エピローグ
クリフォードは要塞アロンダイトにある司令長官室から退出すると、港湾エリアに向かった。半月前にサミュエル・ラングフォード中佐ら第二特務戦隊の一部が帰還しており、彼らに会いに来たのだ。
「お帰りなさい、准将。大変だったようですね」
盟友のサミュエルが笑顔で出迎える。
「そうでもなかったよ。まあ、面倒はあったがね。戦隊の方は問題なさそうだな。いつでも大佐に昇進できるな」
サミュエルはクリフォードに代わり、第二特務戦隊の司令代行として指揮を執っていたが、何一つ問題は起きていない。
「キャメロットに戻るだけですから、問題なんて起きようがないですよ。まあ、フレーザー戦隊はゴタゴタしていたようですが」
第十一艦隊から派遣されたレイモンド・フレーザー少将率いる十七隻の独立戦隊は、フレーザーが報告書の作成に没頭し、指揮を放棄したため、旗艦艦長のファーガス・レヴィ大佐が実質的に指揮を執っていた。
元々フレーザー戦隊の各艦では反乱計画があったほど士気が低く、今回の任務で大きな失態を見せたこともあって、下士官以下の不服従が多く発生していた。
前総参謀長ウィルフレッド・フォークナー中将は反乱を起こさせるため、フレーザー戦隊を編成させたが、クリフォードが適切に処置したため、シビル星系では問題が起きなかった。
しかし、フォークナーの選んだ艦長たちは、シビル星系での失態を部下のせいにし、超過勤務などを命じたため、反乱の機運がなくなった下士官以下が再び反抗的になった。
フレーザーに代わって指揮を執るレヴィは国王が近くにいるということで、対話の姿勢を見せることなく、厳しく取り締まる。
レヴィが上に阿り、下を見下すタイプの士官であったことから、下士官兵たちの態度は更に硬化し、キャメロット星系に
「フォークナーには人を見る目があったということですな。准将が手を打っていなければ、どうなったことかと思いますよ」
旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐が皮肉交じりで話す。
クリフォードが微妙な顔をしていると、サミュエルが話題を変える。
「軍内部のゴタゴタは何とか片が付きそうですね。エルフィンストーン提督もダウランド大将も綱紀粛正に積極的に動かれていますから」
彼の言う通り、艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将と統合作戦副本部長のナイジェル・ダウランド大将はフォークナーらの不祥事に対し、厳しく対応することを宣言し、大規模な捜査と綱紀粛正を行っている。
上級士官、特に将官に対しては軍需産業との癒着などが厳しく調査されている。今のところ、大きな案件となりそうなものは見つかっていないが、軍全体が危機感を持っていた。
「この後、我々はどうなるんですかね。アルビオンに行くことになるんですか?」
バートラムが質問する。
Z級駆逐艦ゼブラ626とゼファー328、スループ艦オークリーフ221とプラムリーフ67の四隻は帰還したばかりであり、国王護衛戦隊に同行する場合、補給と休養が問題になるためだ。
「シビル星系の安全は確保されたが、まだ不安がある。そのため、第一艦隊から三百隻の分艦隊が派遣されることが決まった。出港は明後日だ」
「三百隻ですか……まだ不安があるということですか?」
サミュエルが聞くと、クリフォードは首を横に振る。
「エルフィンストーン提督は不安を感じておられない。ただ、スケジュールがタイトすぎることもあって確実性を重視された。軍と政府の不手際と責められないように完璧を期したということだな」
キャメロット星系からアルビオン星系までは五十五日程度の行程だ。下院議員選挙が八月三十日に予定されているため、国王エドワード八世、エドウィン・マールバラ首相らがそれに間に合わせるためにはタイトなスケジュールとなっている。
「では当面の間、我々の出番はないということですか?」
バートラムが安堵の表情を浮かべて聞く。
「エルフィンストーン提督からは特別休暇の話をいただいている。前回の訓練航宙から急遽出港したから、今のところ二週間の休暇を考えている」
その言葉にサミュエルとバートラムが微笑む。
「助かります。もう一度長期の任務になると考えていましたから、補給と整備を急がせましたので」
「乗組員たちも喜ぶでしょう。戻ってくるのは十月以降だと思っていましたから」
「私もゆっくりしたかったからな。これで家族とのんびり過ごせる」
クリフォードはそう言って笑った。
翌日、国王エドワード八世が演説を行った。
クリフォードはその演説をランスロットの首都チャリスにある官舎で家族と共に聞いている。
『私は明日アルビオン星系に向けて出発する。しかし、私の心はここにある。ゾンファ共和国、スヴァローグ帝国という強国と戦い、勝利を収めた兵士諸君、そして彼らを支えた市民諸君に対し、強い感謝の念を抱いているためだ……』
エドワードは四五〇一年に始まった第三次ゾンファ戦争の頃からキャメロット星系にいることが多く、兵士や後方支援を行う民間人を鼓舞していた。そのため、兵士やキャメロット市民は彼のことを“戦友”と認識している。
『今回の襲撃事件について、軍に対する憤りの声を私も聞いている。しかし、私は軍に対し、不満を感じていない。今回活躍したコリングウッド准将率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊の戦いを間近で見たことで、彼らのような精鋭が守ってくれているのだと、今まで以上に心強く思ったほどだ……』
自らの名が出たことに、クリフォードは驚いている。国王が戦死者以外で特定の人物の名を出すことは非常に稀だからだ。
『彼は私が王太子時代、私の護衛戦隊を率いてくれた。その時に話をしているのだが、今も心に残っている言葉がある。それは“下士官たちは艦隊の宝だ”という言葉だ。その言葉を聞き、私も専用艦の准士官以下の乗組員たちと交流するようになった。そして、彼の言う意味を理解し、私自身も同じ思いを抱くようになった……』
コリングウッド家の家訓として有名だが、それに言及したことに驚く者が多かった。
『だから私は全く不安を感じていない。彼らのような優秀な者たちが守ってくれるからだ。これは私だけではない。我がアルビオン王国の国民すべてに当てはまる。しかし、彼らは我が王国の民でもある。彼らも戦場に立つことなく平和に暮らす権利を持っている。もちろん私も必要な戦いがあることは承知している。しかし、彼らを無為に危険に晒す行為は避けるべきだと考えている』
国王がここまで踏み込んだことに聴衆は驚いていた。
本来、政治に関して国王及び王家は関与せず、行政府である内閣と立法府である議会の決定を承認するだけだ。
しかし、今回は民主党が主張する主戦論は危険だと考え、その不文律をあえて破った。これはエドワードが歴代の国王に比べ、政治的なセンスに優れ、更に友人でもあるアデル・ハースらと語り合うことが多かったためである。
『今後、政府及び議会は我が国に安全と繁栄をもたらす選択をしてくれると信じている。キャメロットの皆には我が子、ジェームスを預ける。私に見せてくれたような親愛を彼にも与えてくれるなら、それに優る喜びはない……』
アルビオン王家の慣習として、国王がアルビオン星系に、王太子がキャメロット星系に常駐する。エドワードの長男、二十一歳になるジェームスはエドワードの即位と共に王太子として立てられ、第三惑星ランスロットの首都チャリスにある離宮に住むことになる。
演説の後、クリフォードは深く考え込んだ。
(陛下はこのまま世論が出兵に傾くことに、強い危機感を抱いておられる。確かに安易な出兵は軍事費の増大を招くだけではなく、泥沼の戦争に引きずり込まれ、王国の将来に大きな禍根を残すだろう。唯一の救いは軍の上層部に今回の不祥事を勝利という美酒によって有耶無耶にしようと考える方がいないことだ……)
歴史を紐解けば、軍の威信回復のために無理な出兵を主張する軍人は多い。
(義父上が上手く世論を誘導してくれればいいのだが、私が口を出せることでもない。それに今回の陛下の演説で、選挙が終わるまでノースブルック家に足を踏み入れることも避けなければならない。ヴィヴィアンと結婚する時にはこんなことは考えなかったな……)
そんなことを考えていると、妻のヴィヴィアンが笑顔で話しかけてきた。
「難しい顔をしていますけど、今回いただけた休暇について考えましょう。フランシスとエリザベスを連れて、お義父様のところに行ってもいいのではありませんか?」
「そうだな。ファビアンたちも誘って、領地に行くのもいいかもしれない。父上も喜んでくれるだろう」
そう言って笑みを見せながら、彼女を抱き寄せた。
第八部完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます