第6話
クリフォードとファビアンはキャメロット星系第三惑星ランスロットにある星系首都チャリスに降り立った。
そこには彼らの家族が待ち受けていた。
彼らの妻は二人とも幼子を抱いていた。クリフォードたちがスヴァローグ帝国に向かった後に生まれた子供たちだ。
クリフォードの妻ヴィヴィアンの横には五歳半になる長男フランシスがいる。
「お帰りなさい、あなた。エリザベスよ」
ヴィヴィアンはそう言って生後半年になる長女エリザベスを優しく手渡した。
クリフォードは我が子を抱きながら妻と抱擁する。
「一人でよく頑張ってくれた。ありがとう」
そういった後、足元にいるフランシスに視線を落とす。
「フランシスもいい子にしていたようだな。偉いぞ」
「はい!」
クリフォードの横ではファビアンが妻と子を一緒に抱いている。
「お帰りなさい、あなた……」
「無事に帰ってきたよ。その子がウイリアムだね。立ち会えなくてすまなかった」
アンジェリカは二ヶ月前の十一月に第一子ウイリアムを出産している。
「少し不安だったけど、両親も一緒にいてくれたし、ヴィヴィアンさんも気にかけてくださったから問題はなかったわ」
クリフォードたちの周りでも同じように家族と再会し、喜びあっている者たちがいた。
その中には新婚で任務に就いたサミュエルの姿もある。彼は妻キャサリンと抱き合いながら、無事に帰って来られた喜びを噛みしめていた。
それぞれの再会を周囲の人々は温かい目で見ているが、不満げな表情の者たちもいた。
彼らは艦隊縮小の余波を受け、近々艦を下ろされる可能性が高い下士官たちだ。
二十代の技術兵なら政府の支援策を使って再就職することは難しくないが、二十年近く艦隊という狭い世界にいる三十代半ばの下士官たちにとって魅力的な再就職先はなかなかなかった。軍に残りたいが、残れない彼らはクリフォードたちのことを羨んでいる。
「英雄様のご帰還か。コパーウィートに媚を売って手に入れた地位だが、この先も続くとは思わないことだな」
エマニュエル・コパーウィート軍務卿は積極的に軍縮を進めている。そのこと自体は財政の健全化のために必要なことだが、彼は軍需産業からの収賄疑惑があり、議会やメディアから大きく叩かれていた。
ウーサー・ノースブルック首相はコパーウィートを辞任させ事態を収拾しようと考えたが、コパーウィートは辞任を拒否した。彼自身は収賄容疑で起訴されることはないと自信を持っており、ここで身を引くことは認めることになるためだ。
ノースブルックは更に説得を行おうとしたが、運悪く国王ジョージ十五世が倒れ、キャメロット星系から王都のあるアルビオン星系に戻らなければならなくなった。
その結果、コパーウィートの問題を棚上げせざるを得ず、それが軍を追い出される将兵の不満を増大させ、内閣支持率を下げる結果を招いている。
クリフォードたちは不満を持つ者たちに気づくことなく、官舎に戻っていく。
不満を持つ下士官たちに近づく者がいた。
第十一艦隊の徽章を付けた三十代半ばの一等兵曹で、名はゴードン・モービー。軍服を着崩し、不敵に笑う姿は模範的な下士官とは言い難い。
「エリート様にはそのうち退場してもらおうぜ。そうすりゃ、コパーウィートの野郎も辞めざるを得んだろうからな」
「退場と言っても帝国もこれ上は手を出してこないだろうし、コパーウィートもクリフエッジの野郎を国外には出さんだろうしな」
「それに通商破壊艦と戦うこともないだろう。あの戦隊は哨戒艦隊じゃないんだからな」
その意見にモービーはニヤリと笑う。
「常識的に考えれば、国内に入り込んだ通商破壊艦や海賊を相手にすることはないだろう。だが、あいつは“
その意味ありげな言葉に下士官たちは首を傾げていた。
その頃、コパーウィートは軍務省の自室で今後のことを考えていた。
(クリフが無事に戻ってきたようだな。彼を上手く使ってメディアの目を逸らさねばならん。だが、今回のことは外務省の管轄だ。マールバラからもパレンバーグが戻るまで動くなと言われている。ここで彼の意見を無視すれば、首相が戻る前に辞任に追い込まれてしまうだろう。あの男は目的のためなら何でもする男だからな。しかし、どうしたものか……)
彼は傍から見るほど余裕があったわけではなく、切羽詰まっていた。本来であれば、自分が設立に大きく関与したクリフォードの第二特務戦隊の活躍を大々的に公表し、メディアや国民の目を逸らすつもりだった。
しかし、外務卿であるエドウィン・マールバラ子爵から、スヴァローグ帝国に対する戦略を決める前に勝手に動くなと釘を刺されており、動けずにいるため焦っているのだ。
マールバラは外務卿という立場であり、対外政策の責任者だが、ノースブルックが不在の間、前線であるキャメロット星系で内閣の責任者として首相代理となっている。
本来であれば、内閣は首都星オベロンがあるアルビオン星系にいるのだが、ゾンファ及び帝国への対応が必要であることから、前線に近いキャメロット星系に常駐している。
マールバラだが、彼は“カミソリ”の異名を持つほど怜悧な政治家であり、厚顔無恥なコパーウィートといえども無視することはできなかった。
(まあいい。今回は特使代理のグリースバックが大きなチョンボをしている。その点を突けば、マールバラも私の要望を無下にはできまい……)
今回の帝国での事件はテオドール・パレンバーグ伯爵の暗殺未遂から始まった。その暗殺を依頼したのが、特使代理となったグラエム・グリースバック伯爵の父、ダドリーだ。
また、グラエムは特使暗殺未遂という大事件が起きたにもかかわらず、外交使節団の訪問を中止ないし延期しなかった。
それどころか、ゾンファ共和国の工作員から賄賂を受け取り、通商破壊艦である商船の同行まで許している。クリフォードが警戒したため、艦の喪失は免れたが、綱渡りの状況だった。
(グリースバックのミス、すなわち外務省のミスで二十名以上の未帰還者を出した。この借りは大きいはずだ。頑固者のマールバラといえども、こちらに配慮せざるを得んだろう……)
コパーウィートは国益を何よりも重視するマールバラへの対応に苦慮していた。政治的な取引を申し出ても一切受け付けない態度に、手の打ちようがなかったのだ。
(明後日にはパレンバーグが戻ってくる。その後は早急にクリフに接触すべきだな。彼なら軍内の融和のために骨を折ってくれと言えば、内心はどうであろうと協力してくれるはずだからな)
彼はそう考え、その後の対応策を検討し始めた。
コパーウィートが利用しようとしているグラエム・グリースバック伯爵だが、帰還と同時に外務省の一室に軟禁された。
今回の失態があまりに酷く、事実をありのまま公表すれば、外交使節団の副団長に指名したノースブルックの責任を追及する声が上がることは必至であり、より詳しい情報を持つパレンバーグが戻るまで、事情聴取という理由で外部との接触を禁じられたのだ。
しかし、事情聴取は事実関係を再確認するだけの形式的なものだけで、その後は放置されている。
グリースバックは軟禁されている部屋の中で頭を抱えていた。
(生きて帰ってくることはできた。だが、私の失態は取り返しようがない。どうしてあのような愚かなことをしてしまったのだろうか……)
元々能力は高くなかったが、彼の能力が大きく劣っているわけではない。比較対象がマールバラやパレンバーグという有能な男たちであったため、周囲の評価が辛かったのだ。
(父上も馬鹿なことをしてくれた。パレンバーグを暗殺しようとするなど、成功しても発覚すれば私の将来は滅茶苦茶になるのだ。暗殺を指示した男の一族で大きな失敗を犯した私を誰も擁護してくれないだろう……)
グリースバックは頭を抱えて俯き、嗚咽を漏らしていた。
そして、もう一人軟禁状態の者がいた。
元第七艦隊司令官オズワルド・フレッチャー大将だ。
フレッチャーはクリフォードに意趣返しをするため、ヤシマのジャーナリスト、オサム・ホンダと名乗ったゾンファの工作員に外交使節団のスケジュールを渡した。これが通商破壊艦戦隊による襲撃を成功させる原因の一つになっている。
現役の大将がゾンファの協力者になったという事実は統合作戦本部、艦隊司令本部、軍務省に強い衝撃を与えた。コパーウィートですら、この事実を自らのスキャンダルの目くらましに使うことを躊躇っているほどだ。
当のフレッチャーもホンダがゾンファの工作員に繋がっている可能性は薄々感じていたものの、これほど直接的な手段をゾンファが採ってくるとは思っていなかった。
(嫌がらせ程度はすると思っていたが、まさか通商破壊艦戦隊を派遣するとは……これで私のキャリアはおしまいだ。私は何という愚かなことをしたのだろうか……)
フレッチャーは総司令官解任を受け、第九艦隊司令官アデル・ハース大将と共にクリフォードに恨みを抱いた。ハースはともかく、クリフォードに対しては作戦を成功させる原因を作っただけで完全な逆恨みだ。
(不作為とはいえ、結果として二十七名が戦死した原因を作っている。不名誉除隊だけでなく、スパイ防止法で検挙されることは確実だ。遺族から損害賠償請求をされることも……フレッチャー家は破滅する……)
暗殺を依頼したわけでもなく、単に情報を漏らしただけだが、ゾンファの工作員に情報が渡る可能性に気づいていたことが大きな問題となる。
外交使節団の安全を配慮すべき、軍上層部の者がその地位でしか得られない情報を流したことはスパイ行為というより、国家に対する反逆と言っても過言ではない。
アルビオン王国のスパイ防止法では最高刑は終身刑だ。また、故意に情報を流し、死者が出ていることから、遺族から損害賠償請求の訴訟が起こされることは間違いない。
このような不名誉な状況であり、男爵家であるフレッチャー家は爵位と財産をすべて失う可能性が高かった。
フレッチャーは何度か自殺を試みたが、重要な証人である彼を失うことがないよう、監視されていたため、すべて失敗している。食事を摂らないことで命を絶とうとしたが、強制的に軍病院に入院させられ、拘束された上で点滴を打たれ、それも失敗していた。
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