第44話

 宇宙暦SE四五二五年六月十四日。


 クリフォード率いる第二特務戦隊の別動隊は、キャメロット星系に向けて超光速航行FTLに入った。


 同行するのは拿捕した二隻の商船で、乗客も一緒にキャメロットに戻る。

 但し、民主党の下院議員レジナルド・リトルトンだけは、アルビオン星系に向かうと主張し、他の商船に乗っていた政府関係者らと共に、第六艦隊の重巡航艦に乗り換えている。


 リトルトンはキャメロットに戻れば、今回の失態が明らかになり、恥を掻くことになると考えている。そのため、保守党の力が強いキャメロットより、自身の選挙区があるアルビオン星系の方が対処しやすいと思い、議員の特権を振りかざして強引に向かったのだ。


 リトルトンの元私設秘書、メルセデス・マクミランはアルビオン星系には向かわず、キャメロットに戻る選択をした。既に秘書を辞めており、同行する理由がないためだが、民主党と決別し、保守党に乗り換えるため、ノースブルックに接触しようと考えている。


 シビル星系内では停船していた商船の再調査が行われ、その調査で問題ないとされた船だけが出発を認められることになった。


 また、通商破壊艦の乗組員の捜索も三百隻体制で行われることが決定している。

 但し、この捜索に対し、成功の可能性は低いと考える者が多かった。


 そもそも小惑星帯は星間物質の濃度が高く、探査に向かない場所だ。

 更に時間が経っていることから捜索範囲が広くなりすぎ、重点的な捜索ができない。


 通商破壊艦や私掠船であれば、商船を囮にしておびき出すことも可能だが、このような状況で息を潜めて隠れている小型艇を見つけることは三百隻であっても難しい。


 第六艦隊司令官のジャスティーナ・ユーイング大将もそのことは理解しており、見つけ出すより、逃げだされないことに軸足を置いている。

 そのため、三百隻で航路を進む商船を見張る作戦に出た。


『敵は誰かに拾ってもらわなければ、この星系から脱出できないのです。そして、物資には限りがあります。逃げ出せないように見張っていれば、焦れて強引な方法で脱出を図るか、諦めて自決するしかありません』


 キャメロット星系からアルビオン星系に向けて出港する商船の数は、通常であれば一日当たり百隻程度だ。但し、現状では国王即位の特需に合わせて多くの商船がアルビオン星系に向かい、まだ戻ってきていないことから、一日当たり十隻程度にまで減少していた。


 それでも今回の事件で出港を止められていたことから、シビル星系の封鎖が解かれた直後は一日当たり二百隻程度が出港すると予想されている。

 そのため、ユーイングは商船を数隻程度の船団を組ませ、監視することを考えていた。


 商船の速度はまちまちだが、数隻程度で組ませる分にはそれほど難しくない。また、アルビオン星系まで船団を組み続けるわけではなく、国王襲撃犯を捕えるためと言われれば、商船側も協力せざるを得ない。


 この方針は星系内に向けて公表されている。これは潜んでいる通商破壊艦の乗組員たちに聞かせるためだ。


 その通信を聞いたスヴァローグ帝国の通商破壊艦部隊タランタル隊の指揮官ミーシャ・ロスコフ大佐は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


(嫌らしい手を使ってくるな。確かにこちらの物資が尽きるまで待つ方策は有効だが、こちらの心を攻めてきていることは間違いない。他の艇が焦らなければいいが……)


 彼らが脱出に使った大型艇ランチには三ヶ月分の物資が積み込まれている。しかし、狭い艇内で三ヶ月間も耐えることは精神的に厳しい。


 それでも助かるという希望があるのなら耐えられなくもないが、ユーイングはその希望を潰しにいったのだ。

 更にユーイングは心を折りにいく。


『改造商船の乗組員に告ぐ。本来であれば、海賊行為として取り締まるところだが、降伏すれば捕虜として階級に応じた待遇を約束する』


 捜索隊に降伏を呼びかけるように命じたのだ。


 現在、ゾンファ共和国とスヴァローグ帝国とは停戦条約を結んでいるため、戦争状態ではなく、通商破壊作戦は海賊行為とみなされ、捕虜ではなく犯罪者として扱われる。


 そのため、騒乱罪や殺人罪によって極刑になることが多いが、捕虜であれば重大な戦争犯罪に関わってなければ捕虜交換の可能性があり、祖国に帰る可能性はゼロではない。


 但し、通商破壊作戦自体を帝国もゾンファも認めない可能性が極めて高く、降伏したとしても祖国の地を踏める可能性はほとんどない。しかし、僅かでも可能性があることを認識させることで、乗組員たちの団結に亀裂を入れる策だった。

 ロスコフは部下を鼓舞しつつ、脱出の機会を窺っているが、絶望に染まりつつあった。


■■■


 六月二十日。クリフォードたちはキャメロット星系に帰還した。

 翌日には第三惑星ランスロットに到着する。


 クリフォードは衛星軌道上にある要塞アロンダイトに入ると、すぐに艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン大将から呼び出された。司令長官室には第九艦隊のアデル・ハース大将と総参謀長のウォーレン・キャニング中将らが待っていた。


「よくやってくれた。君のお陰で最悪の事態は避けられた」


 エルフィンストーンはクリフォードが敬礼する前に彼の手を取って感謝を伝える。


「君が陛下を守ってくれたこと、そして反乱を未然に防止してくれたことで、ゾンファと帝国への懲罰出兵の話はそれほど大きくなっていない。このまま立ち消えになればよいのだがな」


 思ったより状況が悪くないことにクリフォードは安堵するが、ハースの表情が厳しいことが気になった。


「ご懸念があるのでしょうか?」


「ええ。主戦論は下火になっているのだけど、工作員がこれほど入り込まれていることに国民は危機感を持っているわ。それに帝国がどう動くのかも不安ね……」


 そこでクリフォードが質問する。


「帝国で動きがあったのでしょうか?」


「ストリボーグ藩王が皇帝暗殺事件について苦言を呈したそうよ。まだ確定情報ではないのだけど、皇帝の周りに佞臣がいて、それが混乱の原因ではないかと言ったらしいわ。それに対応するために、治安維持の専門家を派遣する用意があるとも言っているわね」


「治安維持の専門家ですか……」


 クリフォードはニコライが艦隊を派遣する用意があると宣言したと考えた。

 その彼にハースがにこりと微笑む。


「あなたも気づいたようね。艦隊を派遣すると言っても内戦を起こすつもりはないのでしょうけど、皇帝に帝国の治安を維持する能力がないと宣言したに等しいわ。取りようによっては皇位に相応しくないと宣言したと思われてもおかしくはない発言ね。問題はこの情報が広まれば、民主党が再び主戦論を展開するかもしれないこと」


 四月九日にストリボーグ藩王ニコライ十五世はアルビオン王国の外交使節団襲撃事件と合わせて、皇帝アレクサンドル二十二世が家臣の暴走を許しているだけでなく、統治に問題があるのではないかという談話を発表した。


 そして、ニカ・ドゥルノヴォ中将をスヴァローグ星系に派遣し、スヴァローグ艦隊の将官に接触させている。


「帝国に対する情報収集を強化したと聞いておりますが、諜報部や外務省からの情報は入っていないのでしょうか?」


 停戦後、帝国内の情報収集能力を強化するため、諜報部の対帝国部門が強化され、外務省も大使館に専属の諜報担当を増員していた。

 クリフォードの問いに総参謀長のキャニングが答える。


「情報の量自体は増えているのだが、皇帝や軍上層部の周辺にまで食い込めていないから質の面では不十分だ。それに距離によるタイムラグが大きすぎる。ヤシマかロンバルディアに出先機関を作って権限を委譲しようとしているのだが、手が回っていない状況だ」


 キャメロット星系からダジボーグ星系まではヤシマ星系経由で約三十五パーセク(約114光年)もあり、情報通報艦を使ったとしても、情報が届くのに四十日ほど掛かる。


 スヴァローグ星系はダジボーグから商船で四十五日ほどの距離があり、ストリボーグ星系も三十日ほど必要だ。そのため、情報が入るまでにスヴァローグ星系で約三ヶ月、ストリボーグ星系で約二ヶ月半も掛かり、指示を出すためにはその倍の時間が必要となる。


「距離の問題は以前から分かっていることなのに、無謀な出兵論が減らないのが問題なの。ゾンファはヤシマでメディアを使っていたようにプロパガンダが得意だから、我が国も気づかないうちに浸透されているのかもしれないわ」


 ヤシマではキョクジツグループという巨大メディアグループがゾンファの諜報組織に協力していた。優秀な政治家や軍人を貶め、ゾンファと友好関係を築くべきと主張し、大規模な侵攻を許している。


 クリフォードもそのことを覚えており、一瞬顔をしかめる。


「あり得ないと言い切れないところが厳しいですね。軍の上層部にもゾンファや帝国の工作員に協力する者がいました。綱紀粛正を始めているようですが、謀略に関しては敵に一日の長がありますから、不安が残ります」


 クリフォードの指摘に全員が頷くが、苦渋に満ちた表情のままだった。

 その後、今後のスケジュールについて話し合われた。

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