第32話

 九月十四日、標準時間一五四三。


 スヴァローグ帝国ダジボーグ艦隊の大佐、重巡航艦メルクーリヤの艦長イリヤ・クリモワは、チェーニミサイルの発射後、主砲による砲撃の指揮を執りながらも納得しがたい気持ちを抑えることができなかった。


(少将閣下の言葉を信じている者がどれほどいるのだろうか……次席指揮官であり、極秘命令を打ち明けてもらった私ですら、今回のアルビオン王国軍への攻撃は不当なものだと思っているのだから……)


 ゲオルギー・リヴォフ少将はゾンファの通商破壊艦部隊を殲滅した後、指揮下にある全艦に向けて、演説を行っている。


『アルビオン王国軍の行動に不審な点がある!』


 強い口調でそう切り出した後、理由を説明していった。


『今回のヤシマの武装商船による襲撃は自作自演の可能性が高い! 情報ではアルビオンの外交責任者自らが二隻の武装商船の同行を許可しているのだ。その商船に襲われたと彼らは言っている……』


 第一布袋丸と第四弁天丸と呼ばれていたスウイジン級通商破壊艦の同行を許可したのは、特使代理のグラエム・グリースバック伯爵であり、リヴォフの指摘に誤りはない。


『彼らに攻撃させた上でストリボーグに向かい、我がダジボーグがアルビオン王国の外交使節団を攻撃したと藩王に伝える。その際にストリボーグにアルビオン王国と自由星系国家連合FSUがストリボーグに支援すると約束すれば、帝国内では再び内戦の炎が上がるだろう……』


 リヴォフの説明に多くの将兵が論理の飛躍を感じていた。疑義があるなら、なぜソーン星系で問わなかったのかと。しかし、指揮官の言葉が絶対であるため、誰も疑問を口にすることなく聞いている。

 その間にもリヴォフの演説は続いていた。


『その証拠がアルビオン艦の損傷だ。彼らが主張するように六隻の大型武装商船に奇襲を受けたのであれば、あの程度で済むはずがない。それに加え、証拠を残さないように情報通報艦及び監視衛星をすべて破壊している。我が戦隊がこの場に現れなければ、我らダジボーグ艦隊が襲撃したという話は充分な信憑性をもって伝えられただろう……』


 そこでリヴォフは言葉を切り、更に強い口調で話し始めた。


『彼らにやましいところがなければ、我々の事情聴取に素直に従うはずだ! これよりアルビオン戦隊に接近し、臨検を行う! その際、我らに従わなければ、それはすなわち敵対行為を行った証拠である! 我々は帝国の安全を守るため、敵を排除せねばならない! 我が命に従い、帝国に仇なす者たちに鉄槌を下すのだ!』


 ほとんどの将兵はリヴォフの演説を聞いたものの、自ら感じた疑問は解消しなかった。

 ただ、上官の命令に逆らうわけにもいかず、また、二年前の戦争において多くの戦友を失っていたことから、アルビオン軍に報復したいと考える者をおり、疑問を口にすることはなかった。


 それでもまだアルビオン王国軍が臨検に応じれば戦闘にはならないと考えていたが、アルビオンの指揮官であるクリフォードが断固たる態度でリヴォフの要求を拒否したため、戦闘が始まることが決定的となった。


 戦闘指揮所CICでこそ下士官兵たちの私語は聞こえなかったが、他の部署ではこれから始まる戦いの意義が分からず、ひそひそと話す声がそこかしこで聞こえた。


『少将が言っていることはこじつけに聞こえるんだが? そもそも疑いがあるなら、ダジボーグなりソーンなりで問い質せばよかったんだ。わざわざ、こんなところまで来る必要なんてなかった』


『俺もそう思うぜ。第一、戦争は終わっているんだ。外交使節団の護衛に戦いを挑むなんてどう考えても馬鹿げていると思うな』


『確かにな。攻撃してきたんなら別だが、疑いがあるだけで対消滅炉リアクターを止めろっていうのは明らかに常軌を逸している。こんな戦いで命を落とすのはごめんだぜ』


 本来なら私語を禁じるべき士官たちもリヴォフの行動に疑問を感じており、注意することはなかった。


 それでも命令に従って戦闘準備を行い、アルビオン王国軍を殲滅すべく、持てるすべてのミサイルを発射した。ここに至り、戦闘は不可避となったが、帝国軍将兵には余裕があった。

 敵は少数かつ傷ついており、大量のミサイルに対処できるとは思っていなかったためだ。


 クリモワも同様で、ミサイルとメルクーリヤの主砲があれば、軽巡航艦と駆逐艦で構成された第二特務戦隊を全滅させることは難しくないと思っている。

 但し、指揮官がクリフォードであることから、何か奇策を使ってくるのではないかと警戒していた。


(二年前、サタナーで行われた戦いにおいて、アルビオンの第九艦隊が使ったミサイル防衛戦術は秀逸だった。あれほど見事な戦術を考えたのが、三十歳にもなっていないコリングウッド大佐だった。ゾンファとの戦いでも奇策を献じたという話だし、想像もつかない手を使ってくる可能性は否定できない……)


 ダジボーグ星系の第五惑星サタナー周辺で行われた、ダジボーグ会戦ではアデル・ハース大将率いる第九艦隊が帝国艦隊のミサイル攻撃を受けている。その際に使われたのは主砲とカロネード、対宙レーザーを使った芸術的なミサイル迎撃だった。(第五部参照)


(もっとも、チェーニミサイルなら一発当たれば轟沈できる。我がメルクーリヤの主砲も同様だ。一、二隻取り逃がすことはあるかもしれんが、無傷ということはあり得ん。コリングウッド准将のお手並みを拝見させてもらおうか……)


 クリモワの余裕は二分も続かなかった。

 十五光秒にまで接近したところで、第二特務戦隊が異様な動きを見せ、困惑の表情を浮かべる。


(何だ、あの異様な動きは……むずがゆくなるような動きだ……)


 最初は何が起きているのか分からなかった。


 通常においては敵対する戦闘艦が接近する場合、人工知能AIによる自動回避機動が行われるが、艦ごとにパターンが異なることが多い。


 また、操舵手による手動回避機動も加わるため、メインスクリーンに映し出される誇張されたアイコンの表示では、各艦が揺らいだように見えることが多かった。


 しかし、目の前に映し出されるアイコンは、六隻の艦が同じように動き、いつもの印象とは全く異なっていたのだ。

 歴戦のクリモワはすぐにその理由に気づく。


「旗艦の自動回避に同期しているのか……」


 旗艦に同期した自動回避機動という事実は判明したが、普段と違う光景に戸惑いがあった。

 そんな状況で第二特務戦隊からの砲撃による迎撃が始まった。


「ホルニッツァ二番ミサイル消失。サーコル一番ミサイル消失……アイースト四番ミサイル消失……」


 クリモワは命中率の高さに驚きの表情を浮かべたが、すぐにクリフォードの意図を理解した。


「あれは旗艦からのAIによる自動回避と砲撃の組み合わせだ。命中率を上げるために行っているのだろう。だが、こちらにとっても好都合だ。我々の砲撃が当たりやすく……」


 しかし、そこまで言ったところで、更に驚くべき事実が報告され、言葉を失った。


「敵ステルスミサイルがチェーニミサイルに向かっています! メルクーリヤ二番ミサイル消失! アリュール一番ミサイル消失!……」


 戦術担当士官の報告にクリモワは一瞬茫然自失となる。


(ミサイルにミサイルをぶつけただと……何という非常識な……いや、この状況なら成功率は低くない。このような状況を想定していたというのか……)


 帝国軍のステルスミサイルを示すアイコンが次々と消えていく。


「何を呆けている! 敵が手動回避を止めている間に主砲で仕留めぬか!」


 リヴォフの怒声がクリモワの意識を引き戻した。


「敵旗艦に砲撃を集中せよ! 旗艦を攻撃すれば、あの戦術を中止せざるを得ん! AIにパターンを解析させろ!」


 情報担当士官に命じるが、数十秒という短時間ではパターン分析ができず、メルクーリヤの放つ、十八テラワットもの膨大なエネルギーの陽電子の束は虚空を切り裂くだけだった。


「手動回避停止!」


 リヴォフの命令にクリモワは一瞬驚くが、すぐにその理由を理解する。


「敵は主砲とステルスミサイルをミサイル迎撃に使っている! 手動回避を止めてもこちらが攻撃されることはない! 直ちにAIによる精密砲撃に切り替えよ!」


 リヴォフはアルビオン側がミサイル迎撃に集中し、自分たちの艦に攻撃してこないことを逆手に取る策に出たのだ。


 その頃には十光秒を切っており、砲撃は激しさを増していった。

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