第33話

 宇宙暦SE四五二五年五月二十日。


 時は十日前、国王護衛戦隊が出港する三日前に遡る。


 キャメロット星系第三惑星ランスロットにある首都チャリスでは、スヴァローグ帝国の工作員、マイク・シスレーがナタリー・ガスコイン少佐から国王護衛戦隊の航路情報を受け取っていた。


「この情報の確度はどうなっている?」


 シスレーは普段の陽気なロンバルディア人シェフの雰囲気を完全に消し、冷徹な工作員らしい表情でガスコインに確認する。

 その表情にガスコインは僅かに怯えながらも答えていく。


「統合作戦本部のフォークナー中将が直接入手されたものよ。間違いはないわ」


「それならいい」


 そう言って去ろうとしたが、後ろからガスコインが声を掛ける。


「これ以上のことは私には無理! もう連絡してこないで……」


 シスレーは彼女を一瞥するが、何も言わずに立ち去った。

 歩きながら今後について考え始める。


(そろそろ潮時のようだな……)


 彼はガスコインが精神的に追い詰められており、誰かに話す可能性が高いと考えていた。また、ウィルフレッド・フォークナー中将が独自に動いているという情報も得ており、そのことも気になっていた。


(ガスコインは胆力がないし、フォークナーは脇が甘い。そろそろ奴らの線からバレるかもしれんな。それにゾンファの連中も信用はできん。俺を王国に売ることで反帝国感情を煽ろうとするだろうからな……)


 シスレーは帝国の工作員の元締めであったが、皇帝アレクサンドルのやり方に不信感を抱き、ゾンファ共和国の謀略に協力することで大金を得て、自由星系国家連合FSUに逃亡することを考えた。


 そのため、シスレーはゾンファの工作員に接触する。

 ゾンファ側はファ・シュンファ元政治局長の命令で王国に混乱を与えようと考えていたため、シスレーの提案に即座に乗った。


 シスレーは大金と新たな身分証を入手したが、皇帝以上にゾンファを信用していなかった。


(すぐにヤシマに逃げるべきだろうな。だが、それだけでは逃げ切れん可能性が高い。少なくとも王国の諜報部を混乱させる必要がある……)


 シスレーは諜報部を掻き回すため、帝国の工作員がアルビオン星系に向かっているという情報を密かに流すことにした。


 しかし、そのまま流せば大規模な捜査が行われ、自分が見つかる可能性がある。そのため、自分が接触していたゾンファ工作員の情報を流し、更に帝国保安局の現地拠点に関する情報もリークすることにした。


 ゾンファ工作員に関する情報を流すのは、ゾンファが自分を消しに掛かる前に混乱させるためだ。また、逃亡先のFSUには多くのゾンファ工作員がいるため、自分の情報が届くことを防ぐ意味もある。


(ゾンファの奴らも俺をここで始末するつもりだろうから、まだFSUに情報は送っていないはずだ。送るとすれば、ここで始末し損ねた時。その前に俺のことを知る奴がアルビオンの諜報部に追い回されれば、逃げる時間は稼げるはずだ……)


 帝国の拠点に関しては、証拠を隠滅したように見せかけて、新たに送り込まれてきた諜報員の情報、すなわち第五キョウエイマルの情報を忍ばせておく。


 タイミングとしては国王護衛戦隊が出発した頃に発覚するようにしておき、アルビオン星系方面の警戒が強くなるように細工することにした。


(国王を狙った後ならヤシマに逃げられないように警戒を強めるだろうが、他の連中がアルビオンに向かったのなら、まずはそっちに注力するはずだ。それに本国には情報をリークしたのはゾンファだと報告しておけば、俺がキャメロットを脱出しても疑われない……)


 大胆なことに、シスレーは帝国とゾンファという二つの巨大な組織を嗾け合うことで、時間を稼ごうと考えたのだ。


(帝国とゾンファがやり合ってくれれば、俺のような小物のことは放置するだろう。放置されなくともロンバルディアまで逃げることは難しくない。あそこまで行けば、新たな人生を送ることができる……)


 既に準備は終わっており、帝国もゾンファも関与していないパスポートを入手し、辻褄が合う履歴データを用意していた。そのため、時間さえ稼ぐことができれば、シスレーの策が成功する可能性は充分にあった。


 シスレーは脱出を実行した。

 自身が経営するロンバルディア料理店は二日前に閉店し、故郷に帰国すると周囲に伝えている。更に自身に関する痕跡をできる限り消し、ヤシマ行の客船に悠々と乗り込んだ。


 彼の作戦通り、王国軍諜報部はゾンファ共和国に属する工作員組織に関する情報を得て、捜査を開始した。


 国王がキャメロット星系を出発する前日である五月二十二日、ゾンファ工作員が検挙された。

 厳しい尋問が行われるが、反乱の誘発や国王襲撃に関しては口を噤み続ける。


 更に匿名の情報により、以前シスレーが訪れた路地裏にあるパブに捜査の手が入った。

 工作員が使ったと思われる端末などは押収できたが、情報はきれいに消去されていた。


 諜報部の研究施設で復元を行ったところ、アルビオン星系に諜報員が向かうという情報と、入国管理局で細工が行われた形跡が見つかった。そして、疑わしきID番号が判明した。


 細工が行われた時期やどの船かは判明しなかったため、諜報部と入国管理局が大規模な捜査を開始したが、通商破壊艦や既に潜入している工作員に関する情報ではなく、新たに潜入してきた諜報員の情報であったため、艦隊には通常の手続き通り、IDに関するデータのみが送付された。


 クリフォードやマイヤーズら国王護衛戦隊に対しても、航路の安全に直結する情報ではないため、データの更新があったという事実のみが通知されただけであった。そのため、この情報と国王襲撃をリンクして考えることはできなかった。


 国王護衛戦隊が出港した後も捜査は続けられ、徐々に情報が明らかになっていったが、シスレーが直接接触したナタリー・ガスコイン少佐やゴードン・モービー一等兵曹に関しての情報は出てこなかった。


 そのため、この件と国王襲撃及び反乱誘発未遂が関係していると判明したのは、国王護衛戦隊がキャメロット星系に帰還し、モービーを厳しく調べた後であった。


■■■


 宇宙暦SE四五二五年六月一日、標準時間二二四〇。


 宙兵隊のマイルズ・ホーナー中尉は部下十名を引き連れ、ヤシマ船籍の貨客船第五キョウエイマルの客室キャビンエリアに入った。


 乗客にスヴァローグ帝国もしくはゾンファ共和国の工作員が潜んでいないか調べるためで、宙兵隊員は彼を含め、完全装備に身を包んでいる。


 案内するのは船長のフリオ・イトウで、ヤシマ人とロンバルディア人のハーフらしく、常に明るい表情でしゃべり続けている。


「この先にレストランとしても使われるラウンジがございます。そこにすべてのお客様が集まっておられます。手荒な真似は控えていただけると……」


「承知している。我々王国宙兵隊は無抵抗の民間人に武器は向けない」


 ホーナーもそれまで調査した五隻の商船で乗客の確認を行っており、慣れてきていた。

 ラウンジは四人掛けの丸テーブルが十五卓ほどあるだけの簡素なものだ。そこには子供から老人まで五十人程度が不安そうに待っていた。


「私はアルビオン王国軍のマイルズ・ホーナー中尉です。皆さんのパスポートの照合を行わせてもらいます。また、その後はそれぞれの客室で所持品の検査も行います」


 所持品の検査という言葉に数人の乗客の顔色が変わる。しかし、大半は旅慣れているのか、それで済むならと達観していた。


 パスポートの照合は登録されているデータと髪の毛等から採取した本人の生体データが完全に合致しているかを確認する。また、入国管理局での入国証明が本物であることも確認される。


 但し、帝国もゾンファも工作員たちが持つパスポートは、ヤシマを始めとした自由星系国家連合FSU各国の本物が使われている。


 ゾンファの侵攻を受ける前のヤシマはスパイ天国と言われ、役所自体に協力者がいたため、戸籍を始めとした個人情報はヤシマ政府が認める公式のものになっている。

 そのため、帝国の諜報員たちも絶対の自信があり、特に構えることなく、宙兵隊に従った。


 宙兵隊の隊員がパスポートを専用の読み取り機で確認していく。

 十人ほどが何事もなく、問題なしとされたが、ビジネスマンらしい中年男のパスポートを照会した瞬間、手配中のIDであるという警告が現れた。


「この男を拘束しろ! 自決用の毒を仕込んでいるかもしれない。口の中も検めろ!」


 屈強な宙兵隊員が男を拘束する。


「やめろ! 私が何をしたと……」


 両手を拘束された上、ハードシェルの頑丈なグローブが口の中に差し込まれ、しゃべれなくなる。


「どうしたのですか! 乱暴はやめてください!」


 船長のフリオ・イトウが抗議するが、ホーナーはライフルを構えて制止する。


「不審なIDが発見された! 他にもいる可能性がある! 確認を終えていない者は両手を頭の後ろに回し、口を大きく開けろ! 抵抗する者は射殺する!」


 まだ四十人ほど残っていた。


「やめて! 私は関係ないわ!」


「子供には関係ないだろう!」


 諜報員とは全く関係ない家族連れなどもおり、ラウンジには子供の泣き声や女性の叫び声が響き、大混乱に陥った。


 その混乱の中、五人の男が崩れるように倒れた。ホーナーが懸念していた通り、歯の間に仕込んでいた自決用の毒を使ったためだ。


「きゃぁぁ! いやぁぁ!」


「何が起きたのよ! 急に倒れたわ!」


 子供や女性が叫び、更に混乱が大きくなる。


「命令に従わない者は殴り倒す! すぐに命令に従え! 但し、子供は別だ! 静かにしていれば何もしない!」


 ホーナーの鋭い声にそれまで泣き叫んでいた女性も大人しく頭の後ろに手を回し、口を開ける。


 その間に更に二人の男が崩れ落ちるが、自決をためらっていたのか、汗を流して挙動不審に視線をさまよわせていた二人の男が、宙兵隊員に殴り倒されて拘束される。


「倒れている者の生体情報バイタルを確認しろ! まだ生きているようなら口から水を突っ込んで吐き出させるんだ! 拘束した男たちは猿轡をかませた上で外に連れ出せ! 船長! すぐに船医をここに呼べ!」


 矢継ぎ早にホーナーは命令を出していく。

 少し落ち着いたところで、クリフォードに連絡を入れた。

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