第2話 嘔吐王子の御帰還


「はぁ……やっと綺麗になった」


 操縦をオートパイロットに任せ、帰艦直前までコックピット掃除をしていたオウジ。

 アーチャーが母艦「マザー」に到着する。


「お疲れ様です。またすごい戦果でしたね」

「あ、エメラダ……そうでもないよ」

「またまたご謙遜を……ってまたコックピット掃除ですか? またいつも以上にピカピカですね? 言ってくれれば私達がやりますのに」

「いやぁ……」


 まさか吐しゃ物まみれだとは思うまいとオウジは内心冷や汗をかく。へらへら笑ってメカニックのエメラダをやり過ごしながら、デッキへと向かう。


「艦長」

「ああ、オウジか、ご苦労だった。シャトルは無事、月に着いた」

「良かった。これでまた新暦が一歩進む訳だ」

「お前さんの爺さんの面目躍如だな?」

「ひいが何個付くかわからないほど前の爺さんですよ」


 無論、会った事も無い。オウジとは苗字が同じだけの他人だ。そのはずなのに。その因習は付いて回る。お家騒動。偽原子の発見で莫大な富を築いたゼンノウ家は、一気にエリート階級の仲間入りとなった。しかし、そこでIMの操縦しか能のない落ちこぼれが生まれた。それがオウジ。ゼンノウ家の恥さらしとして最前線送りになった。そこでオウジは撃墜王として名を残し家を見返してやろうという事になった。今や撃墜数はこの隊内でナンバーワンだ。しかし――


「またコックピット掃除してたんだってな?」

「うっ、それは……」

「お前まだ『吐き癖』治ってないんじゃないか?」

「治りましたぁ!」


 これ以上は藪蛇だと思いデッキから離れ自身の部屋へと戻ろうとするオウジ、そこに。

 

「よう、オウジ!」

「ケン……」


 親友のケンと出会う、彼もパイロットだが、オウジがいつも最前線に出されるように上から圧力がかかっているために、出番が無いでいる。


「今回も大活躍じゃねぇか!」

「ケンだって、出撃許可さえ下りれば無双出来るさ」

「無双だってよ! そんなのしなくていいね。出撃しなくていいならその方がいい」

「ケン……」


 オウジは悲し気に笑う。ケンは朗らかに笑う。その笑顔の違いが分かったのは艦長くらいだろうか。

 二人は別れ自室へ向かう。

 狭い部屋の自動ドアが開く。

 そこにはベッド以外なにも家具が無く、装飾品の類も無かった。

 ベッドに腰かけるオウジ。


「オェ……」


 吐き気がまだ残っているのだ、持ち歩いている消臭剤は振りかけたが、皆にはバレていないだろうかと心配になるオウジ。


「撃墜王になんていつになったらなれるんだよ……」


 もう何機撃墜したか数えるのもやめた。

 でもまだダメだった。家の連中はオウジをゼンノウ家の人間だと認めない。そのまま死ぬまで帰って来るなと圧力をかけ続けている。


「賢いのがそんなに偉い事かよ……!」


 壁を叩く癖が直らない。凹んだ壁が他の空き部屋との違いか。

 しばらく眠りにつくオウジ。

 それは夢だった。

 金髪碧眼の少女を追いかける夢。


(ああ、またこの夢だ)


 それは子供の頃、まだゼンノウ家に居た時代。

 幼馴染の少女と遊んでいる記憶。少女の名はプリンセス。

 あだ名だったか本名だったかは覚えていない。

 ただそう呼んでいた。

 花畑で追いかけっこをしていた。

 ただ、ただただ楽し気に。

 純粋無垢な子供だった。

 才能無しの烙印を押されるまでは。


「プリンセス!」

「オウジ!」


 伸ばした手は引き離される。

 それが二人の今に至るまでの別れだった。

 しかし。

 

『おい、オウジ起きろ、緊急招集だ』

「……ふぁい」


 艦長からの呼び出し。緊急招集とは何だろう。

 デッキにはメカニックも含め全員集合していた。


「なんです? この騒ぎ?」


 整備長のムラマサに話を聞いてみる。


「さあな、なんでもお偉いさんが来るらしいで。全くメカニックまで巻き込まんで欲しいわ」

「お偉いさん……?」


そこにデッキのビジョンからある人物が映し出される。


『皆さん。お集まりいただきありがとうございます』


 それは紛れもなく――


「プリンセス……?」


 成長していたが、あの時のプリンセスだった。


『そう、私、アリア・プリンセスが――ってどうして……まさか、そこにいるのはオウジ?』

「……あ、ああ」

『嘘でしょ……最前線で死んだとばかり……』

「元気そうでよかったプリンセス……」


 そこでカメラが揺れた。プリンセスもといアリアの顔が画面の目前まで迫る。


『こっちの台詞です! 今までどこで何をしてたんですか!? ろくに連絡も寄越さずに――』

「こほん、ええ、後でオウジのプライベートコードをお教えするので今は要件の方をお願いします」

『ああっと、申し訳ありません。後で絶対出なさいよオウジ……コホン、では、改めてマザーの皆さん。私――いえプリンセス家からの直接のお願いです。私を月まで運んでください』


 ざわつく艦内、オウジは首を傾げる。なんだいつもの護送任務じゃないか。それよりもプリンセスの事が気掛かりだった。


「S級の任務となると我々では荷が重いかと……」

『そちらには不死身の撃墜王が居ると聞きました』

(ん? 撃墜王?)


 オウジはさらに首を傾げる。そんな奴この艦に居たっけ。


『貴方の事なんでしょう? オウジ?』

「は?」

「……」


 押し黙る皆。


(俺が、撃墜王?)


 どういう事だとしばらく考え込む。

 沈黙に包まれる艦内。艦長が重い口を開く。


「えー……それは、誤解です。オウジの撃墜数は正式には二十九機となっていて。地上部隊のスレイヤー大佐は撃墜数、百を誇り……」

『お飾りの地上部隊の撃墜数に興味はありません。最前線の撃墜数にこそ意味があります』


 きっぱりと言い放った。アリアの言葉はそれほどはっきりしていた。オウジは驚きながら。艦長の方を見やる。


「えー……それはどうしてもですか?」


 艦長が言葉を濁す。


『どうしてもです。貴方マザーの力が必要なのです』

「S級の護送となればそれなりに報酬の支払いを要求しますが」

『構いません。金銭に糸目は付けません』

「……そうですか、一応、我々は国連の直属組織という事になっておりますので、そちらの許可は――」

『勿論、取っております』


 天井を見上げる艦長。あれは手詰まりのサインだ。

 このままでは護送任務の許可が下りるだろう。

 オウジは自室に戻る事にした。

 艦長に見咎められたが仕方ない。その場を後にする。現場の俺らにはもう関係のない話だ。メカニック達もオウジの後に続く。


「おい、オウジ! あんな美人と知り合いなんて隅に置けない奴だな! エメラダが嫉妬するぞ!」

「どうしてエメラダが出て来るんだよ……」

「このにぶちんめ! まあいいや! プライベートコードでしっぽりか?」

「言い方よ」

「ははっ、悪い悪い!」


 そんなやり取りをして二人は別れる。二度目の別れ。デジャヴを感じる。

 オウジの自室、しばらくボーっとしていて、備え付けの電話に連絡が入る。


「……もしもし」

『オウジ! 本当にオウジなのね! 良かった! 本当に良かった……!』

「プリンセス……君は何も知らないんだね」

『オウジ?』

「俺は落ちこぼれの烙印を押された。もうゼンノウ家の人間じゃない」

『そんな! じゃあ婚約の約束は!?』

(婚約?)


 またもオウジの聞き覚えのないワードが出て来た。撃墜王といい、なんなんだ今日は。


「ごめん、婚約って?」

『忘れたの? 子供の頃、二人で約束したじゃない。大人になったら結婚しようって。そのまま、両親に相談して婚約の約束まで取り付けたじゃない!』

「ごめん、覚えてない……」

『さいってー!』


 目の前に居たらビンタされただろうな、電話で良かったと思ったオウジ。

 アリアの目を直視出来ない。


「プリンセス、どうして月へ?」

『艦長さんから聞いたらどう?』

「……そうだね」

『オウジ、ゼンノウ家を追い出されたの?』

「ああ、ただ賢くないというだけでね」

『IMの操縦がとても上手だわ!』

「それじゃダメらしい」


 沈黙が舞い下りる。

 プリンセスと会話する事はもう何もない。オウジはそう思い通話を切ろうとしたその時だった。


『オウジ、貴方にだけ伝えるわ。今回の月への護送の真意』

「真意?」

『艦長さんにも話していない。これはトップシークレット』

「……なんだ?」

『月で調印式が行われるの。西暦派との和解式典よ』

「!?」


 西暦派、過去の亡霊。新暦派を徹底的に否定し宇宙進出を阻むテロリスト。

 それと月で和解の調印式? どういう事だ。疑問が止まないオウジ。

 

『西暦派は月に拠点を構えている』

「そんな馬鹿な。あいつら宇宙進出を阻もうとする組織だぞ」

『でも事実よ、月にあるのが西暦派の拠点。本拠地なのだから』

「……それが世界に知れたら、大混乱になるぞ」

『それが狙いです』


 ばっさりと言い放ったプリンセス。驚きを隠せないオウジ。

 西暦派の完全敗北、それがプリンセスの狙いか。

 オウジは頭を抱える。これは自分には余る問題だ。

 プリンセスを狙う西暦派は一斉に集うだろう。

 これは二度目のカレンダーウォーとなるだろう。

 それをマザー一隻で担うのは無理がある。

 その旨をオウジはプリンセスに伝える。


『分かっています。でもこれはこの規模でしか出来ない作戦なのです。不死身の撃墜王。期待していますよ』

「……また会えるかな」

『調印式が終われば、いずれ』


 通話が終わる。

 オウジはプレッシャーで吐いた。

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