フンケの事情Ⅱ


 山本は響香の目の前で、息を切らせながら言う。

「はあ……はあ……響香っ! 勝手にどこか行くなよっ……! 放課後は教室で僕を待ってろって、いつも言ってるだろ……⁉」

「ご、ごめんなさい……」


 山本は響香の手をつかんで引き寄せると、彼女を自分のうしろへと隠した。

 そして正面にいる銀子に向かって、不満そうに問いかける。


「ところで……。僕の響香を勝手に連れ出したのは、あんただよね? 響香に何か用……? ていうか……あんた誰?」


「……え?」

 返答に困る銀子。

 山本の視線には、あきらかな敵意が込められている。


「え……? わ、わたしは……その……。きょ……響香の────。と………………」

 山本の圧に耐えきれなくなった銀子は、ついとっさにそう答えてしまった。


 すると突然、穏やかな顔に変わって、銀子に話しかける山本。

「ああ~……の人? 僕はなんだけどね! まぁ友だちとはいえ、今後はを勝手に連れまわさないでくれないかな? 放課後は、僕が響香を迎えに行くことになってるんで!」


 この会話の直後──

 ほんの一瞬、銀子の表情が暗く陰った。



 まるで銀子が無理やり響香を連れ出したかのような山本の発言。

 だがそれは山本の誤解で、事実と異なっていたため、響香が慌ててフォローしようとする。


「あ、あのっ……! 違うんです、山本さん! 銀子さんとは、偶然ここで会っただけで……私が勝手に────」

 響香は銀子の無罪を晴らしたかったのだ。


 だが──

 なぜか銀子が、響香にそれをさせようとしない。


 響香の言葉を阻止してまで、嘘の謝罪をする銀子。

「──ご! ごめんごめん! ちょっと響香に勉強教えてもらおうと思ってさ! わたしが強引に……。勝手に連れ出しちゃって、ごめんねぇ……! こ、今度から気をつけるから…………」

「え……? ぎ、銀子さん……どうして────」


 困惑する響香とは対照的に、銀子に謝罪させて満足そうな顔をする山本。

 山本はドヤ顔になって、銀子に独自のルールを押しつけていく。


「ま、わかればいいんだけどね。ただねぇ……響香の友だちってことで、今回は大目に見てあげるけど、本来はアウトだから。彼氏の僕に無許可で勝手されると迷惑なんだよ。今後、響香と話したいときは、まず先に僕をとおすこと! ……いいね?」


 表面上では、銀子を許したかのような発言をした山本。

 だが内心は納得していないのか、今後の行動に釘を釘をさすように、徹底的に銀子を責め続ける。


 特に響香に対しての制約。

 銀子の携帯に登録してあった響香の電話番号も、メールアドレスも、山本に消去させられた。


「僕は女には寛容だけど、僕の知らないところで響香が変なこと教え込まれちゃったらいやなんだよ。……わかるだろ?」


 響香と銀子の接点を、つぎつぎと潰していく山本。



 このままでは響香とのつながりを、すべてこの男に奪われてしまう──

 そう思った銀子は、山本の会話が終わるまえに声を上げた。


「よっ……よく考えたら、せっかくふたりっきりなんだしっ……! わたしがいたら邪魔だよねぇ……⁉」


 必死で笑顔を作ろうとする銀子。

 だがその顔には、隠しきれない感情が滲み出ていた。


 銀子が言葉を続ける。

「それじゃ、山本くん……だっけ? きょ……響香のこと──」

「なに? 響香がなんだって? よく聞こえなかったんだけど、もういっかい言ってよ!」


 いちど言おうとした言葉を飲み込んだ銀子。

 だがそれに感づいた山本は、はっきり銀子の口から宣言させるために、しつこく追及する。


 そしてついに銀子は、想いとは裏腹の言葉を口にしてしまった。


「響香のこと────よ、よろしくお願い…………します……」


「ははっ! なぁんだ! そういうことかあっ! わかりました! 響香のことは僕によろしく任せておいてください! さん!」


 銀子に思いどおりのことを喋らせることに成功した山本は、しらじらしく満面の笑みを浮かべて返事をした。



 うつむいた銀子の表情。

 その角度で、目もとは確認できない。


 ただ──

 いちもんじに結ばれた銀子の口もとには、くやしさが強くにじみ出ていた。


 顔を上げないまま、作られた笑みを口もとに浮かべて、ひとことだけ口にする銀子。


「じゃあね……響香」

「え……? ちょ、ちょっと待っ──」


 響香は慌てて何か言葉を口にしようとしたが、すでに時は遅く──

 銀子はひとり校門をくぐって、どこかへ走り去ってしまったあとだった。


「ははっ! 急に『よろしくお願いします』だって! マジでウケる! いきなり敬語になるから、笑いそうになっちゃったよ!」


 山本は楽しそうに語っている。

 だが響香は、それどころではない。


 銀子の様子に違和感を感じた響香。その心に一抹の不安がよぎる。


 だが、そんな響香の心などお構いなしに、得意げに話を続ける山本。

「最初は勝手に響香を連れて行かれてムカついたけど、意外と素直で面白い友達じゃん!」


 そして山本は、響香の肩に手をまわして言う。

「……さ。それじゃ、響香は僕とカラオケでも寄って帰ろっか? 今日は覚えたての新曲、聴かせてあげるからね!」

「……はい」


 山本に連れられて学校の門をくぐった響香は、アスファルトの地面がわずかに濡れていることに気づいた。

 小雨が落ちた程度の小さな跡。それはすぐに蒸発するようにわからなくなってしまった。


「──雨?」


 そうつぶやいて空を見上げた響香。

 だが、空は雨とは無縁の快晴だった。


 To be continued...

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