第45話

 宇宙暦SE四五二五年六月二十一日。


 王国軍及び政府は今回の事件に関わった者を処分した。


 情報を漏洩させ、国王を危険に晒した統合作戦本部次長ウィルフレッド・フォークナー中将は、国家反逆罪及びスパイ防止法で告訴された。

 彼は軍司法局の厳しい追及に観念し、動機を含めてすべて自白している。


 その動機の中にアデル・ハース大将に対する嫉妬と自らを評価しないジークフリード・エルフィンストーン司令長官への反発があったと公表される。

 これに対し、世論はその稚拙さと愚劣さに愕然とし、厳しい処分を望む声が多く上がった。


 第十一艦隊のレイモンド・フレーザー少将は国王の護衛に失敗したことに対し、特に処分されなかった。これは戦隊司令官として明確な軍規違反や怠慢行為があったわけではなく、能力の欠如とされたためだ。


 そのため、彼の派遣を決定した第十一艦隊司令官サンドラ・サウスゲート大将とそれを承認したエルフィンストーンが減給処分を受けている。


 但し、全く何もなかったわけではない。

 国王を危険に晒したことに加え、戦隊内で不服従が多数発生したことから、上級士官としての資質を欠くとして、予備役に編入された。

 メディアに大きく報道された関係で再就職もできず、フレーザーは頭を抱えている。


 反乱の首謀者、ゴードン・モービー一等兵曹は薬物依存のため、軍病院に入院させられた。薬物依存によって責任能力なしとされ、罪は問われていないが、軍籍が剥奪されている。


 また、強力な薬物を使用されたため、回復の見込みは非常に低く、今後の人生は病院で過ごすことになる。


 ナタリー・ガスコイン少佐は軍法会議に掛けられ、不名誉除隊となった。また、スパイ防止法によって逮捕・起訴されている。


 彼女はフォークナーに脅され不本意な犯罪に関与せざるを得なかったことに加え、ゴールドスミスに相談していたことが報道され、世間からは同情されている。


 これは民主党の元軍事顧問ルシアンナ・ゴールドスミス元作戦部長に対し、ネガティブな印象を与えようとする与党保守党の戦略によるものだ。


 そのゴールドスミスだが、ガスコインが犯した重大な軍法違反を見逃したということで告発された。彼女は少将という地位にあったことから、退役後も国家の安全を守る義務があり、それに違反したとされた。


 ゴールドスミスはその告発に対し、ガスコインの情報が不確かであり、その事実を確認することなく報告することはフォークナーを貶める行為にもなるため、事実確認を行っていたと主張した。


 その主張に対し、軍司法局は真っ向から否定した。


『国王陛下の安全を考えるなら、事実関係を調査するより即座に報告すべきであった。少将の地位にあった者がこの程度のことを理解していないとは思えない。また、ガスコイン少佐に対し、被害者としてメディアで証言してもらうつもりだと話しており、自らの利益のためにこの情報を隠匿した可能性が高いと思われる』


 この主張は民衆に受け入れられた。

 士官学校を首席で卒業し、作戦部長にまで出世したエリートが、自らの立身出世のために国王の安全を利用したと考える方が、エリートに忌避感を持つ民衆は納得できるためだ。


 ゴールドスミスは会見を行うことなく、文書のみで反論したが、報道が過熱すると姿を消した。彼女は反論しても報道が過熱するだけで利がなく、時間を置こうと考えたのだ。


 彼女は告発されたものの、最終的には起訴されなかった。

 ガスコインの証言だけで物的証拠がなく、故意に情報を伝えなかった不作為に対して、明確な罪を問うことができないと、軍司法局が判断したためだ。

 しかし、社会的にはほぼ抹殺され、あれほど出ていたメディアから完全に姿を消している。


 ゴールドスミスを重用していた民主党の若手の論客、シンシア・マクファーソン議員は窮地に陥った。彼女を多く出演させていた民主党寄りのメディアもスキャンダルに塗れた彼女を使うことをためらい、逆に保守党寄りのメディアが激しく攻撃し始めたためだ。


『私は関与していません。このような愚かなことをする人物と分かっていれば、顧問に推薦することはなかったでしょう』


 マクファーソンはそう言って自らの関与を否定したが、民主党は冷淡だった。あるベテラン議員は彼女に対し、怒りをぶつけている。


『我が党の勢いをここまで削いでおいて、そんな言い訳もないだろう! 保守党が勝利したら最大の功労者は君だな!』


『作戦部長のような要職にあった者が、あのような判断するとは考えられませんでした』


『君に人を見る目がないということだ! 自身の利益を優先することを完全に否定する気はないが、やり方が稚拙すぎる。それに彼女に戦略的な才能がないことは対帝国戦で分かっていたはずだ!』


 野党である民主党にもチェルノボーグJP会戦において、ゴールドスミスら作戦部が犯した判断ミスは伝えられている。


 そのため、ゴールドスミスを重用することは危険だと考える議員は少なくなかった。

 その意見に反論することができず、マクファーソンは民主党内での発言力を失った。


 多くの者が影響を受けた事件だったが、アルビオン王国にとって悪いことばかりではなかった。


 スヴァローグ帝国の工作員マイク・シスレーが故意に漏洩した情報により、帝国とゾンファ共和国の工作員や諜報員の多くが捕縛された。また、彼らが潜んでいた拠点も暴露され、捕えられなかった工作員たちもその行動を大きく制限されることになる。


 その結果、帝国とゾンファは諜報組織の大規模な立て直しが必要となり、元の体制に戻るには年単位の時間が掛かると、両国の諜報担当者は途方に暮れることになる。


 そのマイク・シスレーだが、六月二十一日に無事ヤシマに入国した。


(情報通報艦で先に情報が届いていたらと不安だったが、これで逃げ切れるな。ほとぼりが冷めるまでどこかのリゾート地でのんびりするか……)


 自ら用意した身分証明書に切り換え、赤道沿いのリゾート地に向かおうと軌道エレベーターに乗ろうとした。


「誰か捕まえて! バックを盗まれたわ!」


 中年女性の叫び声が待合室に響く。

 更に女性の悲鳴が響くが、シスレーは自分には関係ないと振り返ることすらしなかった。しかし、それが命取りになった。


 そのひったくり犯はナイフを振り回しながら走っていた。シスレーは自分の方に向かってくるとは思っておらず、偶然進路を塞いでしまった。


 慌てて避けようとしたが、それが再び塞ぐ形になり、ひったくり犯はシスレーが捕えようとしていると勘違いした。


「邪魔をするな! どけ!」


「やめろ!」


 滅茶苦茶に振り回されたナイフがシスレーの首筋に偶然入った。


「た、助けてくれ……」


 シスレーは頸動脈を切り裂かれ、血を吹き出しながら倒れていく。

 彼は自らの作った血だまりに沈む。


(なぜだ……計画は完璧だったはずだ……)


 悲鳴と怒号が響き渡る中、シスレーはゆっくりと意識を失っていった。


 シスレーはその後、不法入国者と判明したが、どのような目的で入国してきたのか、ヤシマの情報機関は突き止めることができなかった。

 彼の計画はそれほど完璧だった。しかし、運に見放され、その生涯を閉じた。



 シスレーが暴漢に殺された二ヶ月後、シビル星系では通商破壊艦戦隊タランタル隊の生き残りが最期の時を迎えようとしていた。


 アルビオン艦隊は三ヶ月経っても捜索の手を緩めなかった。第六艦隊司令官、ジャスティーナ・ユーイング大将が命じた方針に従い、一切の隙を見せなかったのだ。


 そのため、脱出した部隊を拾い上げるための商船が星系に入っても接近することができない。

 そして、最後の商船が星系内にジャンプアウトしたという情報が入る。


「今度来る船が最後なんです! このままじゃ、ここで餓死するだけなんですよ! 勝負に出ましょう!」


 部下がそう言って迫るが、指揮官であるミーシャ・ロスコフ大佐は首を縦に振らなかった。


「商船の協力者を無為に危険に曝すだけだ」


「じゃあ、どうするんですか!」


 鉄の結束を誇っていたタランタル隊だが、長期にわたる潜伏でその結束の綻びが出始めていた。ロスコフもそのことに気づいている。


「王国軍に降伏したい者はいるか?」


 その言葉に部下たちは驚くものの、半数以上が手を上げる。


「生き残りたい奴は好きにしろ」


 それだけ言うと、簡易エアロックに向かう。


「大佐はどうされるんですか! 王国で生きていくこともできるんじゃないんですか!」


 死を覚悟したと感じた部下が叫ぶ。


「俺はいろいろと知り過ぎているからな。ここいらで消えておいた方がいいんだよ」


 そう言って微笑むと、最後に飲もうと残していたワインのボトルに口を付ける。


「最後に美味い酒を飲めたぜ。それじゃな」


 それだけ言うと、エアロックに入っていく。そして、宇宙そとに出ると、個人用情報端末PDAを外し、ブラスターで破壊した。

 彼の眼には恒星シビルのオレンジ色の光を受けた大型艇ランチが映っている。


(結局今回の作戦の意味は何だったんだろうな……無為に人材を消耗させるような、こんな作戦が続くようなら、帝国もおしまいだな……まあ、俺には関係ないか……)


 最後に大型艇に敬礼し、ジェットパックを吹かす。そして、ある程度速度が出たところで、自らのヘルメットにブラスターを突きつけ、引き金を絞った。

 彼の後に続くように、士官たちが宇宙に飛び出していき、同じように自決の道を選ぶ。


 タランタル隊の生き残りは第六艦隊の捜索部隊に降伏した。

 ロスコフの隊だけでなく、他の五艇もその通信を聞き、次々に降伏を申し出る。


 但し、ロスコフと同じように士官たちは自決の道を選び、生き残ったのは下士官以下だった。

 彼らは王国軍に捕らえられた後、知りうる情報を伝えた。


 断片的な情報でしかなかったが、他の情報を合わせたことで、作戦の全体像が見えてきた。

 しかし、その事実が判明した時には帝国で大きな動きがあり、この情報が生かされることはなかった。

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