第48話

 サミュエルはストリボーグ藩王ニコライ十五世に対し、ヤシマ商船に偽装した武装商船とダジボーグ艦隊に属するリヴォフ戦隊から攻撃を受けたことを説明していく。


「……リヴォフ少将は明らかに我々を殲滅するつもりで攻撃を加えてきました。手違いで攻撃してきたとは到底思えません。これらの事実はダジボーグ艦隊の上層部、もしくはダジボーグ星系を皇帝陛下から任されているアラロフ補佐官が関与している可能性を示唆しております。小官からの説明は以上となります」


 サミュエルは感情を交えることなく、データを示しながら淡々と事実を述べていった。

 ニコライはサミュエルの話を黙って聞いていたが、話が終わったところで口を開く。


「ラングフォード中佐の説明はよく分かった。戦闘データと貴国の状況を考えれば、ダジボーグの連中が何らかの意図をもって貴国の外交使節団を攻撃したことは明らかだ。帝国の指導者の一人として、貴国及び戦死者に対し、謝罪したい」


 そう言って大きく頭を下げる。

 尊大だという噂のニコライが頭を下げたことにサミュエルは驚く。


「閣下に責任はございません。頭をお上げください」


 ニコライはゆっくりと頭を上げた。


「此度のことで余にできることがあれば遠慮なく言ってもらいたい」


 表情は真剣そのもので、サミュエルは言葉が出てこない。


「余が野心家と言われておることは知っている。だが、愛国心は誰にも負けぬと自負しておる」


 大げさな手振りを加えながら更に説明していく。


「我が愛すべき帝国が愚か者によって貶められることには我慢できん。皇帝陛下が直接関わっておるとは思わぬが、アラロフのような者を重用したことに関しては陛下にも一定の責任がある。余はアルビオン王国に対し、真摯に対応するよう陛下に進言するつもりだ」


「ありがとうございます」


 想定と異なる態度に、サミュエルは感謝の言葉を述べることしかできなかった。

 ファビアンはその様子を見ながら、ニコライのことを考えていた。


(兄さんがいないと知って、先手を打ってきたんだろうが、思った以上に手強い。これはブレーンが優秀なのか、それとも藩王自身が噂よりも頭が切れるのか……いずれにしても一度仕切り直した方がいい。兄さんの指示したスヴァローグ艦隊への揺さぶりの提案は、この状況では逆効果になる……)


 サミュエルも同じ考えに至ったのか、当たり障りのない要望だけを伝えた。


「小官らの願いはダジボーグ艦隊の捕虜となった我が軍の将兵の安全です。閣下のお力で帰国できるよう、ダジボーグ星系政府及び艦隊本部にその旨を伝えていただければ幸いです」


 戦隊指揮官の権限の範囲の要望だけで、賠償や責任の追及など政治に関することは口にしなかった。


「そのようなことであれば、すぐにでも行動を起こそう」


 そう言った後、隣に座るティホン・レプス上級大将に顔を向ける。


「快速の艦を至急用意してくれ。我が親書をダジボーグに送らねばならん」


「承知いたしました。通達があった皇帝陛下のご予定ではダジボーグにいらっしゃるはずですが、念のためスヴァローグにも連絡艦を送った方がよろしいかと」


 レプスの進言にニコライは鷹揚に頷く。


「その通りだな。陛下に我が親書が確実に届くようにすべきであろう」


 その日の会談はここで終わった。



 サミュエルらはストリボーグ政府が用意したホテルにはいかず、搭載艇で艦に戻った。

 艦の整備と補給の指揮を執らなければならないと理由を付けているが、盗聴を警戒したためだ。


 サミュエルは軽巡航艦グラスゴー451に戻ると、ファビアンらと協議を始めた。


「思った以上に手強いという印象だ。まさかあれほど下手に出てくるとは思わなかった」


 サミュエルの言葉にオハラが頷く。


「私も同じ印象です。事前の情報では傲慢な性格で爵位や階級が低い者と直接言葉を交わすことは稀であるというものでした。戦略の練り直しが必要ですね」


 サミュエルはその意見に大きく頷いた後、ファビアンに話を振る。


「君の意見を聞きたい」


 ファビアンは小さく頷くと、頭の中で整理していたことをゆっくりとした口調で話し始めた。


「戦略の練り直しというオハラ中佐の意見には賛成です。藩王が愛国者を演じている以上、皇帝を貶めてスヴァローグ艦隊に揺さぶりを掛けるという兄の策をそのまま使えば、逆効果になりますから」


「その点は私も同じ考えです。問題は藩王が実際に動いてくれるかということですね。今すぐにでも動くという感じでしたが、あれほど慎重な性格なら様子を見る可能性もあります。ですが、具体的にどうしたらよいかまでは……」


 オハラは自信がなくなり語尾が小さくなる。

 サミュエルは頷きながら、ファビアンに視線を向けた。


「何か意見はないか?」


「藩王は皇帝を追い落とすための大義名分を欲しているだけかと思いましたが、帝国内での名声を勝ち取り、相対的に優位に立とうとしているようです」


「支配者としての度量を見せることで、ミスを犯した皇帝との差を際立たせようとしているということか……それをどう利用したらいいんだ?」


 サミュエルの問いにファビアンは僅かに考え込む。


(名声を欲しているのであれば、それを見える形になるように協力する姿勢を見せればいい。だが、帝国内でメディアがどの程度の力を持っているのか分からない。他の方法を考えた方が確実だろう……)


 専制国家であるスヴァローグ帝国ではメディアも統制されているため、皇帝を貶めるような報道は難しいとファビアンは考え、別の案を提案する。


「具体的には王国と自由星系国家連合FSUの各国政府に対し、今回の藩王の対応について、事実をそのまま報告することと早急に帰還したいことを、藩王に伝えるのです」


 その言葉にサミュエルが困惑する。


「よく分からないな。本国に早急に事実を伝えることは当然だが、それにどんな効果があるんだ?」


 ファビアンは考えをまとめながらゆっくりと話していく。


「藩王は兄がいないことを利用しようとしています。恐らく、サミュエルさんやグリースバック伯を含め、我々には何もできないと考えているのでしょう」


「確かにその可能性はあるな」


 サミュエルは会談の状況を思い出しながら相槌を打つ。


「我々が何もせずにそのまま帰国すれば、藩王はスヴァローグ艦隊と皇帝に揺さぶりを掛けるはずです」


「そこがよく分からないんだ。我々が何もしないことと藩王が動くことにどういう関係があるんだ?」


 サミュエルが再び疑問を口にする。


「藩王はあくまで帝国のために皇帝に対し意見するというシナリオを考えているはずです。ですので、我々が藩王に提案ないし要求すれば、アルビオン王国のために動いているように見えてしまうのです」


 サミュエルはそこで大きく頷いた。


「ようやく分かった。愛国者として動いて見せるには我々が下手に動かない方がいいということだな」


 しかし、彼にはまだ疑問があった。


「だが、スヴァローグ艦隊への揺さぶりは何となく分かるが、皇帝への揺さぶりというのが分からんな」


「藩王が声高に皇帝を非難したとしても、皇帝が事実無根と主張すれば平行線をたどります。ですが、我々がヤシマに到着し、ヤシマ政府に今回の事件を報告すれば、どうなるでしょう?」


 サミュエルはそこでポンと手を打つ。


「何となく分かった。ヤシマ国内で噂が広まれば、多くのヤシマの商人が訪れるダジボーグでも広まらないはずがない。そして、そうなることが分かっていれば、皇帝も藩王の言葉を否定しにくくなるということだな」


 オハラも納得したという表情で補足する。


「皇帝は外交使節団を攻撃するという大きな失敗を犯しています。その事実を否定した後に信憑性の高い外部からの情報によって肯定されれば、更にミスを重ねることになり、ダジボーグの人々の皇帝に対する信頼が揺らぐでしょう。それが分かっていれば、皇帝も藩王の言葉に耳を傾けざるを得ないということですね」


「しかし、時間が掛かりすぎないか? ヤシマから情報が入るとしてもダジボーグに届くのは早くても三ヶ月先だ。クリフたちを助けるためには役に立たないと思うのだが」


 サミュエルの疑問にオハラが落胆の表情を浮かべる。


「おっしゃる通りですね。藩王にとっては有利になっても、我々の目的である准将たちの救出にはあまり役に立ちません。藩王がすぐに動くとしても皇帝に伝わるには早くても一ヶ月、遅ければ二ヶ月ほど掛かります。やはり准将たちを救出するには時間がなさすぎるのではありませんか?」


 オハラが再び懸念を示した。

 それに対し、ファビアンは達観したような表情で答える。


「重要なことはニコライ藩王が実際に動いてくれることです。兄が提案した策も同じくらい時間が掛かりますから保険にしかなりませんし、我々がどう動いても同じことです」


 オハラがファビアンの言葉に納得する。


「准将のお考えも皇帝側に危機感を持たせることが重要ということでしたね……そうなると、ダジボーグに情報が広まることの信憑性が重要になるということですね」


「確かにそうだな……ヤシマだけじゃない、FSUの他の国の外交ルートを使う方法もあるな」


 サミュエルの言葉にオハラが頷く。


「シャーリア法国とロンバルディア連合にも外交ルートを通じて抗議を行うよう依頼すれば、更に早くダジボーグの人々の間に噂が広がるはずです」


「そうなると、ドゥルノヴォ中将がいたことが有利に働くな。彼はクリフが戦ったから聖戦が発動されたことを目の前で見ている。導師イマームが国民に向かって、クリフの話をして鼓舞したことは中将も覚えているはずだ」


 シャーリア星系で帝国の特使セルゲイ・アルダーノフ少将の戦隊と戦った際、最高指導者である導師イマームとなったアフマド・イルハームは、帝国に対し聖戦の発動を宣言した。


 聖戦はシャーリア法国において、すべてのシャーリア教徒、すなわち全国民が立ち上がることを意味する。それほどの覚悟を決めさせたのが、クリフォードが主君であるエドワード王太子を命懸けで守った姿だった。


「我々にできることはよく分かった。皇帝の方はクリフに任せるしかない。そのために残ったのだから」


「そうですね。兄なら皇帝という“崖っぷちクリフエッジ”でもギリギリで何とかするはずです」


「しかし、さすがはクリフの弟だな。俺なら案を出せずにクリフの策に拘ったかもしれん」


 サミュエルの言葉にオハラも頷く。


「私も同じことを思いました。ファビアンを会談に参加させたことは大正解でしたね」


 二人からの称賛にファビアンは照れるしかなかった。


 こうしてサミュエルらは藩王ニコライに対し、アルビオン王国及びFSUに報告するため、早急に出発したいという、ごく当たり前の要望を伝えることに決めた。

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