第43話
第六艦隊がイオーラス
クリフォードは戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐と副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐を引き連れ、旗艦である一等級艦キング・ジョージ39号に向かう。
そこには宙軍士官にしては珍しく、長い髪を結い上げた司令官、ジャスティーナ・ユーイング大将が待っていた。
「今回もよくやってくれましたわ。あなたの活躍で陛下のお命を守ることができました。それにその後の臨検でも敵の工作員を捕えたことは称賛に値します」
「ありがとうございます。ですが、陛下をお守りできたのは我が戦隊だけの功績ではありません。我が戦隊は十基のミサイルを撃ち漏らしております。適切にミサイルを処理した第一特務戦隊の功績が大きいと考えています」
「マイヤーズ少将が作成した戦闘報告には、あなたの第二特務戦隊が八割近いミサイルを撃破し、敵改造商船を短時間で無力化できなければ、第一特務戦隊に多くの被害が出たことはもちろん、最悪の場合、アルビオン7にも攻撃が命中していた可能性もあったと書かれていました。
普段緩い感じのユーイングが真剣な表情でそう告げたため、クリフォードは小さく頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます。提督のお言葉を部下たちにも伝えます」
クリフォードは謙遜するが、マイヤーズの報告書はユーイングが言う通り客観的で、統合作戦本部や艦隊総司令部でも全面的に受け入れている。
特にミサイルについては、統合作戦本部での解析によってヤシマの最新型と同等の性能であることが分かっており、奇襲を受けたにもかかわらず、七十九パーセントもの撃墜率を出したことに、称賛の声が上がっている。
「今後についてですが、第六艦隊が全面的に引き継ぎます。捕えた工作員と拿捕した商船についても回航要員と警備の宙兵隊を派遣しますので問題ありません。小惑星帯での探査については既に引き継ぎを命じていますから、そちらの心配もいりませんわ」
脱出した通商破壊艦の乗組員については、第二特務戦隊の二隻のスループ艦が捜索していたが、未だに発見できていない。もっとも捜索当初から発見の可能性は小さいと考えており、クリフォードも失態だとは考えていない。
「ありがとうございます。引き継ぎを終え次第、第二特務戦隊の別動隊はキャメロット星系に帰還します」
「よろしくお願いしますわ。それにしてもリトルトン議員のことは災難でしたね。もっとも災難だと思っているのは議員本人でしょうけど。フフフ……」
ユーイングは上品な笑みを浮かべているが、リトルトンが星系全域に向けて放ったクリフォードに対する恫喝に怒りを覚えていた。
(政敵の義理の息子ということで恫喝したのに、多くの目撃者がいる中で命を救われているわ。それに秘書は動じていなかったのに、自身は腰が抜けていたという話もある。この話が広まれば、議員の面目は失われるわ。いい気味ね……)
元々ユーイングはリトルトンに対して確たる信念や見識のない“政治屋”と見ており、野党の重鎮としてメディアに登場することを苦々しく思っていた。
もちろん軍人であるため、公式の場でそのような態度を見せたことはないが、ユーイングは今回のことでリトルトンの影響力が落ちることを期待していた。
「少し時間をいただけるかしら?」
報告が終わったため立ち上がろうとしていたクリフォードは疑問を感じたが、すぐに頷く。
「はい、構いません」
「ここからは雑談なのですけど、今回の国王陛下襲撃事件の影響について、あなたの考えを聞かせていただけないかしら」
「非公式の意見を聞きたいということでしょうか?」
「その通りです。恐らくキャメロットに戻ってもエルフィンストーン提督やハース提督から同じ問いをされるでしょうけど、私も聞いておきたいと思ったのです」
ユーイングはクリフォードの見識を高く評価している。また、艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将や“
「
同席しているオハラとホルボーンは“
クリフォードらは数時間前にジャンプアウトしてきた情報通報艦から最新の情報を得ているが、それは六月七日時点のものだ。
そのため、ウィルフレッド・フォークナー中将らが取り調べを受けている最中の情報であり、不完全なものだ。しかし、ルシアンナ・ゴールドスミス元作戦部長については事前に情報を得ていたにもかかわらず、軍に連絡しなかったことは既に公表されている。
また、前首相ウーサー・ノースブルック伯爵が与党を代表して演説を行い、ゾンファ共和国がスヴァローグ帝国を利用して王国に謀略を仕掛けてきたため、冷静に対処すべきという主張をしたことも伝えられていた。
「世論の動向が不明ですが、民主党が大きなミスをした以上、主戦論が以前より激しくなる可能性は低いと考えます。ここで主戦論を続ければ、保守党に攻撃材料を与えることになりますから、民主党も自重するでしょうから。ですが、陛下のお命が危ぶまれたのですから、何らかの懲罰を行うべきという主張は燻ぶり続けるでしょう。それに対し、政府や軍が対応を迫られることは間違いありません」
ユーイングも同じ考えであり、すぐに頷く。
「ハース提督も同じようなことをおっしゃっていましたわね」
「ご承知の通り、八月の下院議員選挙が大きなポイントになると考えています。保守党が過半数を維持できれば、主戦論を抑えつつ、現実的な対応が可能ですが、民主党が政権を得た場合には保守党との違いを明確にするため、より強硬な手段で懲罰を行おうとするでしょう。しかし、もう一つ非常に大きな不安要素があります」
「それは何かしら?」
質問したものの、ユーイングも彼が何を言うのか分かっている。情報を整理させるため、あえて質問したのだ。そのことにクリフォードも気づき、簡潔に説明していく。
「スヴァローグ帝国です。皇帝アレクサンドル二十二世が暗殺者に襲われましたが、ストリボーグ藩王ニコライ十五世は冷静に対処し、内戦の可能性は低くなっているように見えます。皇帝が生きているという情報が入ってきましたが、そもそも暗殺が行われたのかも分からないのです。暗殺事件が実際にあったとして、誰が命じたのかも判然としておりません」
スヴァローグ星系とキャメロット星系は約六十五パーセク(約212光年)離れており、情報が届くには三ヶ月ほどの時間が必要だ。二月二十四日に皇帝アレクサンドルが公の場に姿を見せたという速報が、クリフォードらが出発する直前に入ったが、真相は明らかになっていない。
「命じたのは、ニコライ藩王ではないのかしら?」
ユーイングの問いにクリフォードは首を横に振る。
「藩王に皇帝を暗殺するメリットがありません。そのようなことをすれば、スヴァローグ星系とダジボーグ星系が結束するだけですから逆効果でしょう」
「そうですわね」
ユーイングも同じように考えており、ニコリと微笑む。
「ニコライ藩王が目指すのはスヴァローグ星系の支持を取り付けることです。皇帝の失策を責め、自分の方が皇帝に相応しいことをスヴァローグ星系に認めさせれば、ダジボーグ星系会戦で艦隊と星系内のインフラに大きな被害が出たダジボーグ星系は、皇帝を支持したくとも従わざるを得ませんから」
「つまり帝国で何が起きるか分からない。そのことが不安要素であり、今後を予測する上での不確定要素となりうる。そういうことですね」
「その通りです。皇帝暗殺未遂事件の真相が明らかになった後、皇帝と藩王がどのように動くのかが全く読めないのです。民主党の言うようにダジボーグ星系に艦隊を派遣した場合、その陰謀に巻き込まれる可能性があります」
一月の初めに起きた皇帝暗殺未遂事件については、遠距離ということもあり、皇帝が生きていたという情報以外に続報は入っていない。そのため、帝国の現状が全く不明な状況で艦隊の派遣を決定することは危険だとクリフォードは主張する。
「確かに危険ですわね。ですが、民主党もその程度のことは理解できると思うのですが?」
「私もそれに期待したいのですが、我が軍はここ数年、大きく勝ちすぎました。実際に戦ってきた我々は、その勝利が薄氷の上のものと分かっていますが、野党であった民主党がどこまで認識しているのかが気になっています」
ジュンツェン星系会戦以降、チェルノボーグJP会戦、ダジボーグ星系会戦、イーグンJP会戦、第二次タカマガハラ会戦とアルビオン王国軍は勝利を重ねているが、いずれも一歩間違えば、大敗北の可能性があった。
特に第二次タカマガハラ会戦ではクリフォードの考えた奇策が成功したため勝利できたものの、圧倒的に不利な状況にアルビオン艦隊の総司令官フレッチャー大将が撤退を主張している。
ユーイングらが撤退すれば王国に大きな禍根を残すと主張し、フレッチャーを解任して戦いに挑んだ。彼女たちの能力を信頼しているエルフィンストーンですら、敗北は必至と考えていたほど厳しい戦いだった。
政府や与党の関係者はそのことを重く受け止めているが、メディアを始め、国民は大勝利に酔っていた。それに乗ったのが民主党であり、クリフォードは危機感を抱いている。
「タカマガハラでは勝てたことが奇跡でした。そのことをきちんと認識していないと、大きな過ちを犯すということですわね」
ユーイングはそう言って溜息を吐く。
「ですので、現在の主戦論は非常に危険です。マールバラ首相がどこまで指導力を発揮できるのか、国民がどこまで真剣に考えてくれるのかが、カギになると思います。今私に言えることはこの程度です」
クリフォードの言葉に重い空気が立ち込めていた。
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