第4話 スレイヤー大佐


 無事、敵艦ファザーを退けたマザー一行。というかオウジ。食堂にて。基本、彼は食事が苦手だ。どうせ吐くものを食らう気がしれないのだ。といっても吐くのはオウジだけなのだが。もっぱらゼリー状のレーションが好みのオウジだったが今日は。


「オウジさん! ジャパンからウドンが届いてますよ!」

「……駄目だ、麺類は駄目だ」

「え? どうしてですか? オウジさんの生まれ故郷の味ですよ?」

「それは……」


 エメラダの眼差しに勝てず、仕方なくうどんをすするオウジ、麺類は噛まずに飲み込める、飲み込めてしまう。だから即出撃となると、吐く時にそのまま未消化、固形で出て来るのだ。掃除が面倒でしょうがない。隠し場所がないのだ。もう一度、自分が嘔吐した物を口に入れる羽目になる。だからイヤだった。


(今日は出撃がありませんように)


 その時、艦内アナウンスが鳴る。


『これより本艦はマザーⅡと合流します。繰り返す――』

「マザーⅡ! スレイヤー大佐の部隊だ!」

「みたいですね。憧れの人なんでしたっけ」

「ああ、本物の撃墜王だ」

「オウジさんって撃墜王に拘ってますよね。どうしてですか?」

「……」


 エメラダには、というか基本的に艦長以外の人間にゼンノウ家の問題を話した事はない。嘔吐癖と同じだ。これは人生の汚点の話。あまり口外したい話ではない。

 だから。


「戦場に長くいたら、誰だって夢を見る」

「そういう、ものですか?」

「ああ」


 それで済ませた。それでいいと思った。だけど。


「あの!」


 エメラダが大声を出すのは珍しい。


「何か抱えてるなら言ってくださいね? 私じゃお力になれないかもしれないですけど……」

「ありがとう、気持ちだけは受け取っておくよ」

「はい……」

「じゃあ、俺、部屋に戻るよ。うどん、ありがとう」

「あ、あの」

「?」

「また……」

「ああ、また」


 そう言って別れた。マザーⅡと合流したら、スレイヤー大佐に会いに行こう。最前線でやる事ではないが、憧れの存在が目と鼻の先にいるのだ。死ぬ前に会いに行きたいと思うのは間違っていないはずだ。そうオウジは考える。

 食事を終え、少し眠気が襲って来た。睡魔に勝てず。眠りに落ちるオウジ――


 ――それは子供の頃に見た花畑。二人の子供が座っている


「ねぇ? オウジ」

「なんだいプリンセス」

「私達、大人になったら結婚しましょ!」

「急だね」

「そんな事無いわ! 遅かったくらいよ!」


 プリンセスは立ち上がる。


「月で結婚式を挙げましょう! そうね日程は新暦記念日がいいわ! 貴方と私の門出だもの!」

「いいね、最高だ」

「でしょう?」


 花畑を駆けだすプリンセスを遅れながら立ち上がって追いかけるオウジ。そこに黒服が現れる。


「オウジ様、本家からのご命令で参りました」

「ご同行を」

「本家……?」

「オウジ? 大丈夫?」


 黒服達がオウジを間に挟み、車へと連行する。


「オウジ!」

「プリンセス!」


 子供の力では大人には敵わない。無理矢理車に乗せられる。プリンセスは追いかけようとして派手に転んだ。涙目でこちらを見上げていた。

 同じく涙ぐむオウジ。これから自分はどこへ連れて行かれるのだろう。恐怖で涙が出た。正直、ゼンノウ家にいい思い出はない。優しいのは乳母だけだった。

 毎回受けさせられるテストに落ちては、罰を受けた。痛みと共にそれは苦々しい記憶へと変換されていった。


「嫌だ! 行きたくない! 降ろせ!」

「大人しくしろ!」


 黒服に殴られた。仮にもゼンノウ家に仕える人間だろうに、ゼンノウ家の人間に手を挙げたのだ。これは本来なら問題だ。しかし。


「お前はな、もうゼンノウ家の人間じゃないんだよ」

「……え?」

「お前はちょっとオツムが悪すぎた、多少IMの操縦くらいは出来るようだが」

「それじゃ駄目だ。秀才を生み出し続けたゼンノウ家。なによりあのゼンノウ・ゼンチ様を生み出したゼンノウ家の血を引くものとしては」

「そんな、じゃあ僕はどうなるの……」

「どこかに捨てられるんだろ」


 絶望感に打ちひしがれるオウジ。


(ごめんよ、プリンセス。約束果たせそうにない……)


 その時だった。アラートが鳴った。涙を流しながら目を覚ますオウジ。そこはマザー艦内の自室だった。


「……プリンセスと会ったせいか、いつもと違った夢だった。オチは一緒だったけど」


 そんな事を一人ごちる。自虐的にあざけるように。


『これより我が艦はマザーⅡと合流を完了します。繰り返す――』

「来たか」


 行かなくてはと思いオウジは涙を拭いて着替えてから自室を出た。そのまま艦外通路へと向かう。


「おお、これがマザーの姉妹艦かぁ……似てないな」


 白を基調としたマザーに比べ、青を基調とした迷彩色になっているマザーⅡは全く違う艦に見えた。これが地上部隊の船か。同じ造船所で造られたとはいえ、空中部隊とは思想が違うのだ。

 すると艦外通路からマザーとマザーⅡが連結しているのをオウジは見た。


「あっちか」


 連結部へと向かうオウジ。そこは普段、パイロットは向かわない倉庫の方面だった。しばらく歩いてたどり着く。十八メートルを何機も格納する艦だ。かなり巨大で移動には苦労する。


「む、来たか」

「艦長、これからお出迎えですか?」

「こっちから行くに決まってるだろ」

「ですよね」


 艦長と共に、連結部分を歩き出す。鉄で出来た空中の吊り橋だ。今、艦は停止中だが風も強い。常人ならば恐怖もあるだろうが二人はお構いなしに進んでいく。

 そしてマザーⅡへとたどり着く二人。すると、マザーⅡのゲートから人影が見えた。


「おや、そちら二人だったか。こっちも誰か連れてくればよかったな」


 そう話すのは、くだんのスレイヤー大佐だ。スレイヤー・ザラッド。撃墜数百を誇る生きる伝説。撃墜数三十九ほどのオウジとの差はすごい。とオウジ本人は思っている。三十九というのも十分すごい数字なのだが。自覚はないし、ゼンノウ家からの圧力で艦長はオウジを撃墜王認定しない。したくても出来ないのだ。

 しかし――


「いえ勝手に彼がついてきただけですので……」

「ふぅん? もしかして君は、空中部隊のゼンノウ少尉か?」

「……あっ、はい。そうです」


 自分がゼンノウである事も、少尉である事も忘れていたオウジは一瞬、反応が鈍った。これじゃ戦場で死にかねないなと自嘲する。これで二回目、今日はよくオウジが自嘲する日だ。


「そうか、君があの……む、その涙の痕はなにかね」

「えっ」

「それに君、初対面で失礼だが、なんだか

「うっ!?」


 ゲロ臭さがバレたのだろうか。あんなに消臭剤を振りかけたのに。


「し、失礼ですが大佐、き、気のせいではないでしょうか!」

 

 敬礼しながらオウジは言った。だが。


「いや君にはなんだかにおいがある、何か心当たりは?」

「……昔、生身で前線に出ていたもので」

「返り血でも浴びたのか!? これは歴戦の猛者に失礼な事を……」

「い、いえ。お気になさらず……」


 これでやり過ごせただろうかとオウジは冷や汗でダラダラになる。


(なんだこの人の観察眼は……鼻も利くみたいだし……)

「うーむ、しかしこれが血のにおいか、少し違うように思えるが……自分もそれほど血に慣れているわけではない。それに血の臭いはなかなか落とせないと聞く。君がそう言うのならそうなのだろう」

(まだ納得していなかった!?)


 驚くべき事である。今までマザー艦内で、誰にもバレていない(一回艦長にバレかけた)この癖を初対面で見抜く者が現れるとは、オウジは外面を取り繕いながら、内心、驚愕に染まっている。


「さて、こんなとこで話すのもなんだ。マザーⅡを案内しよう」

「はっ! ありがとうございます」

「ありがとうございます……」


 正直、オウジはもう帰りたかった。ゲートからマザーⅡ内部へと入って行く。そこはマザーと同じく倉庫に繋がっていた。巨大なコンテナが積まれている。


「まぁ、君達が乗るマザーと大した差異はないだろうが」

「いえ。参考になります」

「……」


 なにからボロが出るか分からないため極力、声を抑える事にしたオウジ。


「彼には嫌われてしまったようだ」

「!? い、いえ、そんな事は」

「ははっ、冗談だよ、見たまえ、最近出来たばかりのだ」

「はっ……? 通路?」


 そこにあったのは何の変哲もない……いや待て、それは。


「歩道が動いてる……?」

「ベルトコンベアだ。これで移動も楽になる」

「広いマザー艦内では重宝しますね。マザーうちにも導入したいです」

「だろう、そうだろう。ささ、乗りたまえ」


 ベルトコンベアに乗せられ、今度向かったのは。


「此処はウチの兵器庫だ。IMを格納している」


 そこには地上部隊のIMが何機も置いてあった。


「へぇ。地上のIMは足回りがキャタピラなんですね」

「如何にも、他にも水上戦特化のIMもいるぞ」

「なるほど、つまりバランサーに偽原子を」

「そういう事だ」


 重力から物体を解き放つ偽原子の出力を抑えあくまで巨大な人型を自重で潰れないようにするためのバランサーとして作用させているのだ。水上でも同じ事が言える。

 足場がないに等しい水上で、機体を水に浮かべるために偽原子を作用させているという事だ。

 しかし――


「空中戦が主流の今、地上部隊は


 艦長と大佐の会話にオウジが挟まった。重い沈黙が舞い降りる。スレイヤー大佐がオウジを睨む。


「君……君も我々がお飾りの部隊だと言いたいのかね!?」

「大佐……彼は常識知らずなとこがありまして」

「ああ、そうだったな! あのゼンノウ家のボンボンだものな!」

「……言わせておけば!」


 カッとなったオウジとスレイヤー。二人を止める艦長。その時だった。警笛が鳴る。


『敵影アリ! 繰り返す! 敵影アリ!』

「こんな時に!? 艦長! 戻りましょう!」

「あ、ああ」

「いやその必要はない」

「え?」

「君達は此処で見ていたまえ我らが地上部隊の活躍を」


 スレイヤー大佐は不敵に笑ったのだった。

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