第42話

 ゲオルギー・リヴォフ少将は自室の椅子に座り、これまでのことを考えていた。


(コリングウッドを殺せなかったことは残念だが、これは私が奴に及ばなかった結果だ。認めざるを得ない……)


 彼は二人の息子と多くの部下を失ったことから、アルビオン王国軍に強い恨みを抱いていた。特に作戦の要となり、その後英雄として祭り上げられたクリフォードに対しては、ヤシマ経由で情報が入るたびに殺意が強くなっていった。


 しかし、今の彼は憑き物が落ちたように冷静だった。


(思ったほど悔しくないな。一時はあれほど憎んでいたというのに……納得できたという感じか。奴は運ではなく、その実力で勝利を手にしたと実感できたから……)


 そんなことを考えながら、個人用情報端末PDAを操作し、三十分ほどである文章を作り上げた。


(これでいいだろう……)


 そこで笑みが浮かぶ。


(これを受け取るガウク中将もいい迷惑だな。上官とはいえ、このような訳の分からない事に関わらなければならないのだから……)


 リヴォフはテーブルの引き出しの奥に巧妙に隠してあった熱線銃ブラスターを取り出した。謹慎を申し付けられた際、普段身に着けているブラスターは取り上げられたが、予め別のものを用意していたのだ。


 リヴォフの軟禁を命じられた士官も彼が自殺するつもりだとは考えておらず、部屋の中のチェックはしたものの、一年以上にわたって共に過ごした上官に対する遠慮があり、細かく調べることはしなかった。


 リヴォフはその銃を見つめながら一ヶ月前のことを思い出していた。


(ヤシマのジャーナリストを名乗って接触してきたが、奴はゾンファの工作員だ。コリングウッド暗殺を示唆し、情報を寄越してきたのだから……)


 八月中旬、補給と整備のため、リヴォフ戦隊はダジボーグ星系に帰還していた。そこにヤシマのジャーナリストを名乗る、オサム・ホンダが彼に接触してきた。


 最初は取材と称して、ダジボーグ星系会戦の話をしていたが、徐々に様相が変わり、クリフォードに対する質問が多くなる。そして、最後にこんな言葉を掛けた。


「コリングウッド准将と再戦の機会があれば、少将はどうされますか?」


 自然な感じで出された質問だが、ホンダの目には怪しい光があった。


「そのような機会が巡ってくるとは思わんが、運よく巡ってくれば、息子や部下のかたきは必ず取る。どのような手を使っても……」


 それまでとは打って変わった、絞り出すような声に、ホンダは満足げに頷く。


「そういえば、少将がコリングウッド准将の第二特務戦隊の護衛をなされるそうですね」


 突然変わった話題にリヴォフの表情が歪む。


「それがどうしたというのだ」


 彼自身、仇敵の護衛という任務にあまり納得していなかったのだ。

 それを知ってか知らずか、ホンダは話を進める。


「ドゥシャー星系やその先のミーロスチ星系は物騒なところらしいですね。そこで何らかのトラブルに巻き込まれてもおかしくはない。取材をして分かったのですが、彼を殺したいと思っている者はこの国だけでなく、別の国にもいるようですので」


 リヴォフはホンダの意図が分からず戸惑う。


「何が言いたいのだ?」


「機会という奴がやってくるかもしれないということです」


 リヴォフは訝しげにホンダを見る。


「恨みを晴らす機会がやってくるだと……どういうことだ?」


「私の口からは何とも……ただ、そのうち状況が分かるのではないかと思いますよ」


 意味深な表情でそれだけ言うと、ホンダはその場を立ち去った。

 数日後、再びリヴォフの前にホンダが現れた。


 その頃、リヴォフもクリフォードや第二特務戦隊について調べており、外交使節団が計画通りにストリボーグに向かうこと、二隻のヤシマ商船が同行しようとしていること、特使代理のグリースバック伯爵がクリフォードを嫌っていることなどの情報を得ていた。


 そして、ヤシマ商船に偽装した武装商船が襲撃計画を立てているという話をディミトリ―・アラロフ補佐官から聞いた。


「私に何か聞きたいことはありませんか?」


 ホンダはにこやかにそう告げる。

 リヴォフは一瞬躊躇した後、絞り出すように切り出した。


「ヤシマの商船に偽装した者たちがいつどこで奴を襲撃するか、知っているか?」


 その言葉にホンダは僅かに驚きの表情を見せた。


「奴とはどなたのことでしょうか?」


「分かっているだろう。コリングウッドのことだ。これ以上言う必要はあるか?」


 今度はホンダが一瞬迷いを見せた。しかし、すぐにいつもの笑みを浮かべる。


「私が調べた情報は少将が出発されるまでにお渡ししましょう」


 その直後、ホンダの姿はダジボーグ星系から消えた。しかし、情報は約束通り、リヴォフに届けられた。


 その情報にはツアイバオ級通商破壊艦の性能の概略、襲撃ポイントなど、大まかな計画が記されていた。


(あの時はゾンファもやるものだと思ったものだ。通商破壊艦の性能は私が思っていたより高く、更に別動隊を第二特務戦隊に同行させることに成功した。並の指揮官なら通商破壊艦部隊に蹂躙されていただろう……)


 そんなことを考えた後、アラロフから受けた極秘命令のことを思い出す。


(補佐官はアルビオン王国の外交使節団を引き返させるか、我が戦隊を同行させるつもりだったな。今思えば、やり手の補佐官にしては中途半端な策だった……)


 アラロフの命令は以下のようなものだった。


 ゾンファの通商破壊艦部隊が第二特務戦隊を襲撃することを知った上で、帝国は何も対応しない。その結果、第二特務戦隊は大きなダメージを受け、ダジボーグに引き返さざるを得なくなる。


 それだけでは不安であったため、第二特務戦隊が大きなダメージを負わなかったケースも考慮されていた。


 それは数時間後にヤシマ商船がゾンファの武装商船であるという情報が入ったことにしてリヴォフ戦隊を送り込み、そのままストリボーグまで同行させるというものだった。


 襲撃を受けたという事実があれば、特使代理のグラエム・グリースバックも同行を許可せざるを得ず、それにより、ストリボーグでの行動を監視させるつもりだった。

 このような面倒なことをしたのは、グリースバックが監視役の役人の同行を拒んだためだ。


 つまり、アラロフはゾンファの通商破壊艦部隊を使って第二特務戦隊にダメージを与えることは考えたが、リヴォフに攻撃を命じてはいなかった。


(ククク……補佐官も頭を抱えるだろうな。これまで命令に忠実に従っていた私が思惑に反して動いたのだから……いや、補佐官だけじゃない。皇帝も頭を抱えるだろう。いい気味だ……)


 リヴォフは皇帝アレクサンドル二十二世とその側近たちも憎んでいた。


 二人の息子を失った直接の原因である、自由星系国家連合FSUへの侵攻という無謀な作戦については特に思うところはなかった。二人の息子が戦死したことは悲しみこそあれ、軍人としての責務を果たしただけであり、予め覚悟していたためだ。

 彼が怒りを覚えたのは、戦後の皇帝の行動についてだ。


(皇帝は命懸けで戦ったダジボーグ艦隊よりもスヴァローグ艦隊を優遇した。カラエフ上級大将は確かに有能だ。彼を取り込み、帝国を安定させたいと考えることは分からないでもない。だが、我らダジボーグ艦隊の軍人を蔑ろにする必要はなかった! 祖国の復興を意図的に遅らせる必要も! このことは断じて許されるものではない!)


 アレクサンドルは壊滅的な損害を受けたダジボーグ艦隊より、比較的損害が少なかったスヴァローグ艦隊の掌握を優先し、司令官であるリューリク・カラエフ上級大将を優遇した。


 また、ダジボーグ星系のエネルギープラントの復旧作業を意図的に遅らせることで、占領後のエネルギー不足を招くようにし、ストリボーグ藩王ニコライ十五世がダジボーグ星系に侵攻する気にならないようにしていた。


 その結果、ダジボーグ星系の復興は大きく遅れ、市民たちは敗北した艦隊に対して大きな不満を持つようになる。また、経済の悪化により、遺族や傷痍軍人に対する補償が滞りがちになっていた。


 もちろんアレクサンドルも戦死者を悼む行事を大々的に行い、遺族や傷痍軍人を称えていたが、スヴァローグ星系を把握するためダジボーグ星系を不在にすることが多く、蔑ろにされたと思う者は多かった。


 野心家であるニコライの存在を考えれば、アレクサンドルの判断は間違っているわけではないのだが、生粋のダジボーグ人であり、命懸けで戦ったリヴォフとしては許しがたいことだった。


(まあいい。この先、皇帝や祖国がどうなろうと、家族を失い、死んでいく私には関係ない。権力者が右往左往する姿を見られないのは残念だが、ここで私が死んだ方がより混乱は大きくなるからな……)


 リヴォフは個人用情報端末PDAを操作し、ガウクに文章を送ると、ブラスターをこめかみに当てる。


「息子たちよ……そろそろ私もそちらにいく……不甲斐ない父だが、再会を喜んでくれるだろうか……」


 笑みを浮かべながら小声でそう呟くと、ゆっくりと引き金を引いた。

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