第40話
九月十四日、標準時間一七三〇。
リヴォフ戦隊に遅れること約六時間。
ソーン星系哨戒艦隊司令官、レオニード・ガウク中将の旗艦スラヴァと七隻の僚艦はドゥシャー星系にジャンプアウトした。
ジャンプアウトすると、即座に情報収集が行われ、順次報告が上がってくる。
「リヴォフ少将の戦隊が約三百光秒の位置で散開しております。但し、駆逐艦サーコルとアリュールの
「アルビオン王国外交使節団のIFF信号を確認。距離は約七百光秒。ミーロスチ星系
「武装商船らしき船影は確認できず。但し、航路データと比べ、星間物質の濃度が異常に上がっております。大型のデブリらしき物体も確認できることから、武装商船と戦闘が行われた可能性が高いと考えられます」
それらの報告を受けたが、ガウクは何が起きているのか即座に判断できなかった。
(武装商船は全滅させたようだが、アルビオン王国軍の旗艦が沈んだだと……外交官とコリングウッド准将はどうなったのだ?……それよりもリヴォフはアルビオン軍と交戦したのか? 交戦したにしてはアルビオン側が全滅していないが……)
彼が混乱したのは第二特務戦隊が中途半端に生き残っていたためだ。
第二特務戦隊はゾンファの通商破壊艦と戦った可能性が高く、その後にリヴォフ戦隊と交戦したのであれば、全滅しているとガウクは予想していた。
また、通商破壊艦と交戦し、リヴォフ戦隊と何事もなく離脱したのであれば、現状の位置ではJPに近すぎる。既に戦闘から六時間ほど経っており、現状の速度で航行していたのなら、一光時近い距離を移動できるためだ。
(いずれにせよ、リヴォフから状況を聞くしかない……)
ガウクは即座に最大加速での航行を命じると、メルクーリヤに通信を送る。
「リヴォフ少将は直ちに状況を報告せよ。なお、アルビオン王国関係者を救助している場合は、その旨を報告し、彼らの安全を確保すること」
三百光秒の距離があるため、最短でも十分後にしか答えは返ってこない。
そのため、ガウクはアルビオン側にも通信を送った。
「アルビオン王国外交使節団護衛戦隊に告ぐ。小官はソーン星系哨戒艦隊司令官、レオニード・ガウク中将である。現在の状況を確認したい。旗艦キャヴァンディッシュ132のIFF信号を確認できないが、外交使節団及びコリングウッド准将の安否を教示願いたい。また、他に確認したい情報についてはこれよりリストを送付する……」
ガウクは距離が離れていることから往復にかかる時間を節約するため、確認したい情報について列記したリストを送付する。
その間にリヴォフからの通信が入った。
『ゾンファ共和国が関与している可能性がある武装商船についてはすべて破壊した。また、アルビオン王国軍についてもゾンファとの共謀の可能性があり、事情聴取を行おうとしたが、明確な理由なく拒否されたため、止む無く攻撃を実施。サーコルとアリュールについては、アルビオン王国軍の攻撃を受け、撃沈された……』
ガウクは怒りの声を上げそうになるのを抑えながら、リヴォフの報告を聞いていく。
『なお、外交使節団は二隻のスループ艦にてソーン星系に移動したとアルビオン王国軍より通告を受けている。また、アルビオン王国軍の指揮官、クリフォード・コリングウッド准将は現在、メルクーリヤの大型艇にて救助し、本艦に向かっているところである……』
その情報を聞き、ガウクは僅かに安堵するが、再び怒りが込み上げてきた。
「最悪の状況は回避したが、こちらから攻撃しただと! 何を考えているのだ!」
怒りをぶちまけると、直ちにメルクーリヤに命令を送る。
「メルクーリヤ艦長クリモワ大佐に命じる。リヴォフ少将を直ちに拘束せよ。また、救助完了後、本戦隊と合流すべく航路設定を行うこと。アルビオン王国軍将兵に対しては最大限の敬意をもって対応すること。以上」
その後、サミュエルからの返信が入る。
『小官はアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第二特務戦隊指揮官代行、サミュエル・ラングフォード中佐である。銀河帝国ダジボーグ艦隊ソーン星系哨戒艦隊司令官、ガウク中将に告ぐ! 我が軍は正当な理由なく貴軍より攻撃を受け、二隻の艦を失い多くの将兵を失った。本宙域におけるアルビオン王国の最上位士官として、この状況を看過することはできない!……』
ガウクにはサミュエルの声が怒りに打ち震えているように聞こえていた。
『リヴォフ少将にも通告しているが、我が第二特務戦隊はこのままストリボーグ星系に移動する。聡明なる藩王、ニコライ十五世閣下に本件を報告し、帝国政府としての対応を求めるためである! なお、我が国の外交官も同行しており、これがアルビオン王国としての公式の見解となることを明確にしておくものである!』
ガウクはストリボーグに向かうと聞き、血の気が引く。
(まずい状況だ。あの野心家である藩王がこの好機を逃すはずがない。リヴォフめ! 何ということをしでかしてくれたのだ!)
しかし、すぐに冷静さを取り戻し、サミュエルに翻意を促す通信を送った。
「現在、貴軍に対する攻撃について調査を行っている。事実が判明次第、貴官に報告することを約束する。ついてはその報告を受け取り、内容を確認するまで本星系に留まることを提案したい」
通信を送った直後、既に想定していたのか、サミュエルから拒否する通信が送られてくる。
『我が戦隊は貴軍のいかなる要求、要請を受け入れるつもりはない! 仮にコリングウッド准将以下の将兵の生命を使って脅したとしてもだ! 但し、これだけは言っておく! 准将らを人質に取るつもりなら覚悟しておくことだ! 今回のような破廉恥な行為を行うダジボーグ星系政府に対し、必ず正義の鉄槌を下してやる!』
そこでサミュエルは不敵な笑みを浮かべる。
「一介の中佐にできぬと高を括るならそれもいいだろう! だが、私は我が盟友、クリフォードから後事を託されたのだ。どのような困難が待ち受けようとも、彼に授けられた策を必ず成功させてみせる! 以上だ!」
サミュエルの怒りの大きさと何らかの策を授けられたという情報にガウクは愕然とする。
(ラングフォードの怒りは本物だ。脱出までの短時間で綿密な策を授けたとは思えんが、コリングウッドは謀略によってゾンファ共和国軍に壊滅的な打撃を与えた男だ。我が国が暴挙に出ることを想定し、何らかの謀略を考え、準備していてもおかしくはない……)
事の重大さに気が滅入るが、すぐにあることを思い出した。
(皇帝陛下が戻られるのは今月末。我々が直ちにダジボーグに帰還すれば、この情報をタイムラグなしにお伝えできる。アラロフ補佐官では信用できんが、陛下であればこの難事をどうにかしてくださるはずだ……)
皇帝アレクサンドル二十二世は支配地域であるダジボーグ星系と帝都のあるスヴァローグ星系とを定期的に行き来している。
(いずれにしても情報を得なければ話にならん。直ちにリヴォフ戦隊と合流せねば……)
ガウクはこれまで得られた情報を整理するよう部下に命じた。
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