第7話

 宇宙暦SE四五二五年一月十九日。


 クリフォードらが帰還した二日後、帝国への外交使節団特使テオドール・パレンバーグ伯爵がキャメロット星系に戻ってきた。


 前年の八月に毒物による暗殺未遂で寝たきりの状態が続き、完全な健康体に戻ったとは言い難い状況だが、彼は移動の疲れをものともせず、外務卿であるエドウィン・マールバラ子爵と協議を行う。


「今後の方針について、私の考えを聞いていただきたいと思います」


 情報は先行して送ってあったため、単刀直入に話を始める。

 マールバラは次代の王国外交を背負って立つと言われている俊英の意見を聞きたいと思い、即座に頷いた。


「まず、一番の問題は帝国だと考えています。皇帝の臣下が大きな失態を犯しながら、ただ単に謝罪を受け取って終わらせることは皇帝アレクサンドルの力を増大させるだけで、我が国にとって全く益がありません。皇帝に責任を取らせ、藩王ニコライと相争う状況を作るためには、私の暗殺未遂事件とグラエム・グリースバック伯爵が犯したミス、そしてコリングウッド准将暗殺未遂事件を帝国が企んだこととして、皇帝の力を削ぐことが重要だと考えます」


 そこでパレンバーグはマールバラを見るが、表情が変わっていないため話を続ける。


「具体的にはダドリー・グリースバック前伯爵が行ったとされる私への暗殺依頼については、帝国が行ったものとして噂を流します。また、コリングウッド准将についても同様ですが、こちらは既に実行しております。いずれも証拠が明確ではありませんから、告発までは無理ですが、積極的に噂を流すべきでしょう」


 パレンバーグ暗殺未遂は実行犯が捕まり、供述が取れているが、自白剤を使用したことから証拠としての能力はない。


 また、クリフォードへの暗殺未遂についても実行犯がゾンファ共和国の旧体制派に属する工作員というところまでは判明したものの、背後関係までは追えていなかった。


「その点については私も同じ意見だ。君への暗殺についても自白剤による証言であるから、前伯爵ダドリー卿を告発できない。第一、彼は病に侵されているとはいえ、有能な政治家だ。彼の名を騙って暗殺を依頼し、ノースブルック政権を揺るがす謀略という可能性は否定できぬのだからな」


 マールバラはダドリーと付き合いが長く、パレンバーグ暗殺を依頼したという情報自体が、王国に対する謀略でないかと疑っている。


「おっしゃる通りです。グリースバック伯爵についても帝国の謀略によって操られたとし、帝国を告発します。帝国軍が攻撃してきたのですから信憑性は高いですし、グリースバック伯が証言すれば、皇帝が行ったと言っても疑う者は少ないでしょう。それに伯爵の行動はあまりに稚拙で愚かですから、我が国の外交官が操られたとした方が信憑性はあると思います」


 その言葉にマールバラは首を横に振る。


「言わんとすることは理解するが、これに関しての答えはノーだ。グリースバック伯の失態は証拠が揃いすぎている。ここで適正な処分を下さなければ、国民を欺くことになる。それにこのことを知っている外務省の職員は少なくない。信賞必罰を徹底せねば、職員の士気を大きく削ぐことになる」


「しかし、政権への攻撃材料に使われてしまいます。外交使節団の副団長に指名したのはノースブルック首相なのですから」


「確かにそうだが、リークしたら取り返しがつかない。グリースバック伯爵については得られた証拠から適切に処分を行い、そのことを公表すべきだ」


 その言葉にパレンバーグは考え込む。


「……確かにリークした際のリスクは大きいですね。あれだけの失態を見せ、その情報に触れている者も多いのですから、隠しても漏れる可能性は否定できないということですか……了解しました。この点については閣下のお考えに従います」


 マールバラの懸念を聞き、パレンバーグも納得せざるを得なかった。


「これ以上政権の評判を落とすようなことは避けるべきだと思っている。帝国に関しては政府として正式に謝罪と補償、そして原因の究明を明らかにするよう要求した上で、皇帝の責任を追及する。このことを大々的に発表した上、早急に新たな特使を派遣する。これでこの件はよいと思うが、もう一つ懸念がある」


「軍務卿のことでしょうか?」


 パレンバーグはすぐに軍務卿エマニュエル・コパーウィート子爵のことを口にした。コパーウィートは収賄のスキャンダルから世間の目を逸らしたいと考えているためだ。


「そうだ。彼が独自に動く前に手を打つべきだと思うが、何をしてくるのか自信がない。君の意見を聞いておきたいと思っている」


「コパーウィート閣下ならコリングウッド准将を使って派手なパフォーマンスをするでしょう。今回のことは皇帝が仕組んだことであり、それに対応できるよう、優秀な彼を外交使節団の護衛に任じたのだとメディアに叫ぶことでしょうね」


「やはり君もそう思うか……コリングウッド准将は確かに優秀だし、今回のことで彼以外が司令であったなら全滅していたことは確かだ。しかし、彼はノースブルック首相の義理の息子であり、あまり持ち上げすぎることは首相が利用していると勘繰られる。そうなれば、更に内閣の支持率を下げることになりかねん」


「ならば、准将に関してメディアに情報を流すことを制限するようにしてはいかがでしょうか?」


 マールバラはパレンバーグの意図が分からず首を傾げる。


「確かにメディアに流せなければ、軍務卿も派手に称賛はできんが……」


「准将の暗殺の黒幕は皇帝である可能性が高いと思われます。そして、帝国の工作員が再び狙う可能性もゼロではありません。英雄である彼を失うことは我が国の損失。エルフィンストーン艦隊司令長官とヘイルウッド統合作戦副本部長に准将のメディアへの出演の自粛と休暇中の彼の所在は明らかにしないように要請しましょう。軍務卿も制服組の要請を無下にはできないでしょうし、准将もゆっくりと休めるでしょうから」


 パレンバーグはクリフォードが休暇中、メディアに追い回されることになると考え、そのような提案をしたのだ。

 そのことに気づいたマールバラが静かに微笑む。


「君も意外に人がいいのだな」


 その言葉にパレンバーグが苦笑する。自分でも感情で動いているという自覚があるからだ。


「彼には借りがたくさんありますから。シャーリア星系のこともありますし、今回も長年苦楽を共にした私のスタッフを無事に連れ帰ってくれました。彼には感謝しかありません」


「その思いは私も同じだよ。彼が慎重かつ大胆に対処してくれたから、我が国は窮地に陥らなかった。外交使節団が全滅していれば、懲罰的な意味で帝国への出兵は回避できなかっただろうからな。ゾンファに対しても同様だ。艦隊を派遣するかはともかく、懲罰的な行動を採らざるを得なかった。そうなったら我が国は泥沼に嵌まったはずだ。それを防いでくれた彼に大いに感謝している」


 そこでパレンバーグは表情を引き締める。


「准将に関しては彼に責任がない敵が多い気がします。リンドグレーン大将もそうでしたし、今回のフレッチャー大将も准将が国のために最善の行動を採ったことに対し、逆恨みに近い形で敵意を向けています。一時軍務卿の副官をしていた関係からコパーウィート派と見られていますから、その線でも敵を作っています」


 クリフォードは少尉に任官した際、第一艦隊司令官であったコパーウィートの副官となっている。そのため、コパーウィートとそりが合わない者から敵視されていた。

 マールバラも事情を理解しているため小さく頷く。


「確かにそうだな」


「現在はエルフィンストーン提督やハース提督、ヘイルウッド統合作戦本部副本部長など、強力な後ろ盾がありますからよいですが、首相に対する悪感情が彼に向かえば、あの逸材を失うことにもなりかねません」


「その点については同意だな。そういう意味でも軍務卿と距離を取らせることはよいことだろう」


 そこであることを思い出したのか、マールバラは個人用情報端末PDAを操作する。


「フレッチャー大将の処分がまだのようだな。コリングウッド准将を利用できないとなると、軍務卿がフレッチャー大将のことを槍玉に上げてメディアの目を逸らそうとするかもしれないな。何といっても懲罰は軍務省の管轄なのだから」


 アルビオン王国軍は実働部隊である艦隊司令本部、戦略を検討し作戦を立案する統合作戦本部、軍政を司る軍務省で構成される。


 軍務省には国防司法局という軍人を対象とした司法機関があるため、軍務卿であるコパーウィートが取り仕切ることはおかしな話ではない。


「しかし、現役の大将が贈収賄や人事絡みの不祥事以外で起訴されることは前代未聞です。軍の信用問題に直結しますから、予備役に回された下級士官や下士官兵の不満はますます強くなるでしょう」


 マールバラは苦虫を噛み潰したような表情で頷く。


「その通りだ。しかし、軍務卿がそのことを考慮するとは思えん。自身の疑惑から目を逸らすためなら軍の威信がどうなろうと構わないと考えそうだ」


「ならば、内閣として対応するしかありませんね。これほどのスキャンダルですから、アルビオン星系に移送し、国防委員会で処分を決定する必要があるとすれば、ここで断罪することはできません。メディアや国民の目を逸らすという目的に合致しませんから、軍務卿も無駄に騒ぐことはないでしょう」


 国防委員会は首相が長となる国家安全保障の最高意思決定機関だ。シビリアンコントロールの観点から国家の方針を決定するだけでなく、軍務卿、統合作戦本部長、艦隊司令長官の三長官の任命や賞罰も諮られる。


 実質的な最高位である大将フルアドミラルの地位を持つフレッチャーを処分するなら、国防委員会で諮るというのはおかしな話ではない。


「その方針で行くしかないな。軍務卿には私から話しておこう」


 その後、マールバラはコパーウィートにその旨を伝えた。


「王国軍の人事は軍務省の所掌だが、外務卿がなぜ口を出すのか」


 不機嫌そうな表情でコパーウィートがマールバラに詰め寄る。


「先ほども言った通り、大将の地位にある者が敵性勢力に情報をリークし、国家と同義である外交使節団を危険に晒したのだ。軍務省だけで決めてよい話ではない。それに今は首相代理として話している。不服があるならノースブルック首相に直接伝えてもらえないか」


 冷たい目で見つめられたことで、コパーウィートも交渉は無理だと諦める。


「とりあえず、首相代理の提案ということで了承するが、私は納得していない。ノースブルック首相には必ず抗議するからな」


 捨て台詞を吐くが、マールバラは意に介すことなく頷く。


「承知した。では、フレッチャー大将の身柄は司法省に移す。このことは国家の安全に直結する。不用意に情報が漏れないよう軍務省でも注意していただきたい」


 メディアにリークしようとしていたコパーウィートは機先を制され頷くしかなかった。

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