第34話

 宇宙暦SE四五二五年六月一日、標準時間二二五〇。


 クリフォードはZ級駆逐艦ゼブラ626の戦闘指揮所CICで、臨検の指揮を執っていた。


 宙兵隊の隊長、マイルズ・ホーナー中尉のウエラブルカメラとマイクから、第五キョウエイマルに工作員がいたことを知った。


 すぐにも命令を出したいと考えたが、混乱に輪を掛ける可能性があるため、ホーナーからの報告を待つ。

 ホーナーもそのことに気づいており、状況が落ち着いたところで報告を行った。


『第五キョウエイマルにおいて、パスポートのIDに異常がある不審な者を発見しました。取り調べようとしましたが、七名が自殺、三名を拘束しました。現在、残りの四十二人についてパスポートの確認を行っております』


「よくやってくれた、ホーナー中尉。乗客の調査を終えたら、所持品を調べてくれ。そこにイトウ船長はいるか?」


はい、准将イエッサー。目の前におります。スピーカーモードに切り替えます』


「よろしい。イトウ船長、私の声が聞こえているか?」


『聞こえています。何が起きたのでしょうか?』


 ホーナーのカメラに映るイトウは眉尻を下げ、途方に暮れたという表情を浮かべている。


「敵性勢力の関係者が潜んでいたようだ。第五キョウエイマルはこれよりアルビオン王国軍が接収する。対消滅炉リアクターを停止の上、船員及び乗客をそのラウンジに集めてくれたまえ。あとのことは接収の指揮官の指示に従うこと。以上だ」


『接収……ですか? 拿捕されたということで?』


「そうだ。敵性勢力の関係者を輸送していた疑いがある。キャメロット星系に回航し、調査を行う。パスポートに問題がない乗客には申し訳ないが、彼らも完全な無実であると証明されたわけではない。不自由を掛けるが、容疑を掛けられている者という自覚を持つように伝えてくれ」


 イトウはガックリと肩を落とす。


「ホーナー中尉、乗員をそこに収容する。宙兵隊員の一部を船橋ブリッジ機関制御室RCRに回してほしい」


了解しました、准将アイアイサー!』


 クリフォードはホーナーとの通信を切ると、船橋ブリッジで調査を行っている、マーシャ・フォーブス大尉に繋ぐ。


「乗客の中に敵性勢力の工作員らしき者を発見した。当船は軍の指揮下に入る。直ちに対消滅炉リアクターを停止させてほしい」


了解しました、准将アイアイサー。船員は拘束しますか?』


「抵抗するようなら拘束していい。船橋ブリッジ機関制御室RCRに宙兵隊員を向かわせている。彼らと合流した上で、船員はすべて客室キャビンエリアにあるラウンジに向かわせてほしい」


了解しました、准将アイアイサー。回航の指揮は小官ということでしょうか?』


「君には後続の商船の臨検の指揮を任せたい。回航要員はゼファーから送り込む。それまでは君が指揮を執ってほしい」


 フォーブスが了解すると、クリフォードは通信を切った。

 ゼブラ626の艦長ケビン・ラシュトン少佐に声を掛ける。


「ラシュトン艦長、今後のことを艦長室で協議したい」


了解しました、准将アイアイサー。それにしても、まさか工作員がいるとは思いませんでしたよ」


「そうだな。それより軍医ドクターに確認しておいてくれないか。毒を仕込んだ工作員を長期間拘束しておく方法があるかを」


「了解です。帝国にしろゾンファにしろ、どっちの工作員も厄介ですからね。病室で拘束した上で、全身麻酔で眠らせておくくらいしかないと思いますが」


 それだけ言うと、指揮を戦術士に任せ、CICを出ていった。


「ヴァル、コリングウッド艦長に繋いでくれ」


 副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐に命令する。


了解しました、准将アイアイサー。ゼファーのCICに繋ぎました」


 すぐに通信が繋がり、指揮官用コンソールにファビアンの顔が映し出される。


「後ほどヴァーチャル会議を行うが、その前に状況だけ伝えておく。第五キョウエイマルに敵性勢力の関係者十名が潜んでいた。そのうち七名は毒を呷り自害。三名を拘束した。第五キョウエイマルは我が軍の管理下に入り、回航要員を送り込む。回航要員は君の艦から出してほしい。二十分後に会議を行うから、それまでに決めておいてくれ」


了解しました、准将アイアイサー。回航要員を選抜しておきます』


「よろしく頼む」


 それだけ言うと、通信を切った。

 クリフォードはコンソールを操作した後、考えをまとめるため、目を瞑る。


(国王陛下を襲撃した通商破壊艦戦隊とどう繋がるのだろうか? 陛下への襲撃が行われれば、こうなることは分かり切っていたはずだ。まだ何か罠が隠されているのだろうか……)


 常識的に考えれば、襲撃が実行により厳しい臨検が行われることは誰にでも想像できる。


(連携していなかったということか? 帝国とゾンファが別々に行動し、偶然同じタイミングになった……こんな偶然があるものなのだろうか?……考えても答えは出ないな。今は対応方針を考えるべきだろう……)


 クリフォードはゆっくりと立ち上がった。


「クリスティーナ、パスポートのIDに関して、詳細な情報がないか調べてくれ。そこにヒントがあるかもしれないからな」


 戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐に命じる。

 オハラは既に調べており、すぐに報告する。


「調べてみましたが、帝国保安局の工作員が使っていた拠点で最近見つかったもののようです。詳細情報はありませんが、アルビオン星系に向かう可能性があると記載されていました」


「帝国の工作員か……了解した」


 それから第五キョウエイマルに関する情報を再確認し、今後の方針の概略を頭の中で組み立てていく。


(百万トン級の高速商船か……典型的な独立商船だな。個人の旅行者と大手じゃ受けないような小口の積み荷を短納期で輸送する……何が積まれているのか、リストを一見しただけでは分からないほど種類があるな……)


 大手の商船会社にも高速船はあるが、基本的には低速の大型船が多い。これは輸送コストを下げるためには、同じ機関出力でより多くの貨物を運べる低速船の方が有利だからだ。


 但し、大型船に積み込む貨物を揃えるには大口の顧客が必要だ。しかし、大口の顧客は頻繁に輸送を依頼するため、多数の船を定期的に運航する必要があり、必然的に大型低速船を保有するのは大手の会社ということになる。


(危険物があるという情報はないが、最悪の場合は自爆されることも考えておくべきだろうな。あのイトウ船長にそこまでの気概があるようには見えないが、工作員を見た目で判断することは危険すぎる……)


 ヤシマ人とロンバルディア人のハーフであるフリオ・イトウは愛想笑いが似合う船長だ。

 また、ラウンジで工作員が見つかった際もオロオロするだけで何もできないという印象が強かった。


(いずれにしても第五キョウエイマルを可能な限り、現状を保ったままキャメロット星系に運ぶ必要がある。ここにはいないが、キャメロットなら諜報部のプロがいるからな……)


 そんなことを考えていると、オハラが声を掛けてきた。


「そろそろ時間です」


 クリフォードはオハラとホルボーンを引き連れて艦長室に向かった。中に入ると、ラシュトンが既にヴァーチャル会議システムを起動しており、ファビアンの3D映像が映し出されていた。


「今後のことで協議したい。キャメロットから増援が来るのは早くても十二日後の六月十三日辺りだろう。それまでに更に多くの商船がこの星系に入ってくることは間違いない。オークリーフとプラムリーフには脱出した改造商船の乗組員を探させるから、この二隻で臨検を続けることになる」


 そこでラシュトンが発言する。


「宙兵隊はどうされるおつもりですか? 第五キョウエイマルの監視に回すとなると、半数程度は必要ですが」


「私もその認識だ。臨検に回せる人員は減るが、その分、近接戦闘が得意な掌帆手ボースンズメイト掌砲手ガナーズメイトを増やせば、対応は可能だろう。問題は第五キョウエイマルをどうするかだ。ここに留めておくより、キャメロットに送った方がいいと思うが、意見が欲しい」


 その問いにファビアンが発言する。


『単独での回航を行うためには、八十名近い人間の監視と操船要員が必要となります。そうなると、少なくとも士官四名、准士官二名、下士官兵三十名は必要ですから、二隻の駆逐艦から抽出するのは厳しいと思います。一方、監視だけでしたら、宙兵隊十名に加え、士官二名と下士官兵十名で対応できます。増援を待ち、我々が帰還する時に同行させる方がよいのではないでしょうか』


 ファビアンの意見にラシュトンも賛成する。


「私もコリングウッド艦長の意見に賛成です。現在別動隊はいないようですが、通商破壊艦の乗組員を回収する船が来る可能性があります。戦闘の可能性は低いですが、ゼロではありません。戦闘力を落とすようなことはできるだけ避けるべきと考えます」


 二人の意見を聞き、クリフォードは頷いた。


「二人の意見が妥当だな。証拠隠滅にだけ注意し、第五キョウエイマルはこの場に留めておこう」


 それから第五キョウエイマルの扱いや、今後の臨検の方針について協議を行った。

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