外伝エピソード 早乙女 けい

シュトローム・マジックⅠ

「ボクのターン!」


 とある地方で行われたクロスレイドのダブルス大会。その初戦。

 けい将角まさかどが、初めてペアを組んで出場した思い出の大会。


 金将のユニットを手にする桂。プレイ中、そのユニットをじっと見つめる。

 そして隣にいる将角にも聞こえないほど、小さな声で囁いた。


「マリス……カトプレパス」


 特別な思い出が込められたユニット──金将〈マリス・カトブレパス〉。 

 桂は、そっと目を閉じて、大切な記憶を思い起こす──



This is an irreplaceable treasure that changed my life.


◇ ◆ ◇


 6年前──


「はあっ、はあっ……」

「ひゃっはーっ! おーい、待てぇえええ! 逃げんなよぉ!」


 この日、桂は男子中校生の不良4人組に追いかけ回されていた。

 まるで女の子のような容姿をしていたため、時折ナンパされては、こうやって追いかけ回されていたのだ。


 逃げた先──

 ついに袋小路に追い詰められる桂。


「ふへへ。もう逃げられねぇぞ? 手こずらせやがって!」

「ちょ……っと、待って! ボクは男──」


 不良たちが4人がかりで一斉に襲いかかってきたのを見て、桂は観念したように目を閉じた。


「──っ!」


 不自然な時間の感覚。

 何も起こらない。

 一瞬というには、あまりにも長い沈黙。


 違和感を感じた桂が、慎重に目を開く。

 すると目の前には、桂を庇うようにひとりの少年が立っていた。

 歳は桂と同じくらい。

 派手な服装をしていて、とても強そうな赤い髪の少年────。


 この赤髪の少年の名前は『すめらぎ将角』。

 のちに桂のパートナーとなる人物だ。


「……なんだ、てめぇ?」

「はっ! てめえらみたいなやからに名乗る名前なんてねぇよ!」

「ひゃははっ! なんだこいつ、ヒーロー気取りかよ!? ダサくね? なあ、おまえら!」

「俺よりダセェてめぇらに、ダセェとか言われたくねぇな!」


 不敵な笑みを浮かべ、不良たちを挑発する将角。

 想定していなかった展開に、桂は驚きを隠せない。

 この時の桂の瞳には、将角の背中がとても頼もしく映っていたのだ。


「キ、キミは……?」

「安心しろ。俺は絶対におまえを見捨てねぇ」


 これまで何度も男性にナンパされ、絡まれてきた桂。

 そのたびに現実を突きつけられてきた。


 もう桂は、ずっとまえから諦めていたのだ。

 ピンチの時に誰かが助けに来てくれるなど、そんな都合のいい話は、漫画の中だけの幻想なのだと──。


 だが、そんなことはなかった。


 桂の前に味方として現れた赤髪の少年──皇将角。

 桂には彼が、まるで正義のヒーローか何かのように見えていたのだ。


◇ ◆ ◇


 数分後──


 中学生たちは、4人とも意識を失って地面に這いつくばっていた。

 だが将角もすでに満身創痍。身体のあちこちに怪我を負っている。


「ねえ、キミ! だ、大丈夫……?」


 将角の怪我を心配をした桂が、将角に手を差しのべた。

 しかし将角は、逆にその手を自分のほうへと引っ張って、桂の身体を引き寄せた。


「……え?」

「ほら! さっさとここを離れるぞ」


 そう言うと、将角は桂の手を引いて小走りでその場を離れた。

 走りながら、将角が桂に話しかける。


「おまえ、大丈夫だったか?」

「……うん」


 桂の心臓がドクンと1回、強く脈打った。

 そのまま桂の鼓動は、どんどん速くなっていく。


 将角に手を引かれて走る桂。

 そのあいだ桂は、不意を突かれたような顔で、ずっと将角の背中を眺めていた。


 路地から大通りに出ると、将角は立ち止まって、握っていた桂の手を離す。


「ここまで来れば、もうヤツらも追っかけて来ないだろ?」

「う、ん……」

「おまえ。ここからひとりで大丈夫か?」

「……え? あ、あの……!」


 まるでミッションを終えたヒーローのように、名前すら名乗らず颯爽さっそうとその場を立ち去ろうとする将角。

 だが桂は、どうしても彼の名前を知りたかったのだ。

 もっと将角と親しい関係になりたいと感じて、思わず何かを言おうとするが言葉にならない。


 すると何かを感じ取った将角が、桂に話しかけた。

「なんだ、ひとりになるのが不安か?」


「……ええと、その」

 桂は言葉が思いつかず、ただモジモジしている。

 すると将角が『将棋の駒のようなモノ』と『何かのカード』を桂に手渡した。


「これやるよ」

「なに、これ……? マリス……カト、ブレパス?」

 駒とカードに書かれた文字を読む桂。


 その桂の反応を見て、将角が言う。

「クロスレイドのユニットとカードだ。……知らねぇのか?」

「クロス……レイド?」

「今、世界で流行ってる対戦ゲームさ。そのモンスター、俺の持っている中でも結構レアなユニットなんだぜ? 大切にしてくれよ?」


 話のキッカケをもらった桂が、将角に話しかける。

「ねぇ。そのゲーム……おもしろいの?」

「……ん? ああ、そうだな。今度の日曜日、全国大会の決勝戦があるんだ。……小学生限定の大会だけどな」


 そう言って将角は、桂に大会の観戦チケットを手渡した。


「会場はここからそんなに遠くないから、おまえ観に来いよ。俺、その決勝戦に出場することになってんだ」

「え……すごい! 決勝戦に出るんだ!」

「すげぇでっけぇモンスターを使って戦うんだぜ? 俺が優勝するところ見せてやるからよ!」

「うん! ボク、楽しみにしているよ!」

 桂は満面の笑みで、そう答えた。


 将角が笑顔で桂に手を差しだす。

 それを見た桂もまた、笑顔で将角の手を握った。


 この日交わした握手を、桂は一生忘れることはないだろう。


 これが桂と将角の初めての出会いだった。


 To be continued...

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