第47話
十月一日。
ダジボーグ星系に皇帝アレクサンドル二十二世が到着した。
アレクサンドルはそれまでに第一報は受け取っており、ジャンプアウト直後に補佐官であるディミトリー・アラロフに対し、最新情報を送るよう命令を送った。
その命令が届くと、アラロフはまとめておいた報告書を送付する。
報告書を受け取ったアレクサンドルは読み進めるうちに思わず天を仰ぎ見た。
(リヴォフなる男は愚かなことをしてくれたものだ。これではニコライに塩を送ったようなものだ……)
ストリボーグ藩王ニコライ十五世に利することにアレクサンドルは暗澹たる思いになる。
(それにしてもアラロフも大きなミスを犯してくれたものだ。アルビオンがニコライのところに外交使節団を送り込みたいのなら行かせてやればよかったのだ。ノースブルックが本気で我が国の混乱を考えているはずがない。国内の不満分子への対応で送り込んだだけだ。それに過剰反応するとは……)
優秀な政治家であるアレクサンドルはアルビオン王国の状況を正確に理解していた。そのため、首相であるウーサー・ノースブルックが国内向けにアクションを起こしたにすぎず、本気で謀略を仕掛けてくることはないと看破している。
(恐らく無能な外交官と策士として有名なコリングウッドという組み合わせに作為を感じたのだろうな。もし予定通り、辣腕のパレンバーグが来ていたら、もう少し深くノースブルックの考えを読もうとしたのだろうが、あまりの不自然さに謀略を疑ってしまったというところか……)
報告書を読み終えたところで、アレクサンドルは考え込む。
(幸いコリングウッドらは確保している。混乱を収める必要はあるが、このまま奴の思い通りに進ませるのも業腹だ。人質としては使えぬが、少しでも我々に有利になるように使う必要があるな……)
アレクサンドルはクリフォードらをどう利用するか考え始めた。
■■■
同じ日、二十二パーセク(約七十二光年)離れたストリボーグ星系に、サミュエル率いる第二特務戦隊が到着した。
サミュエルは移動中、藩王ニコライ十五世にどう対応するかについて戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐や他の艦長らと協議を重ねていた。
(基本的にはクリフの策に乗るしかない。だが、相手は実質的に一国を支配する独裁者だ。何を言ってくるのかで臨機応変に対応する必要があるが、その点に不安が残る……)
本来なら交渉は外交使節団の副団長であり、特使代理であるグラエム・グリースバック伯爵が行うのだが、無能な彼に交渉を任せることができず、今回はサミュエルが主導することが決まっていた。
サミュエルとしては一国の支配者と交渉することなど今まで考えたことはなく、自らの交渉力に不安を感じていた。
(いずれにしてもクリフたちを助けるためには私がやらなくてはならない……)
翌日の十月二日。
ストリボーグ星系の首都星セマルグルの衛星軌道に到着した。
既に自分たちがアルビオン王国政府の正式な代表であること、ダジボーグ艦隊に襲われたことなどを文書として送っている。
その情報に対し、ニコライ及びストリボーグ政府から公式の発言はなかったが、外交使節団及び第二特務戦隊を歓迎することと、到着後に直ちに会談の場を設けることが伝えられていた。
衛星軌道上にある軍港に入港すると、サミュエルらは惑星セマルグルの地上に降りていく。
彼に同行するのはグリースバックと秘書官、そしてオハラとファビアンだった。
ファビアンはストリボーグへの移動の途中で同行を打診された。その時は想定していなかったため、大いに驚いている。
「私が行っても役に立ちませんよ! 兄とは違うのですから!」
それに対し、サミュエルは首を横に振る。
「それは分かっているさ。だが、君は時間さえ掛ければ、クリフの考えが読めるだけの能力がある。交渉が一回で終わるなら意味はないが、是非とも私の横で話を聞いていてほしい」
ファビアンは艦長になる前、クリフォードの策に疑問を持つ同僚たちにその意図を語っていた。サミュエルはその話を知っており、彼の同行を希望したのだ。
「私には無理ですし、オブザーバーとして参加するにしても理由が弱いですよ。サミュエルさんなら戦隊の責任者ですし、オハラ中佐は戦隊参謀ですから戦隊の行動について説明するという理由で参加できますけど、私は一介の駆逐艦艦長に過ぎないんですよ」
「それは分かっている。だが、クリフの弟という立場ならどうだ? 帝国では世襲で若くして高位に就く者は多い。クリフの弟ということなら違和感を覚えることはないと思う」
「それはそうかもしれませんが……」
「私は交渉で手一杯になるだろう。クリスティーナには助言と分析を頼みたいと思っているが、別の視点で分析できる者がいた方が有利に働くと思うんだ。だから頼む」
サミュエルはそう言って頭を下げると、ファビアンも同意するしかなかった。
宇宙港から搭載艇を使って降下する。
眼下に広がるセマルグルの地表は海の青や森林の緑が少なく、茶褐色の大地が大部分を占めていた。
これはテラフォーミング化が不完全だったためで、ストリボーグが貧しいという話を裏付けるものだった。
サミュエルたちにその風景を楽しむ余裕はなかった。この後、すぐにニコライとの会談が待っているためだ。
地上に降り立つと用意された
華美な内装の車内には案内役のストリボーグ政府の役人の他には、サミュエルら五人がいた。しかし、誰一人口を開くことなく、重苦しい空気が支配する。
藩王府に到着すると、すぐに会議室に通された。
会議室は実用本位で独裁者が謁見に使う部屋のイメージと異なることに、サミュエルらは驚いていた。
「待たせたようだな」
そう言いながら、黒を基調にところどころ金色で縁取られた軍服をまとった五十代の男、ニコライ十五世が入ってくる。その後ろには側近らしい文官や軍服姿の軍人が付き従う。
サミュエルらは慌てて立ち上がった。
それに対し、ニコライは片手を上げて笑みを浮かべる。
「気を使う必要はない。余は堅苦しいのは苦手だ」
ニコライはアルビオン側に好印象を与えるつもりで、普段とは異なる雰囲気を醸し出していた。
アルビオン側はグリースバックが中央に座り、右に書記官とファビアン、左にサミュエルとオハラが座る。
ニコライはストリボーグ側の中央に座り、右側に文官が二人、左側に軍人が二人座ったが、サミュエルは軍人の一人に見覚えがあった。
自己紹介が始まる前にニコライがサミュエルの表情に気づく。
「ラングフォード中佐はドゥルノヴォのことを覚えているかな?」
ニコライの問いにサミュエルは小さく頷く。
「シャーリア星系でお会いしたことがございます」
ニカ・ドゥルノヴォは帝国がシャーリア星系への謀略を仕掛けた際、特使であるセルゲイ・アルダーノフ少将の部下だった人物だ。
スヴァローグ星系出身で軽巡航艦シポーラの艦長であったが、アルダーノフが王太子エドワードを拉致しようとした際、クリフォードら王太子護衛戦隊の反撃を受け、降伏した。(第四部参照)
その後、帝国に強制送還されることになったが、責任の追及を嫌った皇帝アレクサンドルが引き取りを拒否したため、ニコライが皇帝への意趣返しの意味を含め、部下とした。
その後、ストリボーグ艦隊に属したが、思った以上に優秀であったことに加え、スヴァローグ艦隊への影響を考慮したニコライが中将に昇進させている。
彼は面識があるサミュエルが出席するということで、急遽呼び出されたのだ。
「閣下、まだ自己紹介も終わっておりませんぞ」
もう一人の軍人、ニコライの腹心であるティホン・レプス上級大将がニコライに注意を促す。
「そうであったな。では、余から名乗ろう。ストリボーグ藩王、ニコライ十五世である」
その後、ストリボーグ側が自己紹介を行い、アルビオン側に代わる。
グリースバックが緊張しながら自己紹介をし、秘書官、サミュエル、オハラと続く。
そして最後にファビアンの番になった。
「駆逐艦ゼファー328号艦長、ファビアン・コリングウッド少佐です」
その名を聞き、ニコライが驚きの声を上げる。
「コリングウッドということはクリフォード・コリングウッド卿の縁者かな?」
「弟でございます」
「卿の兄クリフォード殿とは面識はないが、此度のことは心配しておる。それにしても兄に劣らず、卿も若いながらもなかなかによい面構えをしておる」
そう言ってファビアンを褒める。
「過分なお言葉をいただき、感謝に堪えません」
ファビアンは如才なく答えるが、内心ではニコライの友好的な態度に警戒していた。
(我々の協力を欲しているとも見えるけど、本当にそうなんだろうか? 確かに皇帝の座を奪う絶好の機会ではある。前評判に引きずられないように慎重に見定める必要がありそうだ……)
その後、グリースバックが概要を説明し、サミュエルに話を振る。
「……ダジボーグ艦隊はアルビオン王国の外交使節団に対し、不当な攻撃を加えてきたのです。これより先は戦隊司令代行であるラングフォード中佐より説明させます。中佐、よろしく頼む」
グリースバックが台本通りに話し終えたことでサミュエルは安堵するが、同時に気合を入れてニコライに視線を向けた。
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