第32話

 宇宙暦SE四五二五年六月一日、標準時間二二〇〇。


 シビル星系のイオーラスジャンプポイントJP付近では商船の臨検が行われている。

 一隻目のギャラクティック・クレーン号で臨検が行われてから既に丸一日以上が経ち、最後の一隻であるヤシマ船籍の第五キョウエイマルの臨検に入ろうとしていた。


 これほど時間を掛けているのは一隻ずつ入念な調査を行っているためだ。そのため、一隻当たりの調査時間は三時間を超え、途中で休憩も入れているため、一日では終わらなかったのだ。


 時間を掛けている理由は調査のためだけではない。万が一、商船の中に通商破壊艦がいた場合、彼らが焦りを感じて何らかの反応を起こすことも期待している。


 また、パワードスーツとも呼ばれる船外用防護服ハードシェルとブラスターライフルを装備した宙兵隊が無言の圧力を掛ける示威行為も行われ、船内に潜む協力者を威圧することで反応を引き出そうとしていた。


(今のところ別動隊がいる証拠は見つかっていない。もっとも襲撃のタイミングで同じ星系にいるとは思っていないが……)


 クリフォードは国王への襲撃が行われれば、星系が封鎖されることは分かり切っているため、別動隊がいる可能性は限りなくゼロだと考えていた。

 それでも厳しい臨検を行っているのは別の可能性を考えていたためだ。


(国王陛下への襲撃は単なるテロ攻撃ではないはずだ。当然政治的な意図がある。恐らく王国民の反帝国感情もしくは反ゾンファ感情を増大させ、無謀な外征を行わせるためだろう。そのためにはあえて目撃者を作り、噂をばらまくことが有効だ。目撃者の中に敵の協力者がいた方が効果的に情報を拡散できる。それを見つけることができれば……)


 そう考えていたため、国王護衛戦隊の動向を追い、戦闘に関する情報収集を行っていないか調べているが、今のところ見つかっていない。


「フォーブス大尉より連絡が入りました。これより第五キョウエイマルの臨検を行うとのことです」


 ゼブラ626の艦長ケビン・ラシュトン少佐から報告を受ける。


「了解した。慎重に捜査を行うよう伝えてくれ。ゼファーにも油断なく商船の動向を探るよう伝えてほしい」


 ファビアン指揮するZ級駆逐艦ゼファー328は商船の周囲を遊弋していた。これは商船が通商破壊艦であることを想定しているためで、商船の調査を行うために、ほぼ停止しているクリフォード座乗のゼブラ626を守っている。


 ゼブラの戦闘指揮所CICのメインスクリーンには第五キョウエイマルに接舷する大型艇ランチ、アウルの姿が映し出されていた。


■■■


 宇宙暦SE四五二五年六月一日、標準時間二二二〇。


 第五キョウエイマルの船長フリオ・イトウは困惑の表情を隠すのに苦労していた。


(国王襲撃のせいで私の船に臨検隊が入ってくる。どうしたものか……)


 イトウは四十代半ばの商船乗りだ。彼はヤシマ国籍を持つヤシマ人とロンバルディア人のハーフだが、スヴァローグ帝国の諜報組織、帝国保安局の協力者でもあった。


 彼の船、第五キョウエイマルにはアルビオン星系に送り込むためのダジボーグ星系の諜報員約十名が乗り込んでいた。


(偽装は完璧なはずだが、相手はあの“賢者ドルイダス”の愛弟子、“崖っぷちクリフエッジ”だ。この状況で看破されないとも限らない……)


 キャメロット星系とアルビオン星系の港湾当局の役人は買収しているため、審査を通ることに自信を持っているが、王国軍一の切れ者、クリフォードが臨検の指揮を執っていることに危惧を抱いていた。


(それにしてもゾンファの連中も面倒な時に動いてくれたものだ……国王の予定が急遽変わったから一緒になってしまったが、今回は運がない……)


 彼は帝国工作員のキャメロット星系における責任者、マイク・シスレーからは何も伝えられておらず、ゾンファ共和国の工作員が動いていると考えていた。


 また、当初の予定では国王の移動と重ならないように設定されていたが、国王の出発が急遽変更となったため、同時期になってしまったのだ。


「船長、そろそろ大型艇が接舷しますぜ。出迎えに行った方がいいんじゃありませんかね」


 うだうだと考えているイトウに一等航宙士が促す。


「そうだな。うちの連中には絶対に逆らうなと念を押しておけ。万が一、密輸品が見つかりそうでもだ。お前もそうだぞ」


 第五キョウエイマルは大手の商船会社に所属していない独立系の商船だ。そのため、給料が安定せず、乗組員が密輸に手を出すことは日常茶飯事だった。


「見つかるようなヘマはしませんよ。それよりも上手く丸め込んでくださいよ。こっちには後ろ暗いことが結構あるんですから」


 一等航宙士はイトウが帝国の協力者とは知らないが、関税をごまかすために積み荷を過少申告していることは知っている。


 イトウはドッキングベイのあるエリアに到着すると、甲板員らに注意を与えた。


「王国軍には絶対に逆らうな。密輸品が見つかっても関税法違反で済むが、抵抗すれば国王暗殺の実行犯としてその場で殺されるかもしれんのだ。いつもとは全く状況が異なる。そのことは肝に銘じておけ」


 それだけ言うと、いつもの愛想笑いを浮かべてエアロックが開かれるのを待つ。


 エアロックが開放されると、完全武装の宙兵隊員が駆け込み、ブラスターライフルを構える。その中の一人、マイルズ・ホーナー中尉が鋭い声を発した。


「キャメロット第一艦隊第二特務戦隊のマイルズ・ホーナー中尉だ。国王陛下護衛戦隊への攻撃に関与している疑いがあるため、これより臨検を行う!」


「私はこの船の船長、フリオ・イトウと言います。王国軍の方々に協力しますので、何卒穏便にお願いします」


 イトウの懇願にもホーナーは応じることなく、鋭い視線を向けていたが、ゆっくりとライフルを下ろす。


「協力するならこちらも手荒なことはしない。我々の指示には絶対に従ってほしい」


 それだけ言うと、部下にライフルを下ろすように命じた。

 それでも宙兵隊員たちは警戒を緩めることなく、周囲を探っている。


 その後、ゼブラの副長マーシャ・フォーブス大尉が十一名の部下を引き連れ、エアロックから入ってきた。


「私はHMS-G2612626ゼブラ626の副長、マーシャ・フォーブス大尉です。船橋ブリッジ及び機関制御室RCRで航行データ等を収集します。非協力的な態度は互いのためにならないと考えてください」


 イトウはそれに愛想笑いで答える。


「もちろんです」


「これより宙兵隊が乗客のパスポートのIDを確認します。客室キャビンに案内を頼みます。それから貨物室カーゴ内の調査も行いますから、それにも協力するように」


「承知しております。お手柔らかに……」


 フォーブスはもみ手をしそうな勢いのイトウを見て、いかにもヤシマ人らしい対応だなと考えていた。


(典型的なヤシマ商人ね。独立商船だから密輸品くらいは見つかりそうだけど、この船も外れのようね……)


 彼女は五隻の船の調査を行ってきたが、いずれも国王襲撃に関わる情報は見つからなかった。但し、積み荷の中に登録されていない品があったり、明らかに自家消費分を超える量の香辛料や茶葉などがあったりと密輸が疑われる品を見つけている。


 フォーブスの班は船橋で航行データなどの収集を始めた。

 ホーナーは宙兵隊員の半数をエアロック付近に待機させた上で、残りの隊員と共に客室に向かった。


 第五キョウエイマルはヤシマ製の標準的な百万トン級貨客船だ。このタイプの貨客船は貨物室の一部が客室エリアになっており、そこに客室ユニットを設置することで乗客を運ぶ。


 これは客室ユニット数を変えることで、乗客の増減に対応するためで、乗客が少ない場合は客室ユニットを外し、空いたスペースに貨物を入れることで効率化を図っている。


 イトウは諜報員がいる客室の方で対応するため、ホーナーの班に同行している。本来なら船の責任者として船橋にいるべきだが、理由を説明していた。


「船橋はベテランの航宙士がおりますので問題はございません。それよりもお客様が不安に思われますので、こちらで対応させていただきます」


 この対応は一隻目のギャラクティック・クレーン号でもあったため、ホーナーも特に疑念は抱かなかった。


 客室エリアに入ると、貨客船らしいシンプルな作りの通路が現れる。


「お客様にはラウンジに集まっていただいております。全部で五十二名。ロンバルディアの方が三十八名、残り十四名がヤシマの方です……」


 イトウは汗を拭きながら、説明していった。

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