第41話

 九月十四日、標準時間一八一〇。


 クリフォードらは重巡航艦メルクーリヤの大型艇に救助された。

 メルクーリヤの格納庫に入ったところで、担当する士官から武装解除を命じられる。


「装甲服を含め、すべての武装を解除していただきたい」


 それに対し、バートラムが顔を赤くして抗議する。


「我々は遭難者であって、捕虜ではないはずだ! それも貴軍の不当な攻撃によって遭難させられた被害者なんだぞ!」


 士官が何か言い返そうとした時、艦長であるイリヤ・クリモワ大佐が現れた。


「出迎えが遅れたようで申し訳ございません。本艦の艦長、イリヤ・クリモワ大佐です」


 そう言って帝国式の敬礼を行う。

 第二特務戦隊の護衛としてダジボーグ星系から行動を共にしていたが、リヴォフによって交流を禁じられており、直接会ったのは初めてだった。


「クリフォード・コリングウッド准将です。救助に感謝します」


 クリフォードも王国宙軍式の敬礼でそれに応える。


「高名なコリングウッド准将を本艦に迎えられ、艦長としてこれほどの栄誉はございません」


 そこでクリモワは軽く頭を下げる。


「ですが、現状では不幸な行き違いにより、双方に戦死者が出たことは事実。ご不自由をおかけしますが、ここは我々の指示に従っていただけないでしょうか」


 その丁重な扱いにクリフォードは内心で驚くが、即座に頷いた。


「クリモワ大佐のご指示に従いましょう」


 そう言って個人用の熱線銃ブラスターを手渡した。


「ハードシェルを外すことは構わないのですが、居住区画が破壊され、私物を持ち出せなかった部下もおります。作業着で結構ですので用意いただけないでしょうか」


 ハードシェルのインナースーツは神経系の信号を伝達するためのセンサーが多数取り付けられた伸縮性のあるもので、それ単体で着るものではない。


「すぐに用意させましょう」


 そう言ってクリモワは部下に着替えを用意させる。


 クリフォードは着替えが用意される間を利用し、気になっていた他の部下たちの状況を確認する。


「お伺いしたいのですが、脱出した王国軍将兵の状況はどうなっているのでしょうか」


「先ほど最後のポッドを回収し終えたところです。正確な数はまだ集計できていませんが、百名程度と聞いています。緊急を要するような重傷者がいるとは聞いておりませんが、後ほどリストをお渡ししましょう」


 その言葉にクリフォードは僅かに安堵の息を吐き出す。


 キャヴァンディッシュでは八十二名が搭載艇で脱出したことを確認している。乗組員の総数はクリフォードらを含め、百三十三名。五十一名が脱出ポッドを使った可能性があることになる。


 もう一隻のジニスの乗組員の総数は八十一名だが、大型艇ランチが破壊されたため、全員が脱出ポッドを使っていた。


(百名か。脱出前に聞いた報告ではジニスの戦死者は二十名程度だった。何とか最悪の状況は免れたようだな……)


 今回の脱出は通常の戦闘に比べ、時間的に余裕があった。これは艦自体が爆発する状況になかったことと帝国軍が接近してくるまでの時間があったためだ。


 そのため、命令書を作っていたクリフォードが私物を取りに行けたほどで、生存者は全員が脱出ポッドに搭乗することができている。

 クリフォードは持ってきた軍服に着替えると、クリモワに要求を伝えた。


「リヴォフ少将に直接お目にかかりたい。我々帝国軍に救助された者たちの今後について早急に協議する必要があるためです」


「それはできません」


 クリモワは即座にその要求を拒否する。

 クリフォードも要求がすぐに受け入れられるとは思っていなかったため、更に話をしようとしたが、クリモワはその前に事情を説明し始める。


「リヴォフ少将は現在、戦隊指揮官の任を解かれ、自室にて謹慎中です。そのため、面会は不可能なのです」


「謹慎ですか……」


 クリフォードはその展開についていけず、彼にしては珍しく言葉に詰まる。


「先ほどソーン星系哨戒艦隊司令官、レオニード・ガウク中将閣下が本星系に到着されました。中将は状況を把握されると、リヴォフ少将の任を一時的に解く命令を出しています」


「ガウク中将が……では、現在帝国軍を指揮されているのはガウク中将だということでしょうか」


 その問いにクリモワは大きく頷く。


「その通りです。中将は本星系で行われた戦闘について調査を行い、適正に処分を行うと明言しております。まだ調査が終わっておらず、早急な面会は難しいかと思いますが、可能な限り早いタイミングで、准将と話をされたいとおっしゃっておられました」


 クリフォードはリヴォフを相手に交渉するつもりで頭を整理していたため、困惑する。


(帝国軍で何が起きているのだ? さっきここに到着したということは我々がソーン星系をジャンプした直後に行動を起こしたことになる。やはりリヴォフ少将の独断だったのだろうか?)


 クリフォードの心の中では疑問が渦巻いていた。


 クリフォードたちはメルクーリヤの下士官用の区画に案内された。

 銃を持った兵士が数名見張りに立っているものの、特に拘束されることもなく、自由に会話もできた。


 アルビオン王国軍将兵は拷問すら覚悟していたため、肩透かしを食ったという思いを抱くが、自分たちにできることはないと、達観している者が多かった。


 救助されたアルビオン王国軍将兵に関する情報がクリフォードに届けられた。


(救助されたのは百三名。キャヴァンディッシュの乗組員が私とヴァルを含め、四十八名。ジニスの乗組員は五十五名か……他の艦の戦死者数は分からないが、二隻の艦を失った割には軽微と言える。だが、安全なはずの任務でこれだけの未帰還者を出したことは私の責任だ……)


 内心では忸怩たる思いをしていたが、それを表情に出さないように注意し、生き残った部下たちを励ましていく。


「可能な限り早く帰国できるように交渉するつもりだ。上手くいけば、ストリボーグに向かった者たちより早く帰国できるかもしれないぞ」


 部下たちもそこまで楽観できるとは思っていないが、クリフォードがいてくれることで安心感はあった。


「准将がいてくださって心強いですよ。こんな崖っぷちクリフエッジにいるなら、准将の指揮下にいるのが一番ですから」


「帝国には居たくありませんが、ヤシマで戦隊を待ってもいいですよね。あそこなら歓迎されますし」


 そんな悲壮感の欠片もない言葉が返ってきた。

 部下たちの様子にクリフォードは安堵する。


 少し落ち着いたところで、クリモワが現れた。


「ガウク中将から准将と直接話したいと連絡がありました。別室に来ていただけないでしょうか」


 その言葉にバートラムが反応する。


「准将をどうするつもりだ」


 バートラムは立ち上がると、鋭い目つきでクリモワを睨み付けた。トリンブルを始め、彼の部下たちも同じように立ち上がり睨んでいる。


「通信設備のある部屋に来ていただき、話をしていただくだけですよ。オーウェン中佐」


 クリモワはにこやかにそう返すが、バートラムたちの視線が緩むことはなかった。


「私は大丈夫だ、バート」


 クリフォードがそう言って宥める。


「ですが……」


 バートラムが反論しかけたところで、クリフォードがそれを遮って話し始める。


「私だけでなく、副官のヴァルにも来てもらう。クリモワ大佐、副官が同行しても構いませんね」


 クリモワは即座に頷く。


「もちろんです」


 クリフォードはそれに頷き返すと、先行するクリモワの後をゆっくりとした歩調で付いていった。


 到着したのは士官室近くにある会議室だった。

 すぐに通信回線が開かれ、ガウクが映し出される。ガウクは簡単な挨拶の後、すぐに用件に入った。


「現在今回の戦闘について調査を行っているところだが、貴官に一つ頼みがある」


 クリフォードはすぐにガウクが何を望んでいるのか理解する。


「ラングフォード中佐に引き返せと命令しろということでしょうか?」


 ガウクはクリフォードが自分の依頼を言い当てたことに驚くが、すぐに肯定する。


「その通りだ。先ほどラングフォード中佐から通信が入ったが、怒りを抑えかねた。当然の怒りなのだが、そのような状態でストリボーグに行き、貴官が授けた策を実行されれば、何が起きるか分からない。勝手な言い分だということは分かっているが、これ以上ことを大きくしないために協力してもらえないだろうか」


 クリフォードは即座に首を横に振る。


「それはできません。というより、ラングフォード中佐に渡した命令書には、私から新たな命令があっても、聞き入れてはならないと明記しております。これは貴国が私を洗脳する可能性を考慮したためです。ですので、命令を出したとしても彼が従うことはないでしょう」


 ガウクは小さく首を横に振る。


「この状況で我が軍に対する不信感があるのは理解するが、そこまで明確に命令していたとは……それならば致し方ない。では、貴官がラングフォード中佐に託した策について聞かせてもらえないだろうか」


「それはできません。拷問や薬物による自白を強要されるとしても」


 覚悟を決めた表情で言い切ると、ガウクは言葉を失う。

 クリフォードはそこで表情を緩め、言葉を続けた。


「もっとも今すぐ私の策を知ったとしても、ラングフォードの方が先にストリボーグに到着しますし、ストリボーグ藩王が皇帝陛下ならともかく、ダジボーグ艦隊の軍人の言葉を信用するとは思えません。ですので、阻止することは不可能です」


「確かにニコライ藩王閣下は我々の言葉に耳を傾けることはないだろう。だが、それならば小官に策の内容を話しても問題ないのではないか?」


 クリフォードはそこで真面目な表情に変える。


「私もアルビオン王国の軍人です。機密情報を簡単に漏らすわけにはいきません。それに私の最も信頼する友が、命懸けで私が考えた策を実行しようとしているのです。策に直接影響がないとはいえ、友を裏切るようなことはできません」


「なるほど。矜持の問題ということか……よろしい。私の指揮下では尋問はするが、強要はしないようにしよう。だが、ダジボーグに戻ったら素直に話した方がいい。アラロフ補佐官ならどのような手を使ってでも聞き出そうとするからな」


「ご助言ありがとうございます。元々ダジボーグに戻ったところですべてを話し、それをもって交渉するつもりでしたので、そうさせていただきます」


 そこでガウクとの通信は終わったが、念のため、サミュエルに引き返す命令を出すことになった。

 クリフォードはサミュエルに対する命令を出し終えた後、僅かに安堵の息を吐き出した。


(ガウク中将が実直な人物だと予想して交渉したが、上手くいってよかった……)


 彼はガウクに関する情報を持っていなかったものの、救助活動の状況を見て、ガウクが誠実で軍人としての矜持を持っていると確信していた。

 そのため、クリフォードも軍人としての矜持と戦友に対する信頼を前面に出したのだ。


(とりあえず、ダジボーグに戻るまでの安全は確保できた。それにガウク中将は私がサムを信頼していることを理解したはずだ。その情報が帝国政府の上層部に入れば、交渉を有利に進められる……)


 その後、サミュエルから命令を拒絶する旨の通信が入った。

 そのことをクリモワから聞き、クリフォードはサミュエルに託して正解だったと安堵した。

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