第11話
まずその男の先の尖った革靴に目がいった。ブラックレザーのパンツにくすんだピンク色のパーカー。奥二重のまぶたに軽い癖のある金色に近い茶髪がかかっていた。背はあまり高くないが、特徴的な装いがその印象を打ち消していた。ロックバンドの人だろう――入るスタジオを間違ったと思って、しばしフリーズする。
「渡辺さん、来てくれてありがとう」
後ろから紫苑の声がした。さっと私を追い越しスタジオに入っていく。
その渡辺さんは熱心にドラムスのセッティングをしている。バスドラムの上に備え付けられている、2つのドラムの片方を外し、近くのシンバルの高さを調整していた。
「ネジがめちゃくちゃ硬い――これだからスタジオのドラムは嫌なんだよ」
独り言ともつかない声を漏らす。
「自分の持ってきたんですか?」
「ああ、スネアだけだけど」
黒い円柱のハードケースから大事そうにスネアドラムを取り出すと、備え付けのものと取り替えた。
「グレッチ?」
「そう。ジャズだって聞いたから――ブラシも持ってきたけど使う?」
「そうですね。曲聞いてもらって、どちらでもいいですよ」
そんな会話をしながら二人はそれぞれの楽器のセッティングを進めていった。
あの――そろそろ私のことを紹介してくれませんかね?
「聞いているよ。紫苑のお眼鏡にかなったピアニストなんでしょ」
どんな眼鏡で見られていたかはわからないが、まあそういうことになる。
「紫苑ってさ。音楽も生き方も変わってるよね?」
その言い方には少しも棘がなく、むしろ無邪気な子どもを見守るような優しさがあった。渡辺さんは、自分で立ち上げた音楽サークルの代表をしているという。
「サークルの名前なんでしたっけ?」と紫苑。
「カプリスだよ。いい加減覚えろよ」
ああ、あの演奏形態がよくわからない団体か――とは口には出さなかった。
「まずは合わせてみよう。とりあえず『枯葉』でいいかな。ミディアムアップで、イントロはピアノが8小節くらいとって始めよう。ソロは最初に僕が取る。その後ピアノ。ピアノが終わったらテーマに戻って」
後半は渡辺さんにむけた説明になる。要はこれまで紫苑と練習してきた通りと同じということだ。いそいそ電子ピアノの電源をつけ、二人のチューニングが終わるのを待つ。ピアノというものは準備が簡単なものだ――そこに置いてあれば、という前提が付くけれど。
[PlayList No.11 枯葉](https://www.youtube.com/watch?v=by4Cr3kPNPg&list=PLf_zekypDG5rmEze1PbqCh3dDwop0KTCo&index=11)
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