第5話

 宇宙暦SE四五二五年一月十七日。


 クリフォードの副官、ヴァレンタイン・ホルボーン少佐が艦隊司令長官らを前に発言の許可を求めた。一介の少佐が艦隊司令長官や総参謀長を相手に発言することに、サミュエル・ラングフォード中佐とクリスティーナ・オハラ中佐は驚きを隠せない。


「艦隊の将兵の不満に関してですが、どのような状況でしょうか? 我々がキャメロットを出発した半年前でも艦隊内部の不満は大きかったと思います。特に下士官は満足できる再就職先も少なく、強い不満を感じているでしょう。ゾンファ艦隊ほど酷くはないと思いますが、准将が仕掛けたゾンファ艦隊への謀略を我が国に仕掛けてくる可能性はないでしょうか?」


 第二次タカマガハラ会戦において、クリフォードは不満を持つゾンファの下士官兵に反乱を促し、最後の最後で逆転するきっかけを作る策を提案し、実行されている。

 ホルボーンの質問に、ハースは僅かに表情を曇らせる。


「以前より酷くなっているわ。政府もいろいろと救済策を出しているのだけど、艦隊勤務になじんでいる下士官たちが満足できるものが少ないから。反乱が起きるとは思わないけど、既に暴動も起きているし、危険な状況であることは間違いないわね」


「小官がゾンファの謀略担当なら、下士官たちを唆して反乱を起こさせます。ゾンファの通商破壊艦戦隊は我が国のミサイル防衛戦術を真似ておりました。彼らは思った以上に我が国を研究しており、准将がヤシマで行ったことをそのまま我が国に仕掛けてくる可能性は十分にあると考えます」


 そこでライアン・レドナップ作戦部長が疑問の声を上げる。


「我が軍とゾンファ軍では下士官の待遇が全く違う。不穏分子がいないとは言わんが、反乱が起きたとしてもすぐに鎮圧できるはずだ。艦隊に残ることが決まっている下士官たちもここで放り出されたくないだろうからな」


はい、少将イエスサー。そのことは小官も理解しています。ですが、ゾンファや帝国にとって反乱が成功する必要はないのです。鉄の規律を誇るアルビオン王国軍で反乱が起きたという事実があればよいだけですから」


「反乱の実績があればいいというのはどういう意味だろうか?」


 ウォーレン・キャニング総参謀長が質問する。その問いにホルボーンは即座に答えた。


「先ほどの政治の話ではないですが、現政権を打倒するために使えるのではないかと考えます。千二百年に及ぶ我が国の歴史において、艦隊で反乱が起きたことは一度もありません。その不名誉な事実があれば、政権交代を促すことができるはずです」


「なるほど。不満を持つ者は以前からいたし、横暴な艦長に対して集団で抗議したことはあったが、艦が奪われるような事態に陥ったことはない。軍に残っている者や軍を支持している者も保守党のやり方が間違っていると考え、見限るかもしれないということか……しかし厄介なことだな。これだけ不満を持つ者が多いと未然に防ぐことは難しいだろう……」


 キャニングの言葉に多くの者が頷く。


「総参謀長閣下のおっしゃる通り、いたずらに動けば逆に刺激することにもなりかねません。工作員たちを接触させないことは必要ですが、彼らと地道に話し合うことが最善の手と考えます」


 ホルボーンの答えにエルフィンストーンが大きく頷いた。


「そうだな。下士官たちを疑うことは敵の思惑に乗ることになる。少佐、よく指摘してくれた」


 その後、更に意見交換が行われ、解散となった。


 司令長官室を出た後、サミュエルがホルボーンに話しかける。


「少佐は凄いな。あの面子を前に堂々と意見が言えるのだから」


「そんなことはありませんよ。内心ではドキドキしてあまり覚えていないんですから」


 そういってホルボーンは笑っている。


「ヴァルはよくやってくれているよ。その調子で私に代わってくれるとありがたいのだけどね」


 クリフォードがそういうと、ホルボーンは真顔で首を横に大きく振る。


「それは無理ですよ! 政略・戦略・戦術の天才、“崖っぷちクリフエッジ”の准将の代わりなんてできません!」


 そこでサミュエルはホルボーンの肩に手を回しながら混ぜっ返す。


「クリフだって本格的に注目され始めたのは少佐になった後だぞ。あの時は総参謀長だったハース提督がクリフの戦略・戦術研究論文を見て注目されたと聞いているんだ。だとすれば、君が彼の代わりになることもあり得ない話じゃないよ」


 その言葉にホルボーンは大きく肩を竦める。


「それはありませんよ。それを言ったら中佐の方が有名になるんじゃないですか?」


「どういうことだ?」


 サミュエルはホルボーンから離れて首を傾げる。ホルボーンはそこでニヤリと笑った。


「ダジボーグで准将はアラロフ補佐官に中佐の能力を低く見積もることは危険だと断言なさいました。ですので、帝国が警戒する一人に中佐はなっていると思いますよ。そうであるなら、我が軍でも中佐の意見を聞こうということになると思いますね」


 ホルボーンの冗談交じりの意趣返しに、サミュエルが慌てる。


「そんなことは聞いていないぞ! クリフ、それは本当のことか?」


「確かに言ったな。アラロフ補佐官はサムでは私の代わりにならないと言ってきたからね。だから、ラングフォード中佐が私の代わりにならないと断言できるほどの情報を持っているのかと聞いたよ。あの時は帝国の情報収集能力を確認する意味もあったが、私は本心で言っている。だから信じたんじゃないか?」


 そう言って笑った。


「おいおい、そう言うことは教えておいてくれよ」


 サミュエルが苦笑すると、周囲から笑い声が上がる。

 そんな感じで和やかな雰囲気だったが、クリフォードには懸念があった。


(バートとラシュトン少佐の処遇はどうなるのだろうか……艦隊を縮小している状況で新たな艦を与えてもらえる可能性は低いのだが……)


 旗艦キャヴァンディッシュ132とZ級駆逐艦ジニス745はダジボーグ艦隊のリヴォフ戦隊との戦いで自沈している。


 圧倒的に不利な状況で善戦しており、本来であれば新たな艦が与えられるのだが、艦隊を縮小し、予備役への編入が進む中、バートラム・オーウェル中佐とケビン・ラシュトン少佐がそのまま予備役になる可能性は高い。


(あの場で聞く話ではなかったが、気になるところだ。それを言ったら第二特務戦隊の扱いもどうなるか気になるところだが……)


 第二特務戦隊は軍務卿のエマニュエル・コパーウィートが創設を提案して編成された。今回の帝国での戦闘は回避できるものではなく、圧倒的に不利な状況で未帰還者が少なかったことから、艦隊内では好意的に見る者が多いが、コパーウィートが失脚することは確実であり、第二特務戦隊も解散される可能性は充分にあった。


(いずれにしてもキャヴァンディッシュとジニスの乗組員が不利益にならないように動かなければならないな……)


 そんなことを考えていたが、その懸念はすぐに解決した。

 臨時旗艦グラスゴー451に戻ったところで、第一艦隊司令部から艦の補充の連絡が来ていたのだ。


『HMS-E0101132キャヴァンディッシュ132の艦長バートラム・オーウェル中佐は、HMS-E0102772フロビッシャー772を軍工廠より受領せよ。また、HMS-G2613745ジニス745艦長ケビン・ラシュトン少佐は、HMS-G2612626ゼブラ626を軍工廠より受領せよ。なお、乗組員はそのまま引き継ぐものとし、欠員については後日配属される予定である……』


 その連絡を受けたクリフォードはヤシマの兵員輸送艦から降りていたバートラムとラシュトンにそのことを伝えた。


「君たちの新しい艦が決まったようだ。バートにはキャヴァンディッシュ級フロビッシャー型772番艦、ケビンにはZ級ゼブラ型626番艦だ。工廠から送り出されるまっさらなふねだ。もちろん休暇の後に受領するが、先に伝えておこう」


 その言葉にバートラムが満面の笑みを、ラシュトンが安堵の表情を浮かべる。


「このまま予備役かと覚悟していたんだが、ありがたいことだ」


「自分も同じですよ。このご時世で新たな艦をもらえるなんて思ってもみませんでしたから」


「私としても助かるよ。バートには引き続き旗艦艦長をやってもらいたかったし、ケビンの手腕を失うのは惜しいと思っていたからね」


 その後、他の艦のオーバーホールの調整を行い、第二特務戦隊には一ヶ月間の特別休暇が与えられることとなった。


 クリフォードは弟のファビアンと共に家族が待つ第三惑星ランスロットの首都チャリスに降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る