第33話

 九月十四日、標準時間一五四六。


 第二特務戦隊と帝国のリヴォフ戦隊は高速で接近しながら、激しく主砲を撃ち合っている。但し、第二特務戦隊は敵艦ではなく、接近する多数のステルスミサイルを標的としており、艦に直撃があるのはアルビオン側だけだ。


「敵ミサイル、残数十五! あと三十秒で対宙レーザーの射程に入ります!」


 戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐の緊迫した声が響く。

 四十二基のミサイルのうち、三分の二近い数を撃ち落としていた。しかし、その成果に誰も反応することはなかった。


 軽巡航艦と駆逐艦では一基のミサイルが命中するだけで致命的な損傷を受ける。当たり所が悪ければ脱出する間もなく、瞬時に劫火に焼かれ、原子に還元されてしまうためだ。


「ここからが正念場だ! ミサイル迎撃後は敵旗艦を集中的に狙え! すれ違った直後に各艦は百八十度回頭!」


 クリフォードがそれだけ言ったところで、戦隊各艦が一斉に対宙レーザーを放ち始めた。

 艦のあちこちからハリネズミのように硬X線パルスレーザーが放たれ、接近するステルスミサイルを撃破していく。


 射程の短いレーザーの射撃時間は短く、光速の十パーセントという高速で飛翔するミサイルを射程内に捉えていられる時間は僅か十秒ほど。


 第二特務戦隊の周りではステルスミサイルが爆散していくが、その情報を確認する余裕がある者はほとんどおらず、命中したら運が悪かったと思うしかないと割り切っている。


 クリフォードもその一人で、次に打つ手を考えていた。


(こちらのスペクターミサイルが到達するのはすれ違った直後。そこで砲撃を加えれば、敵に大きな損害を与えられるはず……)


 帝国軍のゲオルギー・リヴォフ少将はミサイルが接近し迎撃のために手動回避を止めるタイミングで砲撃を行うことで、より多くの敵にダメージを与えることを考え、すれ違う直前のタイミングでミサイルが到達するよう設定していた。


 一方、クリフォードは駆逐艦のファントムミサイルはミサイル迎撃に使用したものの、大型ミサイルである八基のスペクターミサイルをすれ違った直後にミサイルが到達するように調整している。


 これは敵のミサイルに対応し、生存確率を上げることを第一としたためだが、敵がミサイル迎撃にすべてのミサイルを使っていると思い込む可能性が高く、奇襲効果が期待できると考えたためだ。


 更にすれ違った直後は、敵の激しい攻撃によって味方が混乱すると想定され、そこに追撃が加えられないよう、敵に混乱を与える意図もあった。


「ジニスに敵重巡の主砲の至近弾! 通信途絶!」


「ゾディアック、ミサイルデブリと駆逐艦の主砲が同時に直撃した模様!」


 戦闘指揮所CICではミサイル迎撃と敵の砲撃への対応で混乱寸前になっていた。


「ミサイル、全基撃破! リヴォフ戦隊とすれ違います!」


「全艦、百八十度回頭! 敵に向けて砲撃を開始せよ!」


 クリフォードがそう命令を発した直後、激しい揺れと強い爆発音がCICを襲った。


『C甲板デッキ後部エリア大規模減圧中! 自動隔離作動不能! 直ちに緊急時対応ガイドラインに従い、適切な処置が必要……』


 人工知能AIの中性的な音声メッセージが流れ、多くの警報アラームが鳴り響いていたが、クリフォードを始め、CIC要員たちは強い衝撃を受け、対応ができない。


「艦の被害状況を確認! 操舵長コクスンは手動回避継続! 防御スクリーンとパワープラントPPは何としてでも維持しろ!」


 艦長であるバートラムが最初に我に返り、叱咤するように部下に指示する。


「A系統トレイン防御スクリーン、再起動できません! 現在B系統トレインのみ出力五十パーセントで展開中!」


対消滅炉リアクター、両系統トレイン緊急停止トリップ! 再起動シーケンスに入りません! 質量-熱量変換装置MECは異常なし!」


通常空間航行用機関NSD、全系統トレイン緊急停止トリップ! 制御用スラスターのみ機能しています!」


「主砲及び主兵装制御系異常なし! 但し、主兵装冷却系統MACCSの再起動が必要です!」


「戦術通信系に損傷あり! 現在、後備バックアップ系に切り替え中!」


 バートラムは部下の報告を聞きながら、更にダメージコントロール班との直通回線をつなぐ。


緊急時対策所ERC! 副長ナンバーワン! 聞こえているか!」


 数秒の間の後、副長であるガブリエル・カーンズ少佐がしわがれた声で応答する。


『こ、こちらERC……お、応急処置を……開始します……掌帆長ボースン、防御スクリーン制御系の……』


「そちらは任せる!」


 カーンズの報告を途中で切ると、バートラムはクリフォードに報告する。


「我が艦は敵重巡航艦の砲撃を艦尾に受け、NSDとリアクターを失いました。このままではいい的です。旗艦艦長として准将の退艦を進言いたします」


 キャヴァンディッシュはすれ違いざまに重巡航艦メルクーリヤの主砲が艦尾に直撃した。その結果、機動力を失い、更に防御能力も危機的な状況であることから、バートラムはクリフォードに艦を移るよう進言する。


「この激戦の中、脱出は困難だ。通信系が回復するなら、ここで指揮を執ることが最善だ」


「しかし……」とバートラムが言いかけるが、すぐにそれを遮った。


「今は議論している時間はない」


 それだけ言うと、戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐と副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に命令する。


「戦隊の状況を大至急報告してくれ」


「「了解しました、准将アイアイサー」」


 クリフォードは自らの目で戦隊の状況を確認していく。


(グラスゴーは健在だ。ゼファーとゼラスも切り抜けたようだな……ジニスとゾディアックも何とか生き延びている……)


 ミサイル迎撃が成功する直前、ジニス745に敵重巡航艦メルクーリヤの主砲が掠っていた。脆弱な駆逐艦の防御力では擦過弾でも耐えきれず、防御スクリーンが完全に停止し、側面が大きくえぐれていた。

 しかし、運が良かったことに直撃でなかったため、大破で済んでいる。


 一方、ゾディアックは運が悪かった。

 自らが撃破したミサイルのデブリが直撃し、防御スクリーンに負荷が掛かったところで、駆逐艦ジュラーヴリの主砲の直撃を受けたのだ。


 その結果、艦首部分が完全に破壊され、更に居住区画にも影響が出ている。但し、対消滅炉を始め、主機関係に損傷はなく、航行自体に影響はなかった。


 クリフォードは敵の状況を確認し、自らの作戦が功を奏したことに安堵していた。

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