外伝エピソード 御堂 銀子
アルジェンテの内証
「──どうかしたんですか?
とある大学の中庭にあるベンチ。
ひとり物思いに
響香の声で、ふと我にかえった銀子は、少し寂しそうな笑顔で答える。
「ちょっと────昔を思い出していただけよ……」
Thoughts hidden in the depths of Argente...
◇ ◆ ◇
数年前——
クロスレイド全国大会。ダブルス決勝戦。
「──次で決めるわ! お願い、響香!」
「わかりました、銀子さん」
銀子の要求を受けて、響香が動く。
「私は歩兵〈エスケープ・キャット〉のスキルを発動! その効果により〈エスケープ・キャット〉をフィールドからスタンバイゾーンに移動します」
響香の歩兵〈エスケープ・キャット〉のスキル効果は『自身をスタンバイゾーンへ移動させる』という効果だ。
「私は前が空いた〈スパーク・ドラゴン〉を直進させて、相手の歩兵〈プチ・ドッグ〉を捕縛。これによって私の〈スパーク・ドラゴン〉は、あなたたちの
響香は〈スパーク・ドラゴン〉のユニットを手にとり、そのまま進化詠唱を口にした。
「
詠唱を終えた響香が、香車〈スパーク・ドラゴン〉のユニットをプレイヤー盤の上、指定の場所に裏返して配置する。
すると中央レイドフィールド上に進化香車〈スパークドラゴン・フンケ〉がその姿を現した。
見た目は肉感的で、薄紫と白のツートンカラーのボディがとても印象的なドラゴンである。
時折、全身を走るように、火花のようなものがパチパチと音を立てて発生している。
「さらに──私は〈スパークドラゴン・フンケ〉のスキルを発動します!」
響香は、進化香車〈スパークドラゴン・フンケ〉のカードを相手に見せつけながら、スキル効果の説明を始めた。
「〈スパークドラゴン・フンケ〉のスキルは、〈スパーク・ドラゴン〉または〈スパークドラゴン・フンケ〉が相手モンスターを捕縛したターン、フィールド上のモンスター1体を選択して発動できます。その効果は『選択したモンスターを強制的に進化、もしくは退化させることができる』という効果です。私は銀子さんの〈シルバー・ドラゴン〉を選択! 強制的に進化させます──どうぞ、銀子さん!」
自分のエースモンスターを進化召喚させたあと、さらに同ターン内にパートナーのエースモンスターまでも強制的に進化召喚させるという超絶コンボを披露する響香。
さらに〈スパークドラゴン・フンケ〉には『スキルを発動してから次の自分のターンまで〈スパークドラゴン・フンケ〉を対象とする捕縛宣言を無効にする』という副次的効果が付いている。
この効果によって次のターン、相手の香車に捕縛されるということもない。
「えへへ! さっすがわたしの響香! 心が通じ合ってるぅ!」
「……いいから、早くやっちゃってください」
銀子は『呆れる響香の顔』を十分に堪能してから満足気な笑みを浮かべると、相手をまっすぐに見据えながら進化詠唱を口にする。
「
銀子の詠唱が終わると同時に、今度は銀子のエースモンスター進化銀将〈シルバードラゴン・アルジェンテ〉が、中央のレイドフィールド上にその姿を現した。
全身が銀色に輝く美しいドラゴン。
進化銀将〈シルバードラゴン・アルジェンテ〉は、相手に向かって威嚇するように咆哮している。
『こ、これはぁ……⁉
(わたしは────響香がいれば、どこまでもいけると思っていた。)
◇ ◆ ◇
妄想から現実に戻る銀子。
「あ~あ……。あのころは、よかったなぁ……」
「まったく──何の妄想をしていたんですか?」
「うん……?」
銀子は、わざと少し考えるふりをしてから、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「……ひみつ! 教えてあげなぁい!」
もともと銀子がクロスレイドを始めたキッカケは響香だった。
初めて銀子が響香に出会ったころ、すでに響香はシングルスでは負けなしで『クロスレイドの女王』などと呼ばれていたのだ。
響香がダブルスのパートナーを探していることを知って、銀子は必死にクロスレイドを勉強し、努力して強くなった。
理由は銀子のひと目惚れ。
響香をカッコいいと思った。
自分もああなりたいと願った。
そして──
響香の隣に立つのは、自分でありたいと祈った。
だから強くなるために努力した。
ただ、それだけ────。
何もないところから、ひとりでユニットを揃え、編成を組んで、誰にも知られぬよう、たったひとり隠れて、ひたすら勉強をした。
自分が響香の隣に立つために────。
そのあいだ、何人もの志願者が響香のパートナーとなったが、誰ひとり響香についていくことができず、自ら辞退するということが繰り返されていた。
そして響香の隣に立てるほどの自信と強さを手に入れた銀子は、胸を張って響香のパートナーに志願したのだ。
響香は志願してきた銀子の強さに驚嘆した。
これほどまでに強いクロスレイダーが、無名でくすぶっていたことに驚いたのだ。
当然、響香はふたつ返事で銀子を歓迎した。
この瞬間、最強のダブルスペアが誕生したのだ。
そのころのふたりは言葉を発せずとも、お互いに考えが通じ合っていることを実感できていた。
だが──
今はもう銀子の隣に響香はいない。
「ね、響香! わたし、パフェが食べたいな!」
「それじゃ、いつものお店に寄って行きましょうか?」
「そうしよう! そうしよう!」
せめてこの関係だけは、いつまでも続きますように──と、毎日のように銀子は神様に願い続けているのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
響香は知らない。
わたしが響香のことを『好き』だということを──。
わたしは自分で理解している。
わたしの響香に対する『好き』が、一般的な『好き』ではなく、もっと特別な意味が含まれているのだということを──。
でも、ずっと言わなかった。
わたしと響香がクロスレイドを続けている限り、わたしは『響香の特別』でいられると思っていたから。
何より言ってしまったら、わたしと彼女の関係が終わってしまうかもしれないと恐怖したから。
わたしは──
響香の隣にいるのが、このわたしだってことだけで、じゅうぶん満足だったのに──。
だけど、いつの間にか響香に彼氏ができてしまった。
友達としての関係は続いていたけれど、もう響香は『わたしだけの特別』ではなくなってしまったのだ。
この時から、わたしの心には、ぽっかりと
決して埋まることのない、大きな大きな孔。
わたしは──
響香には、しあわせになって欲しいと思っている。
響香のしあわせは、わたしのしあわせ。
響香のしあわせが、わたしのすべて。
だから響香には、知られるわけにはいかない。
もし響香が、わたしの気持ちを知ってしまったら──
やさしい響香は彼氏と別れてしまうかもしれない。
わたしが────
響香の特別になりたいって思っていた、このわたしが──
響香のいちばんになりたいって願っていた、このわたしが──
響香のしあわせを奪ってしまうようなことがあってはならない。
絶対に────
そんなことがあってはならないのだ。
だから響香には教えてあげない。
これは、わたしだけの秘密。
絶対に知られてはいけない、わたしだけの────。
だから──
いつかの日か、また──
彼女が、わたしの隣に戻ってきてくれることを期待して、わたしはずっと隣の席を空けて待ち続けているのだ。
I hope you, my dear one, will come back next to me someday.
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