事実だった。プリンセス家はIM運の参加した部隊にそれ相応の謝礼を払うと契約書で確約している。ゼンノウ家程ではないにしろ。莫大な富を持つプリンセス家の謝礼だ。正直、資金が潤沢とは言えない地上部隊は喉から手が出るほど欲しいであろう。

 軍資金は必要だ。まあ和平が済めば必要となくなるのだが。


「君達の指揮官には話は通っているのか?」

「独断であります」

「ますます、胡散臭い話だな」

「ですが、事実です」

「言いきるのか」

「はい」


 スレイヤー大佐は顎髭を撫でる。先ほどより表情が明るい。軍資金に目が眩んでいる。和平調停の事は知らないでいるのだ。無理もない。


「分かった、君達の指揮官と、この基地のグリニッジ指揮官には私が話を通そう」

「! ありがとうございます!」

「良かったなオウジ」

「ああ、ケン、これで振り落とされずに済むぞ」

「ん? 振り落とされる?」

「ああ、いえこちらの話です。マスドライバーの護衛から直前にマザーに乗り込むという作戦でして」


 スレイヤー大佐は目を剥いて。


「それはまた無茶な作戦だな! うむ、私を頼るのも無理はない。任せたまえよ。無事マスドライバーを発射させてやろうではないか」


 お飾り部隊などと言われた地上部隊がこうも頼もしく見えるとは。死者の数だけ、戦士はその想いを次いで強くなるのだろうか。一つオウジはスレイヤーに聞きたい事があった。


「突然ですが、ベリアルと名乗ったあの機体、まだ生きてると思いますか?」

「何を言うかと思えば、あっはっは! あの偽原子濃縮砲の中を生き延びれるはずもあるまい!」


 ガハハと笑って、その場を後にするスレイヤー大佐。オウジとケンは肩をすくめて。


「ケン、お前は実際どう思う」

「地上で音速超え、イミテーションコーティングなんて謎技術。十中八九生きてるだろうな」

「だろうな、そして、狙われるとしたらマスドライバー発射時だ」

「ベリアル、あの高性能機相手に地上部隊は生贄か?」

「この基地の戦力もいる……勝ち目はあるはずだ……」


 二人は思考を巡らせながら、どうにか死人が出ない方法を考える。しかし作戦決行時間は迫って来ていた。

 マザーがマスドライバーに向けて発進する。マザーⅡ、標準時基地の偽原子母艦、マザーⅢも発進する。

 めざすはドーバー海峡。そこに百八十度回転する常時発射可能な不可思議マスドライバー『イカロス』が存在する。いつものオウジなら「気取った名前を!」と怒るところだが、そんな余裕もないほどに、オウジの胃腸、喉への圧迫感は増していたのだった。

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