第39話

 宇宙暦SE四五二五年六月八日


 政府がシビル星系における国王襲撃事件に関して公表を行った。更に前首相ウーサー・ノースブルック伯爵が安易な主戦論に乗ることは謀略を仕掛けてきたゾンファの思惑に乗ると演説を行い、世論は沈静化に向かう。


 更に国王エドワード八世が声明を出した。


『今回の襲撃事件に関し、私は王国軍の対応に不満を感じていない。奇襲を受けたにもかかわらず、冷静かつ適切な対応により、私の安全が脅かされた事実はないからだ。特に最前線で任務に邁進する下士官兵諸君には頭が下がる思いである。彼らの愛国心、忠誠心の強さは私に大いなる希望を与えてくれた。国家が分断されるような事態は絶対に避けるべきだと思う。拙速な判断を慎み、知性に基づく賢明な判断に期待する』


 国王の談話で世論は更に冷静さを取り戻していく。


 この機に現首相エドウィン・マールバラ子爵は軍の綱紀粛正を発表し、冷徹な軍務卿、パーシバル・フェアファックスが断行を宣言すると、フォークナーらの醜聞も下火になる。


 本来なら民主党のシンシア・マクファーソンらが攻撃するのだが、彼女たちも世論の動向には敏感であり、ここで主戦論や軍批判を展開すると、八月にある選挙で不利になると考え、手控えているのだ。


 特にマクファーソンは政策ブレーンの一人、元作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミスが情報漏洩事件で任意の事情聴取を受けたというスキャンダルにより、完全に動きを封じられた。


(ルシアンナは思ったより使えなかったわ。私が情報漏洩の可能性があると主張していたのに、自らのブレーンがそれに関わっていたなんて恥以外の何物でもない。八月の選挙への影響も計り知れないし、勝てたとしても私が内閣の要職に就ける可能性はほとんどなくなったわね……)


 これまでの世論調査の結果から、八月にある下院議員選挙で民主党が勝利する可能性は高く、政権交代が行われると見られていた。民主党政権になれば、多くのメディアで活躍していたマクファーソンが内閣の目玉として要職に就く可能性は充分にあった。


 しかし、今回のスキャンダルで政権交代の可能性も低下し、国王を危険に晒した者を重用していた彼女に対する風当たりも強くなっている。


(ノースブルックを復権させるきっかけを作ったことが一番の失敗ね。ルシアンナが情報を得たところで軍に通報していれば、私の株も上がったし、保守党に止めを刺すこともできた。あれで王国の戦略を考えていた作戦部長だったのだから、呆れ果ててしまうわ)


 マクファーソンはゴールドスミスを切る決断をした。


 そのゴールドスミスだが、彼女は自らの失敗に落ち込んでいた。メディアに多く出演していた彼女は今回の失敗で大きく叩かれ、弁明の機会すらほとんど与えられなかったのだ。


 これは士官学校首席というエリートが取り返しようのない失敗をしたため、エリートを嫌う民衆に迎合するメディアが執拗に叩いたからだ。


(これで政界進出は難しくなったわ。軍への影響力も失ったし、軍事の専門家としてやっていけるかすら微妙ね……)


 ゴールドスミスは露出を減らし、嵐が去るのを待つことにした。


■■■


 レイモンド・フレーザー少将は艦隊総司令部で必死に弁明していた。


「小官は最善を尽くしたのです。経験の浅いマイヤーズ少将の指揮が不適切で、我が戦隊は戦果を挙げることができなかったことは報告書を見れば明らかです」


 そう言って帰還中に入念に作成した報告書の写しをテーブルに置く。

 総参謀長のウォーレン・キャニング中将は無表情なまま、その報告書を手に取ることなく、テーブルの上に放置する。


「既に君からの報告書は読んでいる。参謀本部にいたとは思えぬ出来で、途中で読む気が失せるほどだったが、一応最後まで読んだよ。その上で言うが、君の主張を認めることはあり得ない」


「どうことですか!」


「まずエルマー・マイヤーズ少将の命令を無視して、S級駆逐艦を先行させなかった点だ。君の主張では待ち伏せを警戒し、ミサイル防衛に有利な比較的近距離に配置したとある……」


 フレーザーはキャニングの言葉を遮る。


「その通りです。実際、あのままの配置であれば、ミサイル防衛に成功していたはずです。しかし、マイヤーズ少将が強引に配置変更を命じてきたため混乱が生じ、更にそのタイミングでミサイルが発射され、迎撃に失敗しました」


 発言を遮られたことに、キャニングは一瞬不快そうな表情を浮かべるが、すぐに元の無表情に戻す。


「混乱というが、配置変更はS級駆逐艦五隻のみ。君の旗艦エクセターを含め、残り十二隻は何をしていたのだ? 発見してから二十秒ほど時間があったはずだ。戦闘記録では君の戦隊の艦は対宙レーザーを発射すらしていない。その理由を説明してくれたまえ」


「即座に命令を発したとしても僅か三秒ほどで抜けられます。そうであるなら、同時に現れた改造商船に対応する方が有効だと考え、そちらを優先しました」


 そう言いながらもフレーザーは額から大量の汗を流していた。彼自身、失態だと思っているためだ。


「話にならん。君の戦隊の任務は国王陛下のアルビオン7を守ることだ。アルビオン7にとって直接の脅威であるミサイルを無視して、射程に入っていない改造商船に対応するなど言語道断だ」


「し、しかし……」


「百歩譲って改造商船に対応することが陛下の安全に寄与するとしよう。だが、君の戦隊は一隻も沈めていないではないか。僅か八隻でしかない第二特務戦隊が三十八基のミサイルを撃ち落とし、五隻の改造商船を無力化している。それに引き換え、重巡航艦二隻を擁する十七隻の君の戦隊は最初に現れた囮の一隻のみを沈めただけで、その後は全く役に立っていない。それも相手は回避能力に劣る無人艦であったにもかかわらずだ」


 フレーザーは言葉に詰まった。キャニングの指摘が正しいことは分かっており、反論できなかったのだ。


「そのことはいい。そもそも君に期待していなかったからな……」


 その言葉にフレーザーが怒りを見せるが、それを無視してキャニングは話を続ける。


「君の戦隊で下士官たちの反乱計画があった。それも君の旗艦でだ。そのことに君は気づいているか?」


「反乱……そのようなことが……あり得ません! 第一、そのような計画が存在したのであれば、司令官である小官に報告があったはずです!」


 キャニングはやれやれという感じで肩を竦めると、強い口調で糾弾する。


「君と旗艦艦長であるレヴィ大佐が信用できなかったからだ! シビル星系で君たちがその事実を知れば、戦隊に大きな混乱が起きただろう。タイミングは改造商船の攻撃に合わせられていたのだ」


「そうであっても改造商船を撃滅した後であれば、小官に知らせるべきではありませんか!」


「別動隊が存在しないと分かっていれば、そうすることもできた。だが、君と旗艦艦長では戦隊の混乱は長期化した可能性が高い。その時、別動隊が襲い掛かってきたら、致命的な事態になりかねなかった。そう考えたから、マイヤーズ少将とコリングウッド准将は極秘裏に反乱計画を阻止した上で、アロンダイトに帰還してから首謀者を拘束させたのだ!」


 その事実にフレーザーは愕然として言葉が出ない。


「君がフォークナー中将の指示で戦隊を編成したことは分かっている。それについて言いたいことはあるか?」


「フォークナー中将は安全な任務だと断言されました。そのため、自分の息が掛かった者に箔を付けさせようとしたのです……」


 フレーザーは力なく答えた。


「旗艦だけではなく、他の艦でも反乱計画があった。フォークナー中将はそういう艦を選んだのだ。そして、彼は護衛戦隊のスケジュールと航路情報を帝国の工作員に渡している。つまり、君は彼に嵌められたのだ」


「そ、そんな……」


「嵌められたとはいえ、君が司令官としての責務を果たしていれば、陛下の安全を脅かすような事態にはならなかっただろう。君の怠慢が陛下の安全を脅かし、軍の威信を失墜させた。この罪は重い。フォークナー中将から何を依頼されたのか、洗いざらい話してもらうぞ」


 フレーザーは観念してすべてを話した。


■■■


 統合作戦本部次長ウィルフレッド・フォークナー中将は未だに黙秘を続けているが、徐々に集まる情報に追い詰められていた。


「フレーザー少将が証言されましたよ。第十一艦隊の独立戦隊に選ばれた艦はすべてあなたが推薦したと。少将は懸念を示したが、中将が戦闘にはならないから問題ないと断言したと言っていました。あれほど不適格な艦長たちを選んだのは陛下のお命を狙うためだったからではないのですか?」


 軍警察MPの捜査官の尋問を受けるが、その問いにも沈黙を貫く。


「黙秘する権利はありますが、ご自身のためにはなりませんよ。既にフレーザー少将の独立戦隊が全く役に立たなかったことは誰もが認めるところです。もし、コリングウッド准将の第二特務戦隊がいなければ、陛下の乗っておられたアルビオン7が危険だったことは公式に認められているのですから」


「コリングウッドだと……」


「ええ。それにあなたが画策した反乱の誘発ですが、それも准将が事前に解決したそうです。あなたと違って准士官以下に支持されているようですね」


 捜査官はそう言って嘲笑する。


「下士官たちに媚を売っているだけではないか!」


「コリングウッド家では、“下士官は艦隊の宝”と言っているそうです。先代のリチャード卿も弟のファビアン卿も活躍されていますから、正しい考えなのでしょう」


 フォークナーはその挑発に乗りそうになったが、すぐに黙秘を続けた。


「そろそろ軍警察MPの管轄から外れるようですよ。フェアファックス軍務卿が軍司法局で直々に調査するとおっしゃっているようですから」


 その言葉にフォークナーは絶望する。


(あの冷徹なフェアファックスが直々に調べるだと……厳格な奴の目をごまかすことは無理だ……)


 フォークナーはガックリと肩を落とした。

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