第12話

「ぜんぜんダメだね」


 三人でのセッションは散々な出来だった――ようだ。


 そんなに良くない演奏だっただろうか?少なくとも私は気持ちよく弾ききったと思う。


「紫苑は、ベースなんだからバンド全体を下支えする演奏にしなよ。やっていることは完全にフロント楽器じゃん。いまからでもいいから、サックスとかに転向したら?」


「それは断る。僕は僕の音楽を演る」


「そう言うとは思ったよ。『音楽的アイデンティティの探求』だっけ?」


 アイデンティ?


 すでに紫苑は渡辺さんの忠告に興味がなくなったようだ。


「まあ、お前さんの場合はそれで一貫しているからな。『ベースはこういうものなんだ』って思わせる説得力まである。まあいいさ。お次は――」


 私に向けられた。


「――気分を悪くしたら申し訳ないんだけど、僕の単純な感想として聞いてほしい」


 そんなことを前置きされたら、身構えるしかない。


「あんたさ、外っ面は可憐でおしとやかに見せているけど――本質はセルフィッシュ、超絶に我儘だろう?」


 ――身構えておいてよかった、と思う。顔がこわばるのが自分でも分かる。


「ソロのとき、紫苑がハイトーンで絡んでくるだろ。その時、邪魔だなって思ったでしょ?」


 ……はい。思いました。


「自分の世界に入り込むと、周りの音をぜんぜん聞かないよね。俺のドラムはもとより、ベースの音も聞いていないでしょ」


 ……はい。聞いていなかったです。


 確かにその通りかもしれない。けど、紫苑はそんな指摘はぜんぜんしてこなかった。助けを求めるように紫苑の方を見る。彼は弦のチューニングをしていた――気にかける様子はまったくない。そんな紫苑の態度と初対面の人にズケズケと言われたことで、私だって少し腹がたってきた。


「確かに私は周りの演奏を聞けてなかったです。ですが――」思わず反論がでる。


「それとは別に、自分の世界に入り込むことはそんなにいけないことでしょうか?演奏者というものは、善しにつけ悪しにつけ、我儘であるべきでしょう。そうでなければ自分を表現することなんて、絶対に――絶対にできない」


 自分でも驚くように強く主張できた。こんなに自分の意見を言えたのは初めてだ。声のボリュームも大きかったかもしれない。二人は顔を見合わせてキョトンとしている。


「いや。何も自己主張があることを悪いなんて言ってないよ」と渡辺さん。「ただジャズってのは――ジャズに限らずバンドはさ、メンバーのインタープレイが大事だし、楽しいところだから。多分だけど、バンドで演るの初めてでしょ?」


 こくん、と頷く。


「まあ、というよりはさ――」と紫苑がようやく口を開く。


「ピアノはそのままでいいよ。その自分の世界に没頭できている感を気に入ったわけだし。君と僕がぶつかりあって、化学反応を起こして、新しい音楽を――世界をできるんじゃないかって思っている」


 なんとなく私の価値を認めてもらったような気がする。


「それだけだと、二人で暴走気味になるからね。それをまとめてほしくて声かけたんですよ。渡辺さんは見た目と違って、すごく丁寧にドラム叩くし、リズムも正確だから」


「見た目と違っては余計だよ」苦笑いを浮かべる。


「まあいいさ。俺が音楽を支えてやるよ。二人は好き勝手に弾きな」


 頼もしい言葉だった。良かった――好きに弾いていいんだ。


「ただし――俺のハイハットは必ず聞けよ」


 渡辺さんは左足を上下に動かし、重ね合っているシンバルをウッ・チャ・ウッ・チャと鳴らした


「そうだね。スイング感を出すには必須だから」


 スイング感って?


「一定のテンポを保ちながらアクセルを感じるフィールを出すってこと」


 さらりと高難易度のこと言われた気がする。


「うんうん、良かった。ではこれでバンド結成だな」と紫苑。どうやら彼の思惑どおりに物事は進んでいるらしい。


「ちょっと待った。まだ俺はバンドを組むとは言っていないぞ」


 そうでしたっけ?


「どうしても、と言うならやってやらんでもない。ただし――ひとつだけ条件がある」


[PlayList No.12 Moanin'](https://www.youtube.com/watch?v=fsJ3JjpZyoA&list=PLf_zekypDG5rmEze1PbqCh3dDwop0KTCo&index=12)

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