第42話

 宇宙暦SE四五二五年六月十一日


 時はクリフォードがスター・エメラルド号に乗り込んでくる前に遡る。

 ゾンファ共和国の工作員、ウエン・ユアンは王国軍の臨検に対し、焦りを感じていた。


(リトルトンを焚き付けて臨検を逃れようと思ったが、さすがに無理だったか……だが、このままでは帝国の奴らと同じように見つけ出されてしまうぞ……)


 彼は八月の下院議員選挙で民主党が勝利し、その勢いをもってスヴァローグ帝国への艦隊派遣が実現するよう情報操作を行うべく、アルビオン星系に潜入する予定だった。


 キャメロット星系までは順調で、ヤシマのビジネスマンに扮し、入国管理局でIDが確認されたが、その際は全く疑われなかった。そのため、計画通りに後ろ暗い者が多く使うスター・エメラルド号に乗船した。


 何もなければ、アルビオン星系に入れたはずだが、国王の座乗艦が襲われたことで計画が大きく狂った。


(帝国の破壊工作とかち合うとは運がない……)


 彼は祖国の命令で帝国の通商破壊艦が襲撃したことを知らなかった。


 更に同じように王国に入ってきたはずの帝国の工作員が、この星系で発見されたことで危機感を持った。

 そのため、リトルトンを焚き付け、星系の封鎖を解こうと考えた。


 しかし、クリフォードが頑として聞き入れず、更に自らこの船に乗り込んできたことで、方針を変えた。


(どうせ見つけられて殺されるなら、王国に混乱を与えた方がいい。コリングウッドを暗殺できればいいが、奴は陸戦でも猛者だと聞いている。難しいようなら、次善の策としてリトルトンを殺そう。あれほど傲慢な発言をしたのだから、意趣返しで助けなかったという話になる可能性は無きにしも非ずだからな)


 ウエンは第一目標をクリフォードと定め、難しいようならリトルトンに切り替えようと考えていた。


 そして、ラウンジで集められた際、二人を狙うことができ、宙兵隊から見えづらい場所に立った。


 クリフォードからも真横に位置し、これなら彼を殺せるとブラスターを構えた時、クリフォードが宙兵隊に命令を出すべく振り返った。


 普通の宙軍士官ならブラスターが目に入っても反応はできないが、クリフォードは二度の実戦経験により、咄嗟に反応することができた。


 そのため、ウエンは素人のリトルトンに狙いを変えるが、リトルトンが標的だとクリフォードが勘違いし、咄嗟に庇ったため、どちらも討ち漏らすことになる。


 その結果を悔やむ間もなく、突進してきた宙兵隊のマイルズ・ホーナー中尉に倒されてしまった。

 床で後頭部を激しく打ち付け、一瞬気を失った。わずか一秒ほどのことだが、格闘術の達人、ホーナーにはそれで十分だった。


 マウントを取られるように抑えつけられ、口の中に仕込んだ自殺用の毒のカプセルを抜き取られてしまう。


(しくじったな……欲を出さずに潔く死んでおけばよかった……)


 ウエンは絶望を感じながら、天井を見つめていた。


■■■


 スター・エメラルド号の船長ロザンヌ・バクスターは自らの運が尽きたことを自覚した。


(怪しいとは思っていたけど、まさか暗殺を企てるとは……これで私のキャリアも終わりね……)


 バクスターはスヴァローグ帝国やゾンファ共和国の協力者ではないが、その地位を利用して後ろ暗い者を乗客として乗せることが多かった。


 彼女自身、スループ艦や軽巡航艦で臨検の経験があり、その裏を掻く方法はいろいろと知っており、今まで大きなトラブルになることはなかった。


 ウエン・ユアンも後ろ暗い者の一人で、ヤシマの商社マン、トオル・ミズノという名で乗船してきたが、手荷物の検査を免除してほしいと頼んできた。


『ちょっと変わったサンプルを持ち込むので、入管で疑われたくないのですよ。船長の荷物ということで通してもらえないですかね』


 そう言いながら現金を渡してきたため、その話に乗った。

 この手の話は比較的多く、バクスターら船長たちの小遣い稼ぎになっている。


 もちろん、爆発物や銃器のような物は拒否するが、特殊な通信機や盗聴器などは見て見ぬふりをしている。今回も爆発物や銃器でないことは確認していた。もっとも分解された部品までは確認しておらず、ブラスターを組み立てられてしまっている。


(まさかリトルトン議員を狙うとは思わなかったわ。これで厳しく調べられる。いろいろと怪しい物があるだろうから、私も拘束されるわね……)


 ウエンのように密かに船に持ち込ませた物は他にもあり、何が出てくるのか、彼女自身分からないほどだ。


「バクスター船長、本船は軍の管理下に置く。対消滅炉リアクターを停止し、乗員をここに集めてくれたまえ」


 クリフォードの言葉にバクスターは諦め顔で頷くことしかできなかった。


■■■


 民主党の下院議員レジナルド・リトルトンは自分が殺されそうになったという事実に、震えが止まらなかった。


「大丈夫ですか?」


 私設秘書のメルセデス・マクミランが聞くが、答えることができない。


 マクミランは指揮を執るクリフォードに近づき、声を掛けた。


「リトルトン議員の秘書メルセデス・マクミランと申します。議員の体調が優れないようです。IDの確認を先にしていただき、医務室に連れていきたいのですが、よろしいでしょうか? 手荷物の確認は秘書である私が責任をもって対応します」


「了解しました。こちらの配慮が足りなかったようです」


 クリフォードはそういうと、ホーナーを呼ぶ。


「中尉、議員とミズ・マクミランのIDの確認を先にやってくれ。その後、議員を医務室にお連れしろ」


 そして、ゼブラ626の艦長ケビン・ラシュトン少佐に連絡を入れる。


「スター・エメラルド号で体調不良者が発生した。至急、軍医をこちらに回してくれ」


了解しました、准将アイアイサー。監視要員と共に軍医ドクターを送ります』


 クリフォードはマクミランに向き直る。既に二人のIDの確認は終わっていた。


「手荷物の確認は後ほど行います。議員に付き添っていただいても大丈夫です」


「ありがとうございます」


 マクミランは礼を言いながらも、彼の配慮に感心していた。


(あれほど敵対心を露わにしていた議員に、これだけの配慮ができるとは驚きね。議員よりよほど大人だわ。提督たちだけじゃなく、国王陛下やノースブルック伯爵が気に入るはずよ。准将との伝手を本格的に考えた方がいいかもしれない……)


 マクミランはそう考えると、リトルトンを医務室に連れていき看病を行った。

 本心では自分を排除しようとしたリトルトンの看病などしたくなかったが、誠実な人物という印象をクリフォードに与えようと考えたのだ。


 クリフォードは彼女の考えに気づかなかったが、リトルトンのスタッフから彼女がクリフォードに対する恫喝は誤りであり、すぐに取り下げと謝罪をすべきと言っていたと聞き、感心していた。


(高潔な人物のようだな。それに胆力もある。議員の後ろにいたのだから、自分も危うかったことは分かっているはずだ。しかし、動揺は一切見せていない。彼女のような人物が民主党で力を付けてくれれば、我が国も良い方向にいくのだが……)


 マクミランが声を上げなかったのは、クリフォードが考えた通り、実際に胆力があったからだ。


 もちろん、突然クリフォードが動いたことに驚いたし、その直後にブラスターのビームが近くを通過したことで声を上げそうになったが、自分が狙われていないと瞬時に判断し、自分がすべきことを考えたのだ。


 彼女は軍にいたことはないし、荒事に慣れているわけではないが、生来の豪胆さがあった。その冷静さと豪胆さは政治家向きと言えるだろう。


 クリフォードは雑念を振り払って、スター・エメラルド号の調査を進めていく。

 工作員ウエンの部屋を調べたが、既に処分されていたのか、怪しい物は見つからなかった。

 但し、他の乗客の個室から違法な薬物や毒物らしい怪しげな容器などが多く見つかった。


 クリフォードはまだいろいろとありそうだと考えたが、船や乗客の安全を脅かす可能性が低いと考え、専門家に任せることにした。


 翌日の六月十二日、キャメロットジャンプポイントJPに五百隻の艦隊がジャンプアウトしてきた。

 独特の鼻に掛かる声がスピーカから流れる。


わたくしはキャメロット第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将です。本星系は王国軍の管理下に置かれることが正式に決定しました。責任者である私の命令に従ってください』


 その後、クリフォードに対して通信が入った。


『本通信をもって、第六艦隊が本星系の治安維持を引き継ぎます。コリングウッド准将はイオーラスJPの封鎖を継続しつつ、待機するように』


 クリフォードはこれで肩の荷が下りると安堵した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る