シュトローム・マジックⅡ

◇ ◆ ◇


 次の日曜日。

 けい将角まさかどの出場している決勝戦を観戦するために、クロスレイド大会が行われている会場へ来ていた。


「いくぜ、俺のターンだ!」


 会場では、将角が決勝戦を戦っている。


「俺は〈ゴールデン・デス=レトリバー〉のスキルを発動して、〈ゴールデン・デス=レトリバー〉自体を俺のスタンバイゾーンへ移動させる!」

「なんだと⁉ せっかく僕の領域テリトリーに入ってまで進化させた歩兵を、わざわざ回収するというのか!」


 将角の対戦相手は、その意図が分からずに混乱している。


「続けて、前が空いた香車〈デビル・フェニックス〉でおまえの香車〈喜劇きげきのがしゃどくろ〉を捕縛して、そのまま〈デビル・フェニックス〉を進化召喚させる!」

「な、なんだと⁉」


 将角は〈デビル・フェニックス〉のユニットを上空にかざして、進化詠唱を口にする。



胎動たいどう共鳴きょうめいするのはここのつのたましい生命せいめい形成けいせいするあかほのおは、いつしか虚無きょむ一部いちぶとなってその姿すがた漆黒しっこくへと変貌へんぼうさせるだろう! 見せてやるぜ、進化召喚しんかしょうかん! 現れろ! 〈デビルフェニックス・ノワール〉!」



 将角の詠唱が終わるとともにフィールドに姿を現したのは、進化してさらに禍々まがまがしくなった巨大な漆黒の不死鳥──。

 その迫力を前に、将角の対戦相手は腰を抜かしてしまった。


「う、うわぁあ……あ、あ⁉」

「なんだ、もう戦意損失か? まだまだいくぜ。さらに〈デビルフェニックス・ノワール〉のスキルを発動!」


 余裕の笑みを浮かべながら、さらにコンボを展開していく将角。


「〈デビルフェニックス・ノワール〉のスキル効果で、おまえに捕縛されていた俺のモンスター〈ダークネス・ドラゴン〉を召喚して王手だ! 返してもらうぜ──俺のエースモンスター!」

「……うっ、くそ!」


 捕縛されて相手のスタンバイゾーンに置かれていた〈ダークネス・ドラゴン〉のユニット。

 将角は自分側のユニットとして、それを王将の2マス左斜め手前に指したのだ。


 フィールド上に、将角のモンスターとして姿を現す〈ダークネス・ドラゴン〉。


 将角の攻撃は、まだ終わらない。


「──さらに! 俺は〈ダークネス・ドラゴン〉のスキルを発動する!」

「ま、まずい……!」

「〈ダークネス・ドラゴン〉のスキル効果は『次の相手のターン、相手はスキルを発動することができない』という効果だ。チェックメイトだぜ!」


 この瞬間──

 将角の〈ダークネス・ドラゴン〉が、対戦相手に王手をしている状態である。

 だが対戦相手は、角行〈ダークネス・ドラゴン〉のスキルによって、スタンバイゾーンにモンスターユニットがひとつも残っていない。

 また将角のモンスターたちによる包囲網によって、王将のモンスターの逃げ場もなくなっている。

 しかも、これといって起死回生のスキルも残っていない。


 将角が問いかける。

「どうする? まだ続けるか?」

「いや……僕の負けだ」


 対戦相手が負けを宣言し、アナウンスが響きわたる。

『ここで決着です! 優勝は皇将角選手!』


 会場全体が歓声に包まれるとともに、全国大会シングルス小学生の部は、将角の優勝で幕をとじた。


◇ ◆ ◇


 あの日から桂は、クロスレイドの虜になっていった。


 そして将角──

 あの赤髪の少年。


 桂は将角の名前を知ることはできたが、将角に桂の名前が伝わることはなかった。


 結局、桂は大会の会場で将角に会うことはできなかったのだ。

 それ以来、桂は将角に会う機会を完全に失うことになってしまった。


 だが桂は悲観することもなかった。

 根拠はなかったが、クロスレイドを続けていれば、またきっと将角と出会える気がしていたからだ。

 そして次に将角と出会えたときこそ、胸を張って「ボクの友達になってほしい」と伝えたい──それが桂の目標になっていた。


 そのために将角が夢中になっているクロスレイドで、自分も強くなるのだという想いが生まれた。

 この日から桂は、将角との再会を夢見て生きていくことを決心したのだ。



 ──あれから4年。


 桂は15歳になり、高校に入学した。

 その入学式で桂の目に飛び込んできた派手な赤い色の髪──。


 あのころの記憶がよみがえる。


(あれは……将角くん⁉)


 少し離れた位置にいたため、肉眼で確認するのは厳しかったが、あの派手な赤髪は間違いなく将角のものだと桂は確信した。

 同時に、将角が自分と同じ歳だったということを知って、うれしく感じる桂。


 入学式が終わってから、桂は将角を探しまわった。

 すぐに見つかったが、声をかけることができなかった桂。

 以前と比べて少し将角の雰囲気が違って見えたことが、桂を思い止まらせたのだ。


 それから桂は、しばらく物陰に隠れて遠くから将角を見ている──という、まるで片想いのような状態を続けていた。


 だが桂の願いは、思わぬ形で実現されることになる。


 ある日の帰り道。

 桂が土手道を歩いていると、河川敷へ向かう斜面に、傷だらけの将角が寝転んでいるのが目に入った。

 「今しかない」と思った桂は、考えるより先に動き、言葉が出ていた。


「──あれ? ひょっとして将角くんじゃない?」



◇ ◆ ◇



「──いっ! おい、桂! なにユニットを手に持ったまま惚けてんだよ⁉」

「あ。ごめん、ごめん。ちょっと……ね」

「しっかりしてくれよ。初のダブルスで初戦敗退は勘弁だぜ?」

「うん、そうだね!」


 すると将角は、桂が手に持っていた金将のユニットを見て昔を思い出したのか、思わず笑顔で語り始めた。


「……お? 懐かしいな、そのユニット! 俺も昔、持ってい──」


 そう言いかけて言葉を止めた将角。

 桂を見つめる将角の表情は、驚きに満ちあふれていた。


 わずかに沈黙が、ふたりの時間を支配する。


 そして、将角は小さな声でつぶやいた。

「見違えたな。気づかなかったぜ」

「……え? なに?」


 桂が聞き返したが、将角は答えず、代わりに違う言葉を口にした。

「いや……なんでもねぇよ。ただ──俺も昔、持っていたんだよ……そのユニット」


 将角の言葉を聞いた瞬間、桂の目が大きく見開かれた。


「……そう、なんだ」


 桂は、その金将ユニットを両手でぎゅっと握りしめて、大切そうに胸に当てた。

 そして目を閉じ、うれしそうに話し始める。


「これね。ずっと昔、大切な人にもらった、とても大切なモノなんだ」

「……そう、なのか」


 将角は恥ずかしそうに目をそらし、ボリボリと頭をかきながら、うれしそうに独り言を続ける。

「まったく……こりゃ等価交換どころじゃねぇな。まさか、こんなでかいお返しがもらえるとは思ってもいなかったぜ──」


 そして恥ずかしさをかき消すために、現実に戻る将角。


「それより早くしろよ、桂! ファール取られるぞ⁉」

「あはは! ごめん、ごめん! 今やるよ!」


 

 桂は心の中で、そっと将角に語りかけた。


 思い出してくれたんだね。うれしい。



 ──見て、将角。

 あの時、将角にもらった〈マリス・カトブレパス〉。

 今でも大切に使っているよ、ボク。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 幼いころに芽生えた将角への気持ち。


 ただの憧れ?

 それとも恋心?


 ボクにも、よくわからない。

 

 それでも強い憧れを抱き、将角の背中だけを追ってきた。

 これだけは揺るぎようのない事実。


 崇拝にも近いそれは、もはや恋と呼ぶのが、ふさわしいのかもしれない。


 あの時ボクを守ってくれたキミの背中──

 今でも鮮明に覚えている。

 あの時ボクの手を引いて走ってくれたキミの手のぬくもり──

 今でも鮮明に覚えている。


 もし、またキミが道を踏み外しそうになっても、その時はボクが隣にいる。

 今度はボクが、全力でキミを助けるから。



 ねぇ、将角────



 もしもね。

 この先、世界のすべてがキミを悪だと否定しても、ボクはずっとキミの隣にいるから。


 その時はボクが悪となって、この世界のすべてを否定するよ。



 If the world denies you, I deny the world with you.

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