第39話
九月十四日、標準時間一六四〇。
クリフォードらが脱出した二十分後、漂流していたキャヴァンディッシュ132とジニス745が自爆した。
既に数万キロメートルの距離があり、脱出ポッドの外部監視カメラでは小さな点のような光しか映し出されなかったが、クリフォードを始め、バートラムら同乗している全員が敬礼を行った。
普段は陽気な
そんな中、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が口を開いた。
「リヴォフ少将は何を考えているのでしょうか」
その問いにクリフォードが肩を竦める。
「今回のことは分からないことが多すぎる。武装商船による襲撃、リヴォフ少将の強引な論法と有無を言わせぬ攻撃……直接話をすれば多少は分かるかもしれないが、今は推測すら難しいよ」
「しかし、准将は大丈夫なんですかね。拾い上げられたらそのまま拷問室へ、なんてことになりそうな気がするんですが」
トリンブルがおどけたような口調でありながらも問題を指摘する。
「帝国軍でもさすがに拷問はしないだろう。やるとすれば薬物で洗脳するくらいだ。ゾンファほどじゃないが、帝国の保安局も薬物の扱いに長けているという噂があるからな」
他人事のように話すクリフォードにバートラムが呆れる。
「薬物で自白を強要されたら精神がやられてしまうんだぞ。どうやって阻止するつもりなんだ?」
公式な場でないため、バートラムは敬語を使わずに注意する。
それに対し、クリフォードは再び肩を竦めた。
「相手がやる気なら阻止しようはないな。捕虜の扱いに関する取り決めは二年前の停戦時の覚書しかないから、法的拘束力は弱い。第一、こちらが要求してやめるくらいなら、最初から攻撃なんてしてこなかっただろう」
二十世紀に作られたジュネーブ条約のような捕虜の扱いに関する条約は、宇宙暦四五〇〇年代の銀河系ペルセウス腕には存在しない。
正確には千年ほど前の宇宙暦三五〇〇年頃に崩壊した第二銀河連邦や千五百年前に崩壊した新銀河帝国には捕虜に関する条約があったが、ペルセウス腕は帝国や連邦の本体があったオリオン腕から切り離されて久しく、その条約が有効とは認められていない。
何度か戦争が起き、休戦や停戦の度に捕虜に関する取扱いは話題にはなったが、ゾンファ共和国やスヴァローグ帝国が停戦協定すらまともに遵守しないため、アルビオン王国が不信感を持ち、成立には至っていなかった。
「帝国の軍人にもまともな人物はいるだろう。それに先ほどのサムの通信が役に立つと思う。あれだけ見事に啖呵を切ってくれたんだ。証拠が残るようなことはしないだろう」
その言葉にバートラムが頷く。
「確かにそうですな。彼があれほどの役者だとは思いませんでしたよ」
「サムは何をやらせても優秀だからな。以前も私の策を成功させるために演技をしてくれている。相手が藩王であっても上手くやってくれるはずだ」
「そう願いたいものです」
バートラムはクリフォードほど楽観していないが、現状ではできることもなく、頷くしかなかった。
標準時間一七一〇。
クリフォードら脱出したアルビオン王国軍の脱出ポッドの回収作業が続けられていた。
最終的に旗艦キャヴァンディッシュ132からは六基、Z級駆逐艦ジニス745からは八基のポッドが射出されているが、推進力を持たない脱出ポッドは射出時のベクトルに従い、広範囲に広がっており、接近に時間が掛かっている。
また、救助される側のアルビオン軍将兵が全員、陸兵が使う装甲服とほぼ同等の性能の
クリフォードが乗る脱出ポッドは未だに漂流しているが、情報的に隔絶されており、シートに身を預けて待つしかない。
(情報が全く入らないから何もできないが、この時間は苦痛だな。部下たちがきちんと救助されているかすら分からないのだから……)
バートラムもクリフォードと同じように別の脱出ポッドの部下の安否が気になり、無言で宙を見つめていた。
そんな中、唯一余裕を見せているのが、
彼はポッドに備え付けてある保存食をつまみにラム酒を飲んでいたのだ。
最初はただの栄養ドリンクだと思っていたクリフォードが酒であることに気づき、そのことを指摘した。
「それは酒じゃないのか? どこから持ってきたんだ?」
「これですか? 脱出ポッドには酒が隠してあるもんなんですよ。死ぬ前に飲む一杯として」
悪びれもせず、無重力用のドリンクボトルを軽く掲げる。
その言葉にバートラムが反応する。
「今回は死ぬわけじゃないだろう。それに艦を失ったとはいえ、まだ勤務中だぞ」
勤務中と聞き、トリンブルは大げさに驚く。
「ええ! そうなんですか! そいつは失敗したなぁ。これは帰ったら超過勤務ですかね」
バートラムは厳しい表情を作って頷く。
「当然だ」
「勘弁してくださいよ。それじゃ国に帰りたくなくなるじゃないですか」
そのおどけたような仕草にクリフォードが噴き出し、釣られるようにバートラムが笑い出す。
「フハハハハ! コクスンには超過勤務じゃ罰にならん。そうだな。
その言葉にトリンブルが泣きそうな顔をする。
「それは殺生ですよ、
その光景をクリフォードの副官、ヴァレンタイン・ホルボーン少佐が興味深く見ていた。
(准将がオーウェル中佐を旗艦艦長にするとおっしゃった時には理由が分からなかったが、今なら理解できる。こんな状況でもすぐに気持ちを切り換え、部下と一緒になって准将の精神的な負担を軽減しようとしている。中佐の勤務評定は必ずしも良くなかったが、情報だけでは分からないことは多いのだな……)
そして笑みを浮かべているクリフォードを見る。
(それにしてもラングフォード中佐を旗艦艦長にしなかったのは、こんな状況を想定していたからなのだろうか? 中佐の通信を聞いたが、知らない者なら准将が腹心を使って遠大な策を行おうとしているようにしか聞こえなかっただろう。あれほど強い信頼を受け止め、それに応える。私にもそのような友人ができるのだろうか……)
その時、彼の頭には一人の人物の顔が浮かんでいた。
(ファビアン・コリングウッドか……)
ホルボーンとファビアンは士官学校の同期というだけでなく、同じ少佐という階級にあることから話をすることは多かった。
しかし、艦長と副官という立場の違いから踏み込んだ関係にはなっていない。
(帰国したらもう少し腹を割って話してみてもいいかもしれないな。まあ、准将とラングフォード中佐やオーウェン中佐のような関係を築くのは難しいんだろうが……)
そんなことを考えながら、クリフォードらの会話を聞いていた。
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