第31話
キャメロット第一艦隊第二特務戦隊から派遣されたZ級駆逐艦ゼブラ626とゼファー328はシビル星系内のイオーラス
既に六隻の商船がJPから約百光秒離れた宙域に待機していた。この六隻は国王護衛戦隊に先行可能な高速商船であり、すべてJP付近に到着している。
「アルビオン王国軍キャメロット防衛第一艦隊第二特務戦隊司令のクリフォード・コリングウッド准将である。当星系において、我が国の国王エドワード八世陛下に対する暗殺未遂事件が発生した。実行した者はロンバルディア船籍の六隻の商船団であることが判明している……」
クリフォードは冷静な口調で説明を続けていく。
「実行犯である乗組員は事前に脱出しており、現在行方が判明していない。そのため、小官は当星系を管理するアルビオン王国政府及び軍の代表者として、司法警察権の行使を決定した。各船に王国軍士官及び宙兵隊を派遣する。当局の捜査に協力することを命じるとともに、反抗的な行動を採った場合には断固とした処置を行うと明言しておく。なお、当星系はキャメロット政府からの正式な命令が届くまで封鎖する。以上」
この命令は星系全体に流されており、六隻の他に新たに到着した十隻の商船にも届いた。
六隻の商船のうち、一隻から返信が届く。
『私はギャラクティックトランスポーター社のギャラクティック・クレーン号船長、ノーマン・ゴールトンと言います。コリングウッド准将にお尋ねしたいことがあります』
ギャラクティックトランスポーター社はアルビオン王国の大手商船会社で、ギャラクティック・クレーン号は大型貨客船として、アルビオン星系からキャメロット星系、更にはヤシマ星系の間を運航している。
ゴールトンは四十八歳のベテラン船長で、普段は乗客に対し柔らかい笑みを浮かべているが、今はそれを消し真剣な表情だ。
『国王陛下の安全が脅かされたことに関し、我々も大いに憤り、そして憂慮しています。ですので、捜査に全面的に協力するつもりですが、キャメロット星系からの命令を待っていれば、半月以上もここで足止めされることになります。この状況に関しての補償はどのようにお考えか、それをお伺いしたい』
「補償については小官に交渉の権限がないため、アルビオン星系もしくはキャメロット星系にて軍務省と協議してもらいたい」
『では、エネルギー及び食料等の補給物資の消耗分の補給について、途中のラトーナ星系で行えるよう、約束していただきたい。我々商船も物資に余裕があるわけではありませんので』
ラトーナ星系はキャメロット星系とアルビオン星系の中間にあり、王国軍の補給拠点がある。民間船の場合、故障や海賊の襲撃を受けたような特殊な事情がなければ利用できない。
そのため、ゴールトンは軍の命令で補給物資が浪費されるなら、利用を許可してくれと言ってきたのだ。
「その点については約束しかねる。エネルギーや食料などの消耗品が心許ないのであれば、キャメロット星系に戻ることを推奨する」
『それは無責任ではありませんかな。軍に協力するのですから、補償まで考えていただきたいものです』
ゴールトンはそう言って更に粘るが、クリフォードは再度拒否する。
「小官は国王陛下暗殺未遂に関する調査を命じられただけであり、損失補填に関する権限を持たない。交渉したいのであれば、キャメロットから派遣される部隊の長と行うべきだ。但し、その部隊長がそれらの権限を持っていると約束はできないが」
クリフォードの言葉は正しいが、彼が頑なに認めなかったのは軍施設である補給拠点への破壊活動を懸念したからだ。
国王襲撃が成功しようがしまいが、この星系で足止めされることは確実であり、それを口実に補給拠点への攻撃の機会を手に入れようとしている者がいないとも限らないためだ。
取り付く島がないと思ったのか、ゴールトンは肩を竦める仕草で諦める。
『了解しました。私どもの船はいつでも捜査を受け入れます。できればお客様が不安を持たせないよう、配慮していただければと思います』
「積極的な協力の申し出に感謝する。乗客及び乗員が捜査に協力するのであれば、配慮するように命じよう。但し、非協力的な場合はその限りではないことは周知していただきたい」
妥協する姿勢を示さないことにゴールトンはもう一度肩を竦めた後、了承した。
クリフォードは他の商船にも通信を行った。
「これより捜査のための人員を送り込む。捜査に非協力的であれば、より厳しい態度で当たることになる。国王陛下及び王国の安全のため、積極的な協力を期待する」
六隻の商船から渋々という感じで了承の返事が届く。
「コリングウッド艦長、ゼファーは商船群の周囲を遊弋し、万が一ゼブラが攻撃を受けた場合は即座に敵を攻撃せよ。ラシュトン艦長、士官二名と下士官兵十名程度で商船の捜査を行え。ホーナー中尉、宙兵隊は捜査班の護衛を頼む。また、敵性勢力を発見した場合は確実に無力化せよ」
既に捜査に関する事前打ち合わせは終わっており、クリフォードは命令を伝えた。
副長であるマーシャ・フォーブス大尉指揮する捜査班十二名と、マイルズ・ホーナー中尉率いる宙兵隊二十名は
そして、ギャラクティック・クレーン号に向かった。
■■■
フォーブス大尉らが商船の臨検に向かった頃、小惑星帯ではスループ艦オークリーフ221とプラムリーフ67による探査が行われていた。
ごく低速で小惑星帯を舐めるように探査し、既に丸一日以上経過している。
スヴァローグ帝国の通商破壊艦戦隊の指揮官ミーシャ・ロスコフ大佐は、小惑星である岩塊の陰に隠れる大型艇の操縦席で、外部センサーから得られる情報を見つめていた。
(敵のスループ艦がしつこいな。まあ、国王を暗殺しようとした俺たちを探すのだから分からんでもないが……今のところ他の連中も見つかってはいないようだが、これだけ綿密にやられると気が滅入ってくるな……まあ、俺たちも慣れてはいるんだが……)
ロスコフを始めとする通商破壊艦部隊はステルス性能をフルに使って待ち伏せする作戦が多い。また、
但し、通常は反撃手段を持つ通商破壊艦で潜んでいることが多く、いざとなったら一矢報いることができるが、今回はほとんど武装を持たない大型艇であり、見つかったらそこで終わりという状況に精神的に疲労を感じ始めている。
ロスコフはそのことに気づいており、部下たちの士気を保つための工夫をしているが、他の五艇とは連絡を取り合うことができないため、不安が大きくなりつつあった。
(まあいい。このままいけば、あと一日で奴らの探査範囲から脱出できる。そこまで行ければ、部下たちの士気も上がるだろう……)
ロスコフは通常航路から離れるように静かに艇を移動させていた。そのため、襲撃宙域から通常航路に向けて捜索しているスループ艦から徐々にだが離れている。
本来なら通常航路に近いところで待機し、救出部隊に拾ってもらうのだが、一ヶ月や二ヶ月では王国軍は諦めないと考え、できるだけ距離を取るようにしたのだ。
通信封鎖をしているロスコフは知り得ないことだが、この時、他の五艇も同じように判断し、通常航路から離れるように移動している。
(いずれにしても敵に見つけられる可能性はほとんどない。これだけ広大な宙域に僅か二隻では砂漠の中から砂金の粒を見つけるようなものだからな……)
小惑星帯には直径数十メートル程度の岩塊は無数にある。更に細かい砂状の物質も多く、電波や光、荷電粒子を使った
そのため、二百万トン級の大型艦であっても静止状態であれば、一光秒(約三十万キロメートル)の範囲ですら発見は難しい。今回は全長で十分の一、体積では三桁以上小さい大型艇であるため、通信を行うなどの大きなミスさえなければ、発見される可能性はほとんどない。
ロスコフはスループ艦が去ったことを確認すると、部下たちを鼓舞するために操縦席を後にした。
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