第30話
マーシャ・フォーブス大尉率いる調査班が改造商船ヴェロニカに接近し終えた時に遡る。
クリフォードはZ級駆逐艦ゼブラ626の
「ロンバルディア船籍の商船か……確か先行する船団があったはずだな。クリスティーナ、確認してくれ」
戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐に命じた。
オハラはすぐにコンソールを操作し、報告を始める。
「ロンバルディア船籍のヴェロニカですが、我々より二時間前、五月三十日の〇一〇〇にジャンプアウトしております。キャメロットで得た情報では六隻の二百万トン級高速商船で船団を組んでいたようです」
「二百万トン級高速商船が六隻か……数も合うな。ヴァル、ヴェロニカの
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に星系内の航路情報を確認させる。
「確認できました。ヴェロニカはアンナ・ヴァニア、エリザベッタ、マッダレーナ、マリア・ローザ、ロザンナと共に船団を組んでおります。IFFでは小惑星帯を抜け、第三惑星軌道上を通過中です」
「ダミーを飛ばしているな……他に情報はないか?」
「船団長はアンナ・ヴァニア号のジャン・カルロ・スパツィアーニ船長。ヴェロニカの船長はダヴィデ・ロマーニとあります。積み荷はロンバルディアの高級ワインと蒸留酒のグラッパ、ヤシマのサケと工作機器用精密機器とあります」
クリフォードはすぐに国王護衛戦隊のエルマー・マイヤーズ少将に連絡を入れた。
「調査結果を報告します。大破漂流中の改造商船はロンバルディア船籍のヴェロニカ号。六隻の船団を組み、IFF信号は継続発信中。念のため、民間船の
マイヤーズの戦隊とは既に二十光分ほど離れているため、すぐに実行に移す。
艦長であるケビン・ラシュトン少佐に命じた。
「ラシュトン艦長、民間船に対し、星系内に留まるよう命令を出してくれ。我が国への重大な敵対行為が判明したため、キャメロット第一艦隊第二特務戦隊司令クリフォード・C・コリングウッド准将の名で当星系を封鎖する。期間はキャメロット防衛艦隊から解除命令が届くまで。また、
「
「ヴァル、イオーラスJPの情報通報艦に連絡を入れてくれ。敵通商破壊艦が強引にFTLに入る可能性がある。イオーラス星系へジャンプする艦を除き、JPから退避せよ」
国王護衛戦隊が襲撃を受けたという情報はマイヤーズから情報通報艦に伝えられ、イオーラスJPとキャメロットJPからそれぞれ一隻ずつが速報を運ぶべく、FTLに入っている。
その後、マイヤーズから了解の返信が届いた。
『コリングウッド准将の命令を全面的に支持する。調査を続行し、適切な措置を望む』
更にフォーブスから調査結果が届き、無人であったこと以外、新たな情報は得られなかったことをマイヤーズに報告した。
「改造商船ヴェロニカの調査完了。乗員の姿は確認されず。無人船として運用されていた模様。船内システムにアクセスするも情報は得られず。これより、ゼブラ626とゼファー328はこれよりイオーラスJPに向かい、当星系を航行している民間船の臨検を行う。また、オークリーフ221及びプラムリーフ67は小惑星帯内で通商破壊艦部隊の乗組員の探査を実施する」
既に四十光分近く離れていることから、今回も返信を待つことなく、各艦に命令を出した。
「本艦とゼファーはイオーラスJPに向かう。オークリーフとプラムリーフは小惑星帯内で通商破壊艦部隊の乗組員の探査を実施せよ。指揮はオークリーフのドイル艦長が執れ。恐らく襲撃場所から通常航路の間のどこかに潜んでいるはずだ。後続船とのランデブーポイントに向かう可能性を考慮しつつ、探査を実行せよ」
それぞれの艦から了解する旨の返事が届く。
「ラシュトン艦長、イオーラスJPに向けて加速を開始してくれ」
「
「構わない。既に私は少将の指揮下から離れ、改造商船部隊の情報を得るために独自で行動している。戦隊に復帰せよという命令が来ない限り、本作戦については私に指揮権がある」
「
ラシュトンは面白くなってきたと思い、明るい声で了解した。
■■■
スヴァローグ帝国の通商破壊艦部隊の指揮官、ミーシャ・ロスコフ大佐は
(“
クリフォードが星系全体に放送を行っており、ロスコフもそれを聞いていた。
(ヴェロニカが自爆できなかったのが痛いな。全滅したと思ってくれれば、それほど長く調べなかっただろうからな……)
計画では無人艦は攻撃を受けた後、一定時間で自爆することになっていた。しかし、ヴェロニカだけは対消滅炉の制御装置が完全に破壊されて自爆シーケンスに入れなかった。更にバックアップで用意してあった複数の自爆装置も機能せず、船体が残ってしまった。
本来であれば、五百テラワット級の対消滅炉が自爆すれば、船は瞬間的に現れる恒星並みのエネルギーによって跡形もなく消滅し、証拠は全く残らない。バックアップ用の起動用核融合炉の暴走でも船体のほとんどが蒸発し、証拠が残る可能性は非常に低い。
もし、その状況であれば、船団のIFF信号でばれるまで時間を稼ぐことができ、小惑星帯から離れ、通常航路上にあるトロヤ群に隠れることができただろう。
(証拠になるものは何も見つからないはずだが、誰も乗っていないことはすぐにばれる。そうなるとしつこく調べられるだろうな……十日後に拾ってもらうのは難しそうだ。次は一ヶ月後か……物資は足りるが、部下たちの心が心配だな。王国も威信にかけて捜索隊を送り込むだろうし、狭い艇内ではストレスが溜まる……)
大型艇は全長三十メートルほどで、標準的な定員は五十名程度。星系内での移動でもよく使われることから、数日程度は普通に使われる。簡易ではあるが、空気や水のリサイクルシステムを持ち、脱出ポッドより居住性はいい。
今回は一回目の回収が難しいことを想定し、一ヶ月後に二度目の回収、更に三度目の回収が三ヶ月後に計画されていたため、物資などは充分に用意されている。
しかし、大規模な捜索が行われる可能性が高い。いかにステルス性を高めた大型艇であっても発見される可能性は否定できず、強いストレスを感じると考えていた。
(長丁場になるから士気の維持に気を遣わねばならんな。他の艇でも考えてくれればいいのだが……)
六艇の大型艇は発見されるリスクを考慮し、分散して移動している。また、通信も封鎖しており、連絡を取る手段がない。
「大佐、敵のスループがこっちに来ますぜ」
パッシブセンサーによる監視を行っていた下士官が報告する。
「気にするな。岩の陰に隠れている俺たちを見つけるには、アルビオンのスループなら一光秒以内に近づかなきゃならんのだ。それでも確実に見つかるわけじゃない。のんびり酒でも飲みながら奴らの働きを見てやろう」
ロスコフはいつも以上に陽気な声を出していた。
ダミーの積み荷である高級ワインなど酒をカーゴエリアに大量に積み込んであった。これは長期にわたる潜伏でのストレス軽減策だった。
「そうですね。酒はたんまり積んでますし」
そう言って下士官はニヤリと笑う。
周りでも同じように不敵な笑みを浮かべている者が多く、ロスコフは何とかなると心の中で安堵していた。
「最悪の場合は三ヶ月もここで粘らなきゃならんのだ。身体を壊すような飲み方はするなよ」
そう言いながらも兵が持ってきたワインのボトルを受け取る。
「四五一〇年物か。俺たちの給料なら一生飲めないようなワインだな。ラッパ飲みするのはもったいないが、さすがにグラスまでは持ち込んでいないから仕方ないだろう」
そう言って豪快にボトルに口を付ける。
「ふぅぅぅ、こいつは美味ぇな」
「ズルいですぜ、大佐。俺たちも飲ませてくださいよ」
お調子者の若い兵士がそういうと、艇内に笑いが起きる。
「監視要員は酔い潰れるなよ。目覚めたらスループが目の前ってはシャレにならんからな」
ロスコフの言葉に再び部下たちが沸いた。
(とりあえず今は大丈夫だな。これをどこまで維持できるかだが……)
陽気な顔でワインを飲みながら、ロスコフは不安を押し隠していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます