第41話

 宇宙暦SE四五二五年六月十一日


 クリフォードはレジナルド・リトルトン議員に恫喝されたものの、淡々と臨検を続けるように命じていた。


「すべての責任はこの私にある。諸君らは王国の安全のため、任務を確実に遂行してほしい」


 そして、リトルトンが乗るスター・エメラルド号が臨検を受ける番になった。

 クリフォードは議員とのトラブルを考え、ゼブラ626の艦長ケビン・ラシュトン少佐に全体の指揮を任せ、自らスター・エメラルド号に赴いた。


 出迎えたのは四十代半ばの女性船長だった。化粧っ気はないが、柔らかな笑みを浮かべており、いかにも客船の船長という印象をクリフォードは受けていた。


「本船の船長ロザンヌ・バクスターです。高名なコリングウッド准将をお迎えでき、光栄です」


 そう言って軍隊式の敬礼を見せる。


「クリフォード・コリングウッド准将です。船長は元宙軍士官ですか?」


「はい。十三年前とずいぶん昔の話ですが、五等級艦の副長をやっておりました」


 バクスターのように宙軍士官から商船の船長や一等航宙士になる者は意外に多い。特に少佐クラスは大型艦の艦長になるための上級士官コースを受講しなければ、大佐以上になれないため、三十代前半で見切りをつける者は少なくない。


「既に伝えていますが、国王陛下の護衛戦隊が待ち伏せ攻撃を受け、更にヤシマ船籍の貨客船から帝国の工作員が見つかっています。貴船にそのような者はいないと思いますが、臨検への協力をお願いしたい」


 真面目な表情でクリフォードがそういうと、バクスターも表情を引き締めて頷く。


「もちろんです。もっともお客様の中にはご理解いただけない方もいらっしゃいますので、可能な限り留意していただければとは思いますが」


 暗にリトルトンを刺激しないでほしいと依頼する。


「無用なトラブルは望むところではありません。では、船橋ブリッジで記録を確認させてもらうことと並行して、乗客の確認を行わせていただきたい」


「では、ラウンジにご案内します」


 バクスターはそう言って先導する。クリフォードは完全装備のマイルズ・ホーナー中尉率いる宙兵隊十名と共に付いていく。


 宙兵隊は完全装備だが、彼自身は船外用防護服ハードシェルは装備していない。これはリトルトンを刺激しないためで、愛用のブラスターを腰に装備しているだけだ。


 スター・エメラルド号は全長百メートル、全幅三十メートル、全高四十メートルほどの十万トン級の小型高速客船だ。軍艦で言えばスループ艦の大きさに相当し、百人ほどの客を乗せ、二十五人の乗員で運用している。


 乗客のほとんどが豪華客船で優雅に移動するのではなく、短期間での移動を求めているビジネス関係者だ。そうは言っても、比較的安い貨客船ではなく、値が張る客船を利用する客であるため、船内の設備は充実している。


 客室キャビンエリアのほぼ中央にある十メートル×二十メートルほどのラウンジには豪華なソファが並んでいるが、そこには集められた乗客九十五人が集められていた。


 その多くがクリフォードに好意的な視線を向けている。彼らは有名人である“崖っぷちクリフエッジ”に会えた幸運を喜び、アルビオン星系での話のネタにしようと、話し掛けるチャンスを窺っていたのだ。


 そんな中、不機嫌そうな表情を隠そうとしない人物がソファに座っていた。

 老人というにはまだ早いが、頑固そうな雰囲気の男性で、上流階級らしく高価そうなスリーピースのスーツを着ている。


 その後ろには三十歳くらいのかっちりとしたスーツに身を固めた美女が控えており、有力者であることはクリフォードにも一目で分かった。


「キャメロット第一艦隊第二特務戦隊司令クリフォード・コリングウッド准将です。皆さんにはご不自由をお掛けし申し訳なく思っておりますが、我が国の安全に大きく関わるため、協力いただきたいと思っています」


 そこでソファに座っていた男、レジナルド・リトルトン議員が立ち上がった。


「そのような御託はいい。臨検などという茶番はやめて、すぐに星系の封鎖を解除したまえ」


 尊大な言い方に他の乗客たちがわずかに顔をしかめるが、彼らも有力議員とのコネクションを得たいと考えており、特に何も言うことはなかった。


「既に十名の不審者が見つかっております。ここで適切に対応しなければ、王国の安全保障に大きな影響を与える可能性があります。協力をお願いします」


 クリフォードは真摯な態度で頭を下げる。


「この船に工作員が乗っているとでもいうのか? それとも私を工作員として拘束するつもりかね。義父の政敵を葬るために」


 リトルトンはそう言ってニヤリと笑う。

 クリフォードがそれに答える前に後ろに控えていた美女、メルセデス・マクミランが割り込む。


「他の方に迷惑が掛かります。ここは軍に協力すべきでしょう」


 その言葉にリトルトンはギロリと睨むが、周囲の空気を読み、何も言わなかった。


「ありがとうございます」


 クリフォードはマクミランに礼を言うと、すぐに説明を始めた。


「身分証明書のIDの確認と手荷物の検査を行います。IDについてはこの場で、手荷物についてはそれぞれの客室キャビンで確認させていただきます」


「荷物の検査だと。我が党の戦略を探ろうと、機密文書を見ようというのか?」


「端末や文書などを確認することはありません。不法な武器や薬物などを所有していないかを確認いたします。透過装置による確認ですので、基本的にはトランクなどを開封していただく必要はありません」


 これは通常の臨検でも行われる方法で、客船に乗ったことがある者なら常識だ。リトルトンは知った上で嫌味を言ったのだ。


「それでは一人ずつ、IDの提示をお願いします。ホーナー中尉、よろしく……」


 後ろに立つ宙兵隊のホーナーに指示を出そうと振り返った時、一人の男がブラスターを構えていることに気づく。


「敵だ!」


 クリフォードは端的にそう叫ぶと、目の前にいたリトルトンに覆いかぶさるように押し倒す。

 その直後、一条のオレンジ色の光線が彼の背中の上を通り過ぎた。


 ホーナーもすぐに銃撃に気づき、ブラスターを持つ男に突進する。周囲に乗客がいたため、ブラスターライフルを撃つことができないと咄嗟に判断したのだ。


 銃撃した男は船外用防護服ハードシェルのアシスト機能をフルに効かせた突進にたじろぎ、ブラスターを向けたものの、撃つ前に体当たりを受けてしまう。

 その質量と速度で男は押し倒され、ブラスターを手放した。


 その頃には宙兵隊員も我に返っており、油断なくブラスターライフルを構え、襲撃者が他にいないか警戒していた。


 倒された男は後頭部を激しく打ち、一瞬意識を失った。


「自害させるな! 他に危険物がないか、確認しろ!」


 クリフォードはブラスターを抜きながら、宙兵隊に命令を下す。


「申し訳ないが、全員両手を上げていただきたい。武器を携帯していないか確認する」


 そう言いながら、まだ何が起きているのか把握していないリトルトンに声を掛ける。


「申し訳ありませんでした。こうしなければ、議員が危険でしたので」


「な、何があったのだ……」


 まだ腰が抜けているのか、立ち上がることができず、座り込んだままだ。


「ブラスターを持った男が議員を狙撃しようとしていました。恐らく、どこかの国の工作員で、IDを調べられて拘束されるよりは王国の有力者を殺そうと考えたのではないかと」


 リトルトンはその説明を聞いても理解できないのか、首を横に振っていた。

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