第49話

 サミュエルらとの一回目の会談を終えた後、藩王ニコライ十五世は側近であるティホン・レプス上級大将とニカ・ドゥルノヴォ中将を交え、今後の協議を行っていた。


「今回の件は余にとって最後のチャンスだろう。アレクサンドルが命じるはずはないが、愚かなダジボーグ人のお陰でようやく隙ができた。あとはダジボーグとアルビオンがどう踊ってくれるかだ」


 先ほどまでの親しみやすさは消え、いつも通りの傲慢な表情で呟く。


「誰かがコリングウッドを殺してくれれば最高ですな。若き英雄の死を悼み、皇帝陛下に正義を説く。まさに英傑たる陛下・・に相応しいと思いませぬか」


 レプスが本来皇帝にしか使えない“陛下”という尊称を使い、ニコライを持ち上げる。

 その言葉にドゥルノヴォが異を唱えた。


「コリングウッド准将が易々と殺されるとは思えません。恐らくアラロフ補佐官と交渉し、部下たちの安全を勝ち取っているでしょう」


 レプスは自分の意見が否定されたことに怒りの表情を浮かべる。

 しかし、彼が言葉を発する前にニコライが口を開いた。


「余もドゥルノヴォの意見に同意だ」


 その言葉にレプスが首を傾げる。


「それはなぜなのでしょうか? アラロフは情に流されるような男ではありませんが?」


「ラングフォードらが交渉の場に出てきたことが証拠だ。恐らく、コリングウッドが指示したことだろう。ダジボーグの暴挙を知らしめるため、余に正確な情報が届くよう優秀な部下を派遣したのだ」


「なるほど。自らはアラロフとの対決に専念するために腹心であるラングフォードをこちらに送ったと」


「そうだ。実際グリースバックなる外交官はあたふたとしているだけだったが、ラングフォードだけでなく、参謀やコリングウッドの弟も落ち着いておった。恐らく何か別の策を授けられていたのだろう。だが、余が同情を示したことで仕切り直した。そんなところだろう」


「それで合点がいきました。一介の駆逐艦艦長が陛下の御前に出るのは不自然であると思っておったのです。さすがは陛下ですな。ご慧眼に感服いたしました」


 そう言ってレプスは再びニコライを持ち上げる。

 ニコライは満足そうに頷くと、ドゥルノヴォに視線を向けた。


「そなたはコリングウッドと縁がある。ラングフォードがこの後、何を言ってくるか、考えはあるか?」


 ドゥルノヴォは僅かに逡巡した後、口を開いた。


「才無き身には分かりかねます」


 そう言って頭を下げるが、ニコライは更に問う。


「今、僅かにためらいがあった。何か思うところがあるのではないか?」


 ドゥルノヴォは表情を変えることなく、口を開いた。


「具体的な話ではございませんが、コリングウッド准将がここにいないことが気になります。部下の安全を勝ち取るためだけならよいのですが、彼は目的を達成するためには自らの命を賭けることをためらいません。実際、主君たる王太子を守るため、自らが先頭に立ち、軽巡航艦に突入しております……」


「そのようなことがあったな」


 ニコライは当時のことを思い出し、誰に言うでもなく呟く。

 ドゥルノヴォはその呟きに気づくことなく、自らの考えを整理しながら話を続けた。


「彼なら自らの命と引き換えに帝国に混乱をもたらし、祖国の安全を勝ち取るようなことを考えていたとしてもおかしくはありません……非才の身には何一つ具体的なことは思いつきませんが」


「命懸けで帝国に混乱をもたらすか……なるほど。あり得そうな話だが、これだけ離れていては手の打ちようがない。次の会談では警戒しておいた方がよいだろう。よく話してくれた」


 そう言って傲慢なニコライにしては珍しくドゥルノヴォを褒める。

 彼はこの後、ドゥルノヴォをスヴァローグ艦隊への工作に使うつもりでいた。そのため、ドゥルノヴォの忠誠心を刺激することを考えたのだ。



 翌日、再び会談の場が持たれた。

 サミュエルはアルビオン王国に早急に情報を送るため、直ちに帰還すること、更には自由星系国家連合FSUの各国にも情報を提供し、外交ルートを通じてダジボーグ政府に抗議を行ってもらうと説明した。


「……コリングウッド准将はシャーリアを始め、ロンバルディア、ヤシマにおいても重要人物とみられております。各国が直ちに外交官を派遣してくれることは想像に難くありません。藩王閣下にはその点も考慮していただき、皇帝陛下に進言をお願いしたいと思っております」


 ニコライは真面目な表情で頷く。


「余はこれ以上、帝国が愚かな真似をせぬよう、行動を起こす。そのことを貴国だけでなく各国政府に伝えてほしい」


「承りました。閣下が正義のために立ち上がってくださったという事実を正しく伝えるつもりです」


 その後、今後の予定について話を始めた。


「先ほどもお伝えしましたが、補給が終わり次第、直ちにシャーリア星系に向けて出発したいと考えております」


 ストリボーグ星系からキャメロット星系までは六十四パーセク(約二百八光年)の距離があり、情報通報艦によるリレー方式でも情報が届くには二ヶ月以上掛かる。


「余も既に動き出しているが、卿らも早急に動いた方がよいだろう。シャーリア星系までの航行の安全は余が保証する」


 ニコライはサミュエルが大した提案をしなかったことと、FSUからの抗議が届くようにすぐに出発することを認めた。



 サミュエルらが出発のために立ち去った後、ニコライは嘲りの言葉を吐く。


「仕切り直したが、大した策はなかったようだな。事態を打開するために、本国への連絡を優先することに決めたようだ」


 その言葉にレプスが同意する。


「おっしゃる通りですな。それに陛下・・の思惑通りに派手に噂を広めてくれそうです」


 二人の話を聞きながら、ドゥルノヴォは沈黙を保っていた。


(FSUが騒ぐことを喜んでよいのだろうか? 確かに皇帝陛下の権威を落とすためには有効だが、帝国に大いなる混乱をもたらすことになる。藩王閣下はラングフォード中佐、いや、コリングウッド准将に踊らされているのではないか……)


 そう考えるものの、意見を求められることはなく、そのことを口にしなかった。



 十月四日。

 サミュエル率いる第二特務戦隊はシャーリア星系に向けて出発した。


 シャーリア星系の手前まで護衛艦が付くことになり、航宙の安全は確保された。

 出発後、サミュエルは特使代理のグラエム・グリースバック伯爵に面会する。


「既にお分かりだと思うが、小官は一刻も早くヤシマに向かえるよう、戦隊各艦の整備と補給の指揮を執らなければならない。FSUの各星系政府との交渉は特使代理殿にお任せする」


「私に各国政府との交渉を……それも出発準備が終わるまでの短時間で……」


「その通りだ。交渉が上手く進むようなら、武装商船を引き込んだことについて有利な証言をしてもいい。例えば、アラロフ補佐官の狡猾な罠に嵌まっただけだというような」


「本当か!」


 その言葉にグリースバックが驚く。以前、戦隊を危機に陥らせた罪で銃殺にすると脅されていたためだ。


「無論事実に反する証言はできない。だが、調査結果に対する考察は小官が作ることになる。これならばある程度の匙加減は可能だ」


「わ、分かった! 全力で当たらせてもらう!」


 グリースバックは帰国と同時に拘束され、反逆罪や騒乱罪などで告訴されることを恐れていた。


 実際、それだけのことを行っており、帰国することが憂鬱だった。

 そんな状況であったため、サミュエルの言葉に希望を持つ。



 十月二十八日。

 第二特務戦隊はシャーリア星系に到着した。


 当初の計画でもストリボーグ星系からシャーリア法国に向かう予定であったが、旗艦キャヴァンディッシュと駆逐艦ジニスの姿がなく、多くの艦が損傷を受けた状態で現れたことにシャーリアの人々は驚く。


 第四惑星ジャンナに到着すると、グリースバックは導師イマームであるアフマド・イルハームと会談する。


 グリースバックの会談に先立ち、サミュエルはシャーリア法国軍のトップである軍法官カザスケルに会い、状況の説明と護衛艦の手配を依頼する。


「……皇帝アレクサンドルが何をしてくるか分かりません。我が戦隊は既にミサイルも尽き、多くの艦が損傷しております。貴国軍の支援をお願いしたいと考えております」


 それに対し、軍法官カザスケルは即座に了承した。


「コリングウッド准将と貴官には我が国の危機を救っていただきました。貴官らの安全は我が軍が保証します」


 グリースバックも導師との会談を無事に終えた。彼の能力が開花したわけではなく、サミュエルが軍法官と事前に調整し、承認するだけの会談であったためだ。


 到着から僅か三日後、戦艦を含む約三百隻の艦隊が護衛に着くという異例の状況で、第二特務戦隊は超空間に突入していった。

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