フンケの事情Ⅲ
◇ ◆ ◇
翌日──
差出人は
響香は慌てて手紙の封を開け、その内容を確認した。
『少し大事な話があるの。今日の3時休みに、ちょっとだけ会えないかな? よかったら屋上にて。銀子より』
(大事な話って何だろう? そろそろ大会に向けてクロスレイドの練習したいって話とかかな? でも……もしかして悪い話だったら……嫌だな)
手紙の内容をマイナスに捉えてしまい、何となく暗い気持ちになる響香。
だが同時に、響香の中にひとつの決意が生まれた。
山本に交際破棄のお願いをすることだ。
(何の話かわからないけど……。どうせなら山本さんとの交際をきっぱり断ってから銀子さんに会いに行こう……! そして今度こそ銀子さんと、いっしょに──)
3時になるまえに、山本を説得しなければならなくなった響香。
お昼休みになると、いつものように山本が響香を連れ出す。
山本が指定する場所へ行って、ふたりきりでお弁当を食べるのだ。
山本が響香に作らせているお弁当である。
この日、思いきって「交際を白紙に戻して欲しい」と山本に伝えた響香。
最初は納得しない様子で抵抗していた山本だったが、響香が必死で訴えると何度目かで諦めて首を縦に振った。
山本は首をガックリと下げて、教室へ戻っていく。
ようやく山本の呪縛から解き放たれた響香。
(これでやっと銀子さんといっしょの時間を過ごせる……!)
約束の3時休み。
響香は銀子との楽しい時間を想像して、跳ねるように屋上に向かった。
(今日はいっしょに帰ろうって言おう!)
響香の口もとに自然と笑みがこぼれる。
一秒でも早く銀子のもとへ──
これまでにない速さで階段を駆け上がる響香。
(放課後は暗くなるまで、いっしょにクロスレイドをしよう!)
響香が屋上のドアを開ける。
そこには、うしろを向いた銀子の姿があった。
(──言うんだ! またいっしょにって……!)
そう思った矢先──
振り向いた銀子の表情に笑顔はなかった。
そして思いもよらない言葉が、現実となって響香に突きつけられたのだ。
「響香。悪いんだけど……今日限りでペア解消してもらえないかしら?」
「────え?」
◇ ◆ ◇
あのあと響香は、銀子から「ペアを解消しても、ずっとわたしの友達でいてね」と付け加えられていた。
だがそれによって、ふたりの関係がもとどおりに戻ることはなかった。
あれ以降──
響香と銀子の会話の中に、山本の話題が登場したことは一度もない。
当然、クロスレイドが話題となることもなかった。
学校内で顔を合わせれば、笑顔で何気ない会話を交わす。それだけ。
もう、ただの友達────
それ以上でも、それ以下でもない。
響香の頬をひと筋の涙が流れ落ちた。
そして──
響香の高校生活は終わりを告げた。
◇ ◆ ◇
高校を卒業したあと、響香は大学に通っている。
銀子と同じ大学だ。
ただ、この響香の進学については、両親が猛反対していた。
なぜなら本来、響香は某有名大学へ入学しているはずだったからだ。
実際、響香には一流大学に合格できるくらいの学力もあり、小さいころから両親の期待を背負っていた。
だがそれでも響香は、両親の反対を押しきって、銀子と同じ二流大学を選んだ。
響香は、ただ銀子のそばにいたかったのだ。
だからといって、それをキッカケに響香と銀子の関係が変わることはなかった。
だが同大学に山本が入学していないことを銀子が知ってから、少しずつふたりの関係に改善が見られるようになった。
キャンパス内。ふたりがいっしょにいる時間が、まえより増えたのだ。
響香の顔にも笑顔が戻った。
楽しそうに会話をする響香と銀子。
相変わらずクロスレイドの話が交わされることはなかったが、ふたりは『ただの友だち』から『親友』に戻ったのだ。
(今はこれで十分──)
響香は自分にそう言い聞かせる。
今は銀子とのキャンパスライフを精いっぱい楽しむのだ、と。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は、いちばん大切に想っていた人の信頼を失ってしまった。
私には──
もう銀子といっしょにクロスレイドをする資格がないのだ。
私がクロスレイドのことをないがしろにして、男などに
それまで、ふたりで必死にクロスレイドの頂点を目指してきたのだから。
結局あれ以来、銀子は私とクロスレイドの話をしようとしない。
もう銀子は、私に愛想をつかしてしまったのかもしれない。
クロスレイドのパートナーとしての私に──
私がダブルスの相方を募集していたとき、自信に満ちた表情で私の前に現れた銀子────
強かった。
当時『女王』などと呼ばれていい気になっていた私は、如何に自分が慢心していたのかを彼女に思い知らされたのだ。
本当に、そのくらい強かった。
銀子は間違いなくクロスレイドのトッププレイヤーになれる素質を持っている。
そして、そんな銀子をパートナーに迎え入れられた私は、とてもしあわせだと感じていた。
きっと銀子は、世界中の誰よりもクロスレイドを愛している。
そんな銀子の足をひっぱってしまったのが、この私──。
何日も、何日も、銀子をほったらかして、男と遊び歩いていた。
銀子は強くなるために、一分、一秒でも長く練習したかったはずなのに。
これは天罰なのだ。
銀子を束縛しておきながら、その才能の足をひっぱってしまった私への──
罰なのだ。
きっと銀子は信頼できる新たなパートナーを見つけて、お互いに切磋琢磨し合い、さらなる高みを目指すことだろう。
そのパートナーが私じゃなくなってしまったことが、とてもくやしい。
この先、銀子の隣には『私以外の誰か』が立つことになるだろう。
そう考えただけで、私は胸が張り裂けそうになる。
しかし私は、それを応援する。
なぜなら私は、誰よりも銀子のしあわせを願っているから──
この気持ちは、これから銀子のパートナーになる人物にも負けない自信はある。
絶対に──
負けない自信がある。
それでも──
もう私は銀子のパートナーではない。
今から銀子のパートナーとなる人物は、私以外の誰かであって──
私ではないのだ。
もう──
私はクロスレイドを捨てようと思う。
銀子といっしょでなければ、やる意味などない。
そう思った。
いつの間にか銀子の存在が、私にとってのすべてになっていたのだ。
クロスレイドは銀子との大切な思い出。
だが今の私にとっては、つらい思い出でもある。
だから今日──
私は、それを捨てようと思う。
銀子と共に駆け抜けてきたクロスレイドの栄光とともに────
もう私は贅沢は言わない。
大学キャンパスの中では、銀子が私に笑いかけてくれる。
昔みたいに──。
このしあわせだけを守り抜こうと思う。
同時に──
銀子が私の知らない誰かとクロスレイドのさらなる高みへ到達することを、彼女を愛した元パートナーとして願っている。
──他でもない親愛なる私の銀子のために──
Even if someone other than me becomes the best for you, the best for me is you forever.
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