第38話

 九月十四日、標準時間一六二〇。


 ゲオルギー・リヴォフ少将はメインスクリーンに映し出される、アルビオン王国軍第二特務戦隊の情報を見つめていた。


「加速を開始したようですな」


 同じように情報を見ていた旗艦メルクーリヤ艦長イリヤ・クリモワ大佐が淡々とした口調で話しかける。

 しかし、リヴォフはそれに答えることなく、黙っていた。


「追撃を継続されますか? 射程内に捉えることは不可能ですが」


 クリモワが事務的な口調で問う。


「無駄だな」


 リヴォフはそう呟くと、毅然とした表情で命令を発した。


「全艦、加速停止。減速しつつ敵の脱出ポッドに向かえ」


 その命令にクリモワはすぐに応じなかった。


「攻撃するおつもりですか? そのような命令は受け入れることはできませんが」


 リヴォフは憮然とした表情を浮かべる。


「捕らえて尋問するだけだ」


 それに対し、クリモワは無表情なまま頷く。


「了解しました。帝国軍人としての矜持を踏みにじるような命令でなく、安堵しました。これ以上はさすがに看過できませんでしたので」


 このやり取りを聞いていた戦闘指揮所CIC要員たちは驚きのあまり手が止まる。上官の命令は絶対であり、反駁はんばくするなどあり得ないためだ。

 しかし、クリモワの態度を非難する者はいなかった。彼ら自身、同じ思いであったためだ。


「百八十度回頭! 減速開始! アルビオン王国軍の生存者を救出・・する!」


 クリモワはあえて“敵”という言葉を使わず、更に“救出”という言葉を使った。彼は今回の戦闘について、リヴォフの命令に納得していないことを周囲に分かるように示したのだ。

 リヴォフにも意図は伝わったが、特に表情を変えることはなかった。


 その間に第二特務戦隊の生き残りである軽巡航艦グラスゴー451、Z級駆逐艦ゼファー328、ゼラス552、ゾディアック67は最大加速度である六kGでミーロスチ星系ジャンプポイントJPに向かっていた。


 その第二特務戦隊から通信が入る。


『小官はアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第二特務戦隊の指揮官代行、サミュエル・ラングフォード中佐である。今回のダジボーグ艦隊の暴挙に対し、厳重に抗議する!……』


 クリモワはクリフォードではなく、サミュエルが通信を行っていることに疑問を持った。


(コリングウッド准将は負傷でもしたのか? 確かに旗艦は大破しているが、CICにまで影響が出るほどではなかったと思うのだが……)


 常識的に考えれば、戦隊指揮官であるクリフォードは将旗をグラスゴーに移し、指揮を継続する。


『止む無く脱出し漂流している王国軍人に対し、救助を行うことはもちろん、名誉ある処遇及び可及的速やかに本国への送還を強く要求する! 万が一、身体的・精神的危害、不当な拘留が発覚した場合は、我が国は銀河帝国に対し、戦端を開くことをためらわない! 我がアルビオン王国は自国の兵士を決して見捨てることはないのだ!』


 その言葉に対し、帝国軍の将兵は単なる脅しではないと直感する。


(ゾンファとの戦いでも人質を解放させるために、本来必要ではなかった会戦を行っている。そう考えれば一概に脅しとは言えないな……)


 クリモワが思い出したのは第二次ジュンツェン星系会戦のことだ。ゾンファ軍がヤシマに侵攻した際、アルビオン王国の政府関係者や民間人を捕虜とした。それを解放するため、敵の領土であり、前線基地のあるジュンツェン星系に一ヶ月以上居座っている。(第三部参照)


『クリフォード・コリングウッド准将は漂流する将兵とともにある。准将はダジボーグ星系に移動後、直ちに銀河帝国政府に対し、公式に抗議するだろう。小官もまた、ストリボーグ星系に到着次第、その責任の所在を明らかにし適正な処分を行うことをストリボーグ藩王、ニコライ十五世閣下に要求する予定である!……』


 その言葉にクリモワは驚愕する。


(コリングウッド准将が脱出者の中にいるだと……何を考えているのだ? 戦隊指揮官が職務を放棄したのか? 非常識極まりないことだが……)


 彼だけでなく、リヴォフも驚き、すぐに指示を出す。


「コリングウッドを捕らえたら旗艦に連行しろ。私自ら尋問を行う」


 その間にもサミュエルの通信は続いていた。


『小官と准将の関係については知っている者も多いと思うが、念のため伝えておこう。四年前、貴国が自由星系国家連合FSUに属するシャーリア法国に謀略を仕掛けようとした。こともあろうことか、我らが敬愛する王太子殿下を使って……』


 そう言うとサミュエルは余裕の笑みを浮かべる。


『その際、貴国の特使、アルダーノフ少将に対し、いろいろと仕掛けさせてもらっている。アルダーノフ少将は貴国の謀臣として有名だったそうだが、見事に我々の謀略に引っかかってくれた……』


 王太子エドワードがシャーリア法国を訪問した際、運悪くスヴァローグ帝国の特使アルダーノフと鉢合わせた。その際、アルダーノフはアルビオン王国を恫喝するという策を考え、シャーリア法国に王太子を捕らえるよう脅した。


 クリフォード率いる王太子護衛戦隊はアルダーノフの戦隊に戦力的に劣り、更に軍港内に閉じ込められるなど不利な状況であったが、クリフォードとサミュエルは巧みな策略でその劣勢を覆している。(第四部参照)


『小官は准将ほど謀略を得意とするわけではない。しかし、無策で藩王閣下に会うつもりもない。貴軍の王国将兵への対応いかんによっては、藩王閣下に動いていただくつもりだ……』


 そこでサミュエルは表情を厳しいものに変える。


『できぬと思うな!』


 恫喝するような声を上げた後、更に拳を振りながら激しい口調で話し続ける。


『我が友は私を信頼し、策を授けてくれた! 藩王が何を欲し、皇帝が何を恐れ、それをどう生かせばよいのかは既に我が掌中にある! 王国一の策士、コリングウッドの友として、彼の考えた策を必ず成功させてみせる! そのことを肝に銘じておけ! 以上だ!』


 サミュエルはそれだけ言うと、通信を切った。


「少将の予想通りでしたな。コリングウッド准将は責任感が強い方のようだ。部下たちを守るために身を挺して残ったのですから」


 クリモワはCIC要員全員に聞こえるようそう言った。

 リヴォフがクリフォードに拷問を行う可能性があり、それを防ぐために高潔な人物であり、敬意ある処遇を行うべきだと暗に主張したのだ。


「そのようなことはどうでもよい。コリングウッドを捕らえたら、我が国への謀略について自白させるだけだ」


「了解しました」


 クリモワはそう答えた後、部下に命令を出すと、再びリヴォフに視線を向けた。


「それにしてもラングフォード中佐が何をするのか気になるところですな。もっともそれを我々が知ったところで、止める術はないのですが」


「それを考えるのは我々軍人ではない。皇帝陛下と側近たちが適切に処置してくれるだろう」


 リヴォフはそれだけ言うと、椅子に深く座り直し、ゆっくりと目を閉じた。

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