オプスキュリテの夜明けⅡ

◇ ◆ ◇


 クロスレイドの勝負を終えたけいは、近くにあったベンチに腰かけている。

 そこへ将角まさかどが缶コーヒーを買って帰ってきた。


「ほらよ」

「あ、ありあと」


 クロスレイドが影響したのかはわからない。

 だが将角の表情は、さっきまでとは比較にならないくらい明るいものになっていた。


「おまえ──。思った以上に強いんだな。おかげで、ひさしぶりにアツくなれたぜ」

「結局、負けちゃったけどね」


 桂は負けたが、その笑顔から不満は感じられない。

 将角は少しためらう仕草を見せてから、桂に向けてお礼の言葉を口にした。


「あ……ありがとな。俺、クロスレイドやったの小学生以来なんだ。すげぇ楽しかった」

「うん。ボクも楽しかったよ!」


 少しのあいだ、沈黙がふたりの時間を支配した。

 しばらくして、将角が桂に問いかける。


「なあ。なんで俺に声をかけたんだ、おまえ?」

「なんでって──。将角くんのことが、好き……だから?」

「……は?」


 桂の予想外の返答に困惑する将角。

 だが桂は将角の反応を見ると、あわてて先ほどの言葉を取り消した。

 両方のてのひらを、将角に向けて振りながら笑顔で謝る桂。


「あ……あははっ! じょ、冗談だよ……ごめんね!」

「あ、ああ……。冗談か。脅かすなよ……」

「……ごめん」

「別に、おまえが謝る必要は……」


 ふたたび沈黙が訪れる。

 数分ほどしてから、今度は桂のほうから将角に語りかけた。


「……ね、将角くん。ボクと────その……と、友達になって……くれないかな?」

「お……俺と、友達……に…………?」

「うん……。そ、それから……。もし、よければ…………ボ……ボクとクロスレイド・ダブルスのパートナーに────」


 突然の告白に声を失い、戸惑う将角。

 桂は真っ赤な顔をして、うつむいている。よっぽど勇気をふり絞って言ったのだろう。


 理由はわからないが、将角は悪い気分ではなかった。

 だが一方で、素直になれない自分がいるのも確かだったのだ。


「ど、どうして……俺となんか…………」

「お……〝俺となんか〟なんて────そんな悲しいこと! ……言わないでよ」


 桂はとても悲しそうな顔で、将角の言葉を否定した。

 まるで何かを訴えるかのように────。


「わ……わりぃ…………!」

「……ううん」

 思わず、とっさに謝罪した将角に、桂は恥ずかしそうに首を横に振った。


 桂の表情には、悲しみのようなものが見え隠れしているように見える。

 なぜ桂は、ここまで将角にこだわるのか。

 将角は、それが知りたかった。


 本気で自分のことを必要としてくれる人間など、そう出会えるものではない──

 将角は、それを痛いほどよくわかってる。


 将角は思う。

 間違いなく自分と桂は、過去に出会っている。

 しかし、それが思いだせない。


 将角は、次第に桂のことを知りたくなっていた。

 そこで思いきって聞いてみたのだ。


「おまえ……どこかで会ったことあったか?」


 すると桂は考えるような仕草をしてから、少しだけ笑顔になって答えた。

「さあ──ね」


 そして、さらにこう続けたのだ。

「でもね──。なんだよ」


 次の瞬間──


 大きく見開かれた将角の目から、涙がこぼれ落ちていた。

 何故なのか、将角自身は気づいていない。

 だがこの桂の言葉が、ずっと暗闇を彷徨っていた将角の心を救ったことは間違いなかったのだ。



 将角は思った。

 こいつがどこの誰だろうが、かまわない。

 こいつとなら──

 この先ずっと、どこまでもいっしょに────


 涙を拭う将角。

 そして今度は、改めて自分のほうから桂に歩み寄る。


「と、友達……。──、いや……よければ…………」


 桂の顔に笑顔が戻る。

 将角が言葉を言い直したことがうれしかったのだ。


「それとダブルスのパートナー……。本当に俺でいいのか?」

「も、もちろんだよ! でも……そうだね、ひとつだけ教えてあげる。ボクは将角くんのパートナーになりたくて、クロスレイドを始めたんだ。信用するには……足りないかな?」


 やさしい笑顔で、将角の顔を覗きこむ桂。

 涙を見られたくない将角は、顔をそらすようにしてうつむいたが、ぎゅっと結ばれたその口もとに、少し笑みが生まれたのが見えた。


「──じゅうぶんだ」


◇ ◆ ◇


「おまえ……。名前、なんて言ったっけ?」

「桂だよ。早乙女さおとめ桂。覚えてなかったの?」

「わりぃ……。なあ、おまえのこと『桂』って呼んでもいいか?」

「うん、もちろんだよ! 将角くん」


 このチャンスを無駄にするわけにはいかない──

 そう感じた将角は覚悟を決める。

 そして、おそらく人生で最初で最後になるであろうセリフを口にした。


「な、なあ……桂。俺のことも、その……『将角』って……呼んでくれないか?」


 目を丸くして驚いた桂。

 だが、すぐ笑顔に変わり、うれしそうに答えた。


「別にいいけど……そう呼んだら呼んだで怒りそうっ……」

「お、怒らねえよ……!」

「あははっ! 冗談だよ! でもさ──お互いに下の名前で呼び捨てあうなんて、もうボクら親友だよね!」



 親友────

 道を踏み外した将角が、ずっと憧れ、そして求めていたモノ。


「親、友……か」

「そ。親友! これからもよろしくね──っ!」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 桂との出会いは、腐っていた俺にとって神が与えてくれた最後の希望だ。


 桂は俺にとって、かけがえのない親友となった。

 たったひとりの特別な親友。


 俺は人生にかけて誓おう。

 この親友にふさわしい生き方をしてみせると──。


 そして、今度こそ道は踏み外さない。


 長いあいだ、俺の心はずっと闇に閉ざされていたが──

 この日、俺の心に夜明けが訪れたような気がした。


 Even if you are surrounded by invisible darkness, the darkness of your heart will surely clear up someday.

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