第40話
クリフォードは二隻のZ級駆逐艦ゼブラ626とゼファー328を率い、シビル星系で臨検を続けていた。
初日は僅か六隻だったが、国王の出発後に多くの商船がアルビオン星系に向けて出港したこと、更にはアルビオン星系からキャメロット星系に向かう商船もジャンプアウトしてきたことから、三百隻以上の商船がイオーラス
また、第五キョウエイマルで帝国の工作員が見つかったことから、厳格な調査が行われ、星系の封鎖は解かれていない。
その中の一隻に野党民主党の議員レジナルド・リトルトンが乗っていた。
リトルトンはベテラン議員で、民主党の“
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が困惑した表情で通信を行っていた。
「……ですから、当星系は軍によって封鎖されているのです。軍関係者以外、どのような方でも例外なく、臨検の受け入れと当星系に留まることが必要です……」
通信を終えると、ホルボーンは大きく溜息を吐いた。
「どうしたんだ? また苦情か?」
ゼブラの艦長ケビン・ラシュトン少佐が同情しながら聞く。
「ええ。スター・エメラルド号の船長から先に行かせろとクレームです。リトルトン議員が乗っているらしく、突き上げを食らっているらしいです」
「リトルトンと言えば、民主党の重鎮だったな。厄介なことにならなければいいが……」
ラシュトンの懸念はすぐに現実のものとなった。
再び通信が入り、ホルボーンが対応する。
「准将は本星系での捜査の指揮を執っておられます。緊急の用件でない限り、お繋ぎすることはできません」
『君では話にならん。コリングウッド准将を出したまえ。これは下院議員としての命令だ』
野太い声がスピーカから漏れる。
「立法府である下院議員の方に軍への命令権はありません……」
『話にならん! そういう態度を取るならこちらにも考えがあるぞ!』
リトルトン自身が業を煮やして直接通信してきたのだ。
ホルボーンは通信が切られたことで安堵するが、すぐに頭を抱えたくなる事態が襲ってきた。
星系全体に向けた全方位通信が入ってきたのだ。
『私は下院議員のレジナルド・リトルトンです。本星系での王国軍の指揮官クリフォード・コリングウッド准将の対応に問題があり、星系内にいるすべての方に聞いていただくべく、マイクを取りました……』
やや肥満気味の禿頭の男がメインスクリーンに映し出される。
『国王陛下の護衛戦隊が襲撃されたという事実とスヴァローグ帝国の工作員が見つかったという事実は非常に重大なことでしょう。そのことは私も認めます。しかしながら、既に十日以上も封鎖され、その後に調査した二百八十隻にも及ぶ商船に工作員の痕跡はありませんでした……』
リトルトンのいう通り、第五キョウエイマルを除けば、どの商船からも工作員や破壊活動に関係する情報・物資は見つかっておらず、封鎖は十二日目に入っていた。
『それにもかかわらず、コリングウッド准将は封鎖を解くことなく、後続の船の臨検を続けております。国家の安全を考えることは重要ですが、経済の専門家として言わせてもらうならば、このまま封鎖を続ければ経済活動に重大な影響を及ぼすことは間違いありません……』
リトルトンの指摘は完全な誤りではないものの、誇張が含まれている。七十五億人のアルビオン王国で、三百隻程度の商船が足止めを食らっても王国全体の経済活動から見れば無視できるほどの規模だからだ。
『更に私は議員として早急にアルビオン星系に戻らねばなりません。それを妨害する行為は軍の不党不変の原則に反する行為であり、義父であるノースブルック伯爵を密かに支援していると勘繰られてもおかしくない行為と言えるでしょう』
リトルトンは政治家一家に生まれた六十六歳になるベテラン議員で、二十年以上のキャリアを持つ。同じ代々政治家を輩出しているノースブルック家を一方的に敵視しており、クリフォードがノースブルック家と姻戚関係にあることを理由に攻撃する。
『コリングウッド准将に申し上げる。直ちに本星系の封鎖を解き、正常な運航を回復してもらいたい。この要求を拒否するのであれば、アルビオン星系もしくはキャメロット星系において、特別公務員職権濫用罪で告発させていただく。これは脅しではない。このような職権乱用を許すことは王国の繁栄に影を落とすと確信している』
特別公務員職権濫用罪は司法関係の公務員が職権を乱用して逮捕を行う場合に適用されるが、軍人にも適用される。この場合、不当に職権を乱用して無実の者を拘束したことを指しているが、リトルトンの主張は不当なものだ。
まず明確な脅威として通商破壊艦の乗組員の行方が判明していない。また、明らかに情報漏洩による待ち伏せを受けたことから、後続の商船に臨検を行うことは正当な行為だ。
調査が終わった商船を解放すればよいという意見もあるが、捜査の専門家ではない軍人の調査であり、見逃している可能性は排除できない。そのため、キャメロット星系から派遣されてくる増援によって調査が行われるまでは、調査未完という扱いなのだ。
クリフォードはそれらの見解を同じく全方位で発信した。
多くの船長はクリフォードが正しいと分かっているが、この状況を打破したいと考え、リトルトンの主張に乗って、要求を突きつける。
『リトルトン議員のお考えに賛同する。直ちにジャンプを認めてほしい』
『我々は補償の約束もなく、無為に時間と資源を浪費している。この状態を続けることで受ける損失及び精神的な苦痛に対して、補償を要求する』
それらの主張が多くの船から出されたが、クリフォードの考えは変わらなかった。
「迷惑を掛けていることは慙愧の念に堪えないが、小官は与えられた職務を全うする。よって、本星系の封鎖解除はキャメロット星系から派遣される後続部隊の指揮官が解除を判断するまで有効である」
この主張にリトルトンは激怒した。
『コリングウッド准将に警告する。自身の人気に胡坐をかき、私の要求を拒否するのであれば、貴殿の弾劾を軍に要求するよう、下院で特別委員会を開く。脅しだと思うな』
その言葉にクリフォードは反応しなかった。
しかし、その状況を憂慮した人物がいた。
それはリトルトンの私設秘書、メルセデス・マクミランだ。
マクミランは三十一歳になる金髪碧眼の美女で、弁護士資格を有する才女だ。八月の選挙で立候補する予定であり、ここでリトルトンの醜聞に付き合うことは致命的だと考えた。
(議員の最後の恫喝は危険だわ。恫喝するならオープン回線ではなく、専用回線で准将にだけ伝えるべきだった。これだけの船がいれば、今の声が必ずメディアにリークする。そうなったら任務を全うしようとしている有能な軍人を政治家個人の都合で恫喝したという事実が広がってしまう。特にコリングウッド准将はメディアの寵児。保守党系のメディアが格好の攻撃材料として広めるはず……このままではリトルトン議員と心中することになるわ……)
そこでマクミランはリトルトンを切り捨て、自身の生き残りを図ることにした。
元々、シンシア・マクファーソンらの主戦論が危険だと考えており、今の民主党にいてもいいのかと疑問を持ち始めていたが、次の選挙では民主党が圧倒的に有利であるため、踏ん切りがつかなかったのだ。
リトルトンに対し、特別公務員職権濫用罪が適用できないことを説明し、発言を撤回するよう説得しようとした。そして、そのやりとりを密かに録音し、証拠を残している。
「先ほどの発言は直ちに撤回すべきです。告発すること自体は構いませんが、その後の恫喝は無用です。特に弾劾のことをちらつかせたことは悪手と言っていいでしょう」
マクミランは真面目な表情で冷静に問題点を指摘する。
リトルトンは自らの秘書が反旗を翻すと思っていなかったため、怒りを爆発させる。
「儂に意見するのか、メルセデス! ノースブルックの縁者に媚を売り、保守党に鞍替えするつもりか!」
マクミランは冷静に反論する。
「私は法律の専門家です。議員が誤った解釈をしているのであれば、指摘することが誠実な対応だと思っています。それにこの場で指摘したとしても保守党に鞍替えなどできません。私はあくまで議員のことを……」
「黙れ! ここでコリングウッドが意地になって封鎖を続ければ、商人たちが噂を広めてくれる。それをもって落ち目のノースブルックに止めを刺せば、党内で更に力を得ることができる。その程度のことも分らんのか!」
この時、リトルトンはゴールドスミスが情報を隠蔽したため、マクファーソンが窮地に陥っていることを知らなかった。そのため、国王が襲撃されたというスキャンダルと合わせて、クリフォードの横暴を訴え、更にノースブルックを貶めようと考えたのだ。
マクミランは誠実そうな表情を変えることなく、もう一度訴えた。
「どうしても撤回していただけませんか。あとで問題になる可能性は否定できませんが」
「くどい! お前は議員になりたくないようだな。アルビオンに着いたら、党本部でお前の公認を認めないようにしてやる」
「仕方がありません。法律の専門家として間違ったことを認めることはできませんので」
そう言って頭を下げた。
(今年の選挙は諦めた方がいいかもしれないわね。でも、この情報は使えるわ。ノースブルック伯爵に接触してもいいかもしれない……)
誠実そうな見た目とは裏腹に、彼女は議員を目指すだけでなく、将来王国の舵を取ろうと考えるほどの野心家でもあった。
その後、アルビオン星系に到着次第、私設秘書を辞任すると告げ、リトルトンから距離を置こうとした。
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