外伝エピソード 如月 響香

フンケの事情Ⅰ

響香きょうか。悪いんだけど……今日限りでペア解消してもらえないかしら?」

「────え?」


Feelings pass each other by caring for each other...


◇ ◆ ◇


 響香が高校に入学して間もないころ──

 響香は違うクラスの男子に、体育館の裏に呼び出されて告白を受けていた。


如月きさらぎさん。僕、ずっとまえから如月さんのこと好きだったんだ。僕の彼女になってくれないかな?」

「え……?」


 これまで告白などされたことがなかった響香は、初めての体験にあたふたしている。


 響香を呼び出したのは、中学3年のころ響香と同じクラスだった男の子。

 名前は『山本やまもと和彦かずひこ』。


 地味で真面目そうな容姿をしているが、ルックス的には比較的整っている。だが好き嫌いが分かれそうな癖のある顔立ち。

 また学業の成績は優秀で、運動も比較的こなすという万能タイプ。

 そのためか、隠れファンの女子は多いという噂があった。


 響香が答える。

「わ、私……男の人とお付き合いとか、したことないので……」

「大丈夫だって! 僕がエスコートしてあげるから! ね? いいでしょ?」

「で、でも……」

「絶対に悪いようにはしないから!」

「は、はあ……」

「じゃあ決まりね! やったぁ! とうとう如月さんが僕の彼女に!」

「え……?」


 もともと流されやすい性格だった響香は、強引な告白を断ることができずに、山本と交際することになってしまったのだ。

 さらに翌日には、どこから広まったのか学校中で噂になっていた。

 そのせいで響香は、山本の隠れファンから敵視されることに──


「はあ……。どうしてこんなことに……」


 放課後。

 ため息をつきながら教室を出る響香。


 すると、そこにはすでに山本が待ち伏せていた。


「如月さん! やっと会えたね! さびしかったでしょ? ……さ、いっしょに帰ろっか?」

「は、はい……」


 付き合うことになってからというもの、休み時間や放課後のたびに教室の外で待ち伏せられていて、結局プライベート時間のほとんどを山本と過ごすようになっていた響香。


 そのせいで響香は、友人と話をする機会も、ほとんど失ってしまっていた。

 もちろん銀子ぎんことも────。


◇ ◆ ◇


 数日が過ぎたころ、すでに響香の身体には『授業が終わったら山本といっしょに下校して、彼が決めた場所で夜まで遊んで帰る』という行動パターンが、日常の一部としてルーティーンに刻み込まれてしまっていた。


 だが、そんなある日の放課後。

 いつも廊下にいるはずの山本が、その日はいなかったのだ。


 響香の脳裏に、ひとつの想いが浮かぶ。

(銀子さんのところに……)


 山本に「放課後は教室から出ないで待っているように」と言いつけられていた響香。

 これまでは待つまでもなく、かならず教室の外で山本が待ちかまえていた。


 だがこの日、初めて山本がいなかったのだ。


 今回を逃したら、こんなチャンスしばらく訪れないかもしれない──

 そう思った響香は、覚悟を決めて教室を飛びだした。


 迷うことなく向かった先は銀子のクラス。

 教室を覗く響香。

 だがそこには、もう銀子の姿はなくなっていた。


 響香は素早く身をひるがえして、銀子が行きそうな場所を目指す。

 銀子の行動パターンを思い出しながら、彼女がいそうな教室のほか、トイレや屋上まで覗いて回った。


 どこにもいない。


(そうだ………校門!)


 考えるより身体が先に動く。

 階段を降りて、下駄箱で靴に履き替え、一直線に校門へと向かう響香。


(はあ……はあ……! き、きっと校門で待っていれば……!)


 響香は汗まみれになって、一心不乱に校門を目指す。

 すると響香の視界に、人影が映りこんできた。


(だ……誰かいる……!)


 その人物は校門の傍で、響香のほうをじっと見つめている。


 それが誰なのか──

 まだ響香の肉眼では、はっきり特定できない。

 だがその仕草や雰囲気から、響香にはそれが誰なのか想像はついていた。


 響香の口もとに、わずかな笑みが生まれる。


(あれは絶対に銀子さんだ──)


 全力で走る響香。

 近づけば近づくほど、銀子の輪郭がその存在感を確かなものにしていく。


(やっぱりそうだ──)


 響香は息を切らせながら、銀子のもとへ駆け寄る。


 銀子の目の前まで来たものの、息が切れて声が出せない響香。

 ひざに手を置いて、必死に呼吸を整えている。


 そんな響香に、笑顔でやさしい視線を向ける銀子。

 先に銀子が言葉を口にする。


「あれぇ? 響香じゃ~ん! 奇遇だねぇ!」

「はあっ……はあっ……! ぎ、銀子さん……! 私っ────」

 肩で息をしながら、何とか言葉を出そうとする響香。


 ふたりは中学のころからクロスレイドのペアとして、ずっといっしょに過ごしてきた仲だ。

 毎日ふたり仲良く登下校して、休み時間も、放課後も、いつもいっしょだった響香と銀子。


 ふたりは同じ高校に入学したが、クラスは別々になってしまった。

 それでも毎日ふたりで行動して、これまでみたいに「ずっといっしょに──」と約束していたのだ。


 だが高校に入学して間もなく、響香に彼氏ができたことを境に、ふたりの関係が一変してしまった。原因は響香の彼氏となった山本。

 山本が響香を束縛・監視することで、結果的に銀子も近づけなくなってしまったのだ。


 最初のうちは、銀子に謝罪の電話やメールばかりしていた響香。

 だが少しずつ銀子からの返事は減っていき、そのうちメールは返ってこなくなり、ついには電話にも出なくなってしまった。


 結果的に響香自身も、銀子に連絡をするのをためらうようになってしまい、いつの間にか自分から電話やメールをすることさえも放棄するようになっていったのだ。


 それからもう響香は、銀子とひとことも話をしていない。


 響香は、ひさしぶりに面と向かって会った銀子に、これまでのことを思い出しながら必死に謝ろうとした。


「あ、あの……! ご、ごめんなさい、銀子さ──」


 すると銀子は、響香の言葉をかき消すように大声で話す。

「彼氏できたんだって⁉ おめでと! 電話とかメールくれてたのに、返信できなくてごめんねぇ! ちょっと……わたしも忙しくてさぁ……」


 響香が謝罪しようとするたびに、銀子が話題をそらせる。

 それでも何とか謝罪の気持ちを伝えようとする響香。


「いえ……本当にごめんなさい! 私……。いっしょに登下校しようって約束していたのに……。ク……クロスレイドも────」

「──いいよ別にっ! 気にしないで! イケメンの彼氏ができたんだから仕方ないって! あ~あっ! これで響香も、ようやく一人前の女かあ……! わ、わたしも……いい加減に彼氏……作っちゃおっかなっ……! な、なんちゃって……!」

「ぎ……銀子さ────」


 どこかぎこちない銀子の様子に、胸騒ぎを感じた響香。



 その時──

 校舎のほうから、必死の形相で響香のもとへ走ってきた人影。


 それは教室にいなかった響香を探し回って、追いかけてきた山本だった。


 To be continued...

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