第50話

 十月三日。


 サミュエルが藩王ニコライ十五世と会談を行っている頃、ダジボーグ星系の有人惑星ナグラーダでは、クリフォードと皇帝アレクサンドル二十二世との会談が行われようとしていた。


 ディミトリー・アラロフ補佐官との会談後、クリフォードは旗艦艦長バートラム・オーウェル中佐らと合流できたものの、要塞衛星スヴェントヴィトでの軟禁は継続されていた。


 外部との接触が禁じられ、クリフォードはまだ危険な状態は脱していないと危機感を持っている。そのため、バートラムと副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に自らが捕らえられ、処刑された場合の指示も密かに出していた。


 会談の場はスヴェントヴィトの会議室であり、皇帝への謁見という雰囲気はなかった。また、そこにはアレクサンドルの他には秘書官と艦隊司令官、護衛が数名だけで、アラロフの姿はなかった。


 アルビオン王国側もクリフォードの他にはバートラムとホルボーンの二人が同行しているだけだ。


「久しいな、コリングウッド准将」


 アレクサンドルは余裕の笑みを浮かべて話しかけた。


 二年前、ダジボーグ星系会戦後の停戦協定では、第九艦隊旗艦インヴィンシブル89号が会場に選ばれている。艦長であったクリフォードはアレクサンドルを出迎えており、面識があった。


「ご無沙汰しております。このような形で再びお会いするとは思いませんでしたが」


 クリフォードはそう言って笑みを浮かべる。


「今回のことだが、リヴォフ少将の私怨による暴走と判明した。そのような者に護衛任務を命じた、我が国の責任は逃れられぬと思っている……」


 いきなり自らの非を認めたことにクリフォードは内心で驚いていた。


(国家としての体面を気にして、この場では非を認めないと思ったのだが意外だ。これならば早期に帰国も可能かもしれない。まあ楽観することはできないが……)


 クリフォードは狡猾な皇帝が何の策もなく、自分たちを帰国させるとは思っていなかった。

 アレクサンドルはその間にも話を始めていた。


「……主犯たるリヴォフは自ら命を絶った。そのため、余の代理人たる補佐官とダジボーグ艦隊総司令官を罷免し、直属の上司たるソーン星系哨戒艦隊司令官のガウクもその任を解くことで、責任を取らせることにした。しかし、それだけで済ませられる問題でもない……」


 そこでアレクサンドルは厳しい表情に変える。


「……確かに諸君らは被害者である。だが、被害者だからと言って我が国の臣民の生命が脅かされるようなことを認めるわけにはいかぬ!」


 クリフォードはやはりそう来たかと思ったが、口に出すことなく大人しく聞いている。


「……コリングウッド准将がラングフォード中佐に託した策はアラロフより聞いている。その策は藩王ニコライ殿と余との仲を裂き、帝国に混乱をもたらすものだ。帝国を預かる皇帝として看過できようはずがない! 破壊工作と断定し、その罪を償わせる必要がある!」


 そこでアレクサンドルは呼吸を整え、ゆっくりとした口調で話を続ける。


「救助した者のうち、ほとんどが破壊工作には関与していないだろう。このような策を考え得る者はコリングウッド准将とその腹心しかあり得ぬ。よって、コリングウッド准将、オーウェル中佐、ホルボーン少佐以外の百名については即座に解放する。また、ラングフォード中佐とオハラ中佐の身柄をアルビオン王国に要求するつもりだ」


 そこで話が途切れた。バートラムとホルボーンは怒りに打ち震えているが、クリフォードが発言するまで声を上げないように我慢している。


 二人が暴発しそうだとクリフォードも気づいているが、アレクサンドルから視線を外すことなく、厳しい表情を浮かべて発言を求めた。


「発言の許可をいただきたく存じます」


 アレクサンドルはそれに無言で頷く。


「まず事実関係を確認させていただきたいと思います。皇帝陛下がお認めになられた我が国の外交使節団に対する暗殺行為及び護衛であるアルビオン王国軍人の殺害について、責任者の罷免のみで済まされるおつもりでしょうか?」


「事実関係を調査し、明確な犯罪行為が認められた場合は、帝国の法に従って厳正に処分する」


「なるほど。その点につきましては理解いたしました。陛下が自らの独善に基づく判断ではなく、法に従われる方であると知り安堵しました」


 アレクサンドルはクリフォードが何を言いたいのか即座には分からなかったが、鷹揚に頷く。


「皇帝であっても法に従うことは当然のことである」


 その言葉にクリフォードが笑みを浮かべる。


「では、小官が行ったとされる帝国に対する破壊工作についても、法に従って厳正に調査していただけるということでよろしいでしょうか」


「当然であろう。だが、そなたは自ら謀略の内容を口にした。既に証拠は揃っている」


「おっしゃる通りです。そうなると、ニコライ十五世閣下も同罪ということでよろしいのですね。小官の口車に乗り、帝国に騒乱をもたらそうとされているのですから」


「それは違う。ニコライ殿がそなたの口車に乗ったという証拠はない。無論、確認はするが、証拠がなければ罪には問わぬ」


「それはおかしな話ではありませんか? 小官がアラロフ補佐官に話したことが事実とは限りません。交渉を有利に運ぶための虚言である可能性もあるのです。実際、小官はラングフォードに対し、藩王閣下に面会し、事実を包み隠さずお話すること、我々捕虜となった者が早期に解放されるよう最善を尽くすよう命じましたが、それ以上は現場の判断に任せております」


「それは詭弁であろう。そなたは謀略を口にしている。それを提案した時点で、騒乱を起こそうと考えたのだ。その罪は消えぬ」


「なるほど。騒乱未遂ということですか。ですが、そのことをニコライ閣下が否定された場合はどのようになるのでしょうか? 我が国の領土と言えるアルビオン王国軍の軍艦の中で、可能性について語っただけで帝国の法で裁かれるというのはおかしなことではありませんか?」


「それも詭弁だ。ニコライ殿が認めるわけがない。聞いたかどうかは別として、彼も痛くもない腹は探られたくないはずだ。それを見込んでそのようなことを言っているのであろう」


「では、あくまで可能性のみで外交使節団に属する軍人を処分されると」


 クリフォードは自然体でそう言った後、更に付け加える。


「ではこうしてはいかがでしょうか。小官は証拠が揃うまで本星系に留まります。二ヶ月もすれば事実関係が明らかになるでしょうから」


 クリフォードは自ら残留することを望んだ。

 それに対し、バートラムが発言しようとするが、クリフォードが片手を上げて制したため、バートラムも口を噤み続けるしかなかった。


「ハハハ!」


 アレクサンドルが突然笑い始めた。


「済まぬ。今までの余の発言はすべて芝居だ」


 その言葉にクリフォードらは言葉を失う。


「余の腹心アラロフが手玉に取られた。ニコライ殿もまた、同じようにそなたの思惑通りに動くだろう。ここで余まで思惑通りになるのは癪だったのだ。少しは肝が冷えたのではないかな?」


 そう言ってアレクサンドルはニヤリと笑う。


「貴官らは準備が整い次第、ヤシマに送り届ける。安全は保障するが、帝国の艦では不安だろうから、ヤシマの商船を用意するつもりだ」


「では、我々の拘束を解いていただけると」


 クリフォードは突然雰囲気が変わったアレクサンドルに対し、疑念を払拭できずにいた。


「無論だ。貴国の外交官と会うことも許可する。但し、混乱を避けるため、指定する宿泊施設に入ってもらうし、記者との接触など、ある程度の行動は制限させてもらうがな」


 クリフォードは未だに納得できないが、感謝の言葉を口にする。


「ご理解いただき、ありがとうございました」


「当然だ。今回のことは完全に帝国、すなわち余の落ち度だ。この件は早急に公表し、貴国に対して謝罪を行うつもりでいる」


 クリフォードはあまりにあっけない結末に毒気を抜かれる。


「陛下の寛大なる処置に感謝いたします。許可をいただき次第、今後のことについてナグラーダにおります我が国の外交責任者と協議いたします」


「よろしく頼む。帰国の際には国王ジョージ十五世殿、王太子エドワード殿、ノースブルック首相への親書を渡すつもりだ。今回のことは余の思いとは違うことを説明してもらえると助かる」


「その点についても外交責任者と協議いたしますが、陛下のご要望に沿うように努力いたします」


 こうしてアレクサンドルとの謁見が終わった。

 クリフォードらはあまりのあっけなさに何とも言えない表情でその場を後にした。

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