第31話

 九月十四日標準時間一五四三。


 Z級駆逐艦ゼファー328では艦長のファビアン・コリングウッド少佐は厳しい状況の中、指揮官として部下を鼓舞している。


「みんなはこの状況が厳しいと思っているんだろうが、我々の指揮官は我が兄、“崖っぷちクリフエッジ”のコリングウッドだ。その名の通り、兄は昔から切羽詰まった状況で最も力を発揮している。今回より厳しい状況で生き延び、その話を私は聞いている……」


 普段はクリフォードのことを“兄”と呼ぶことはないが、じりじりとした状況を変えるべく、自分がクリフォードのことを一番知っているという印象を与えるため、あえて口にした。


 ファビアンがそう言った直後、敵ミサイルのアイコンが二つ消滅した。


「キャヴァンディッシュとグラスゴーの砲撃は正確だな。そろそろ、プランチャーリーが機能する。敵は兄の考えた、この奇抜なミサイル迎撃に対応できないはずだ。こんな方法でミサイルを使うことを思いつくのはうちの兄くらいだからな」


 軽い口調でそう言った直後、味方のステルスミサイル、ファントムミサイルのアイコンが敵ミサイルのアイコンに重なった。


「よし! 上手くいったぞ! このままいけば、半数以上のミサイルを撃ち落とせるはずだ! 二十基程度なら対宙レーザーで充分に迎撃可能だ!」


 ファビアンは普段より陽気に聞こえる声を作り、部下たちを鼓舞する。


「これならいけるぞ!」


「さすがは“崖っぷちクリフエッジ”だぜ!」


 戦闘指揮所CIC要員の下士官たちが歓喜の声を上げる。


「喜ぶのは戦闘が終わってからにしてくれよ!」


 ファビアンは私語を咎めながらも、陽気さは崩さない。

 その結果、CICの雰囲気は更によくなった。


 クリフォードが命じた“プランC”とは、今回の任務に向けて考え出した、独特のミサイル迎撃法で、自軍のステルスミサイルを敵のステルスミサイルにぶつけるという大胆な方法だった。


 クリフォードは帝国軍と戦った際、敵の主力兵器がステルスミサイルであり、その発射管の数の多さから飽和攻撃を好むと分析していた。


 そのため、大艦隊ならともかく、軽巡航艦と駆逐艦が主力の第二特務戦隊では主砲とカロネードによる遠距離迎撃だけでは不足だと考え、ステルスミサイルを使うことができないか研究した。


 その研究において、ステルス性が落ちたミサイルに対しては、ミサイルの人工知能AIでも充分に予測が可能であり、互いが接近する反航戦のような高速での戦闘時においては有効であるという結果を得た。


 一方、迎撃に使うステルスミサイルが高速で飛翔する場合、敵のステルスミサイルに発見され、回避される可能性が高いことも判明した。そのため、クリフォードはあえて戦隊の加速を抑え、比較低速で戦闘に突入したのだ。


 ミサイル迎撃専用のミサイルは大昔、人類が西暦ADを使用していた時代には存在した。しかし、ミサイルが高速化しステルス性能が向上すると、迎撃専用ミサイルは姿を消す。


 その理由は光速の二十パーセント、秒速六万キロメートルにも及ぶ速度ではタイミングがごく僅かに外れただけでも効果がないためだ。


 今回、クリフォードの策が成功したのは対艦用の大型ミサイルを使ったことにある。

 真正面からミサイルを接近させ直前で爆発させれば、少々タイミングがずれたとしてもその膨大なエネルギーによって、脆弱なミサイルなら破壊できるのだ。


 以前の迎撃ミサイルはミサイルを破壊できるだけの威力しかない小型ミサイルだった。迎撃用ということで、数が必要となり、小型化せざるを得なかったからだ。


 つまり、クリフォードの考えた方法は非常識というより、不経済すぎて誰も真剣に考えなかったものだ。実際、クリフォード自身も今回のような特殊な条件でしか使うつもりがなく、一般的なミサイル迎撃法とするつもりはない。


 ちなみにミサイル攻撃のパターンはアルファからデルタまでの四つある。


 アルファは通常の遠距離ミサイル攻撃、ブラボーは接近してからの奇襲攻撃、チャーリーは専守防衛のミサイル迎撃、デルタは追撃を受けた際の特殊攻撃である。


 いずれも帝国軍を想定したもので、小型艦での戦闘が非常に短時間であることから、瞬時に命令を伝えるためにコードネーム化している。


「そもそも訓練ではプランCがなくとも、五十基以上のミサイルを迎撃できていた。その訓練通りに動きさえできれば、恐れることはない」


 ファビアンの言葉にCIC要員たちの表情が僅かに緩む。


 実際、クリフォードが課した訓練メニューは圧倒的に不利な状況というものも少なくなく、訓練時に不平不満が噴出していたほどだ。しかし、元々精鋭が集まった戦隊であり、すぐに結果を出している。彼らはその厳しかった訓練を思い出し、自信を蘇らせていた。


 そんな中、情報士が声を上げる。


「あと三十秒で敵軽巡航艦、駆逐艦の射程に入ります」


 ファビアンは「了解」と答えると、マイクを手に取り、艦内全域に向けて放送を行った。


「敵との交戦時間は非常に短い! 瞬時の判断が必要になるが、上官の指示に従い、冷静に対応してほしい。以上だ!」


 その直後、帝国の軽巡航艦ホルニッツァとバード級駆逐艦からの砲撃が始まった。

 砲撃は最初から激しいもので、メインスクリーンに映し出された無機的な表示からも、ミサイル迎撃に専念させまいとする帝国軍の意思が感じられるほどだった。


「防御スクリーンに擦過弾あり! ホルニッツァの主砲の模様!」


「駆逐艦サーコルの主砲直撃! 防御スクリーン負荷五十パーセント!」


 次々と報告が上がってくる。


「防御スクリーンの維持が最優先だ! 対消滅炉リアクターの出力を維持せよ!」


 ファビアンは指示を出しながらもメインスクリーンに映るステルスミサイルの情報を目で追っていた。


(プランCで八基撃破か。三十パーセントを超える命中率は十分すぎる戦果だ。しかしまだ数が多い……)


 クリフォードの計画通り、帝国軍のチェーニミサイルは比較的低速で忍び寄る、アルビオン王国軍の中型ミサイル、ファントムミサイルを捉えきれなかった。


 その結果、二十四基のファントムミサイルのうち、三分の一に当たる八基が体当たりに成功している。


 それでも敵ミサイルの残数は多く、ミサイルを示すアイコンが減ったようには見えなかった。


(我々の主砲がどこまで撃ち落とせるかだが……よし! 三基撃破……更に二基……この調子なら戦隊に接近できるのは二十基以下だろう。それなら対応できないことはない。あとは敵の砲撃をどう凌ぐかだけだ……)


 第二特務戦隊の各艦は主砲の射程内に入ったステルスミサイルを次々と撃ち落としていく。


 これもプランCが成功した要因と同じ敵ミサイルが比較的高速であるためステルス性が低下していることに加え、人工知能AIによる全自動砲撃が功を奏している。


 何とか行けそうだと思った直後、艦が大きく揺れた。

 警報音とAIによる警告メッセージが響き、何が起きたのか理解できない。


「ホルニッツァの主砲直撃した模様!」


「防御スクリーン、Aトレイン緊急停止トリップ! Bトレイン三十パーセントまで低下!」


 情報士と機関士の報告にファビアンは思わずコンソールに視線を向ける。


(まずいぞ。このままじゃ、帝国駆逐艦の豆鉄砲でも深刻な事態に陥ってしまう……)


 しかし、すぐに冷静さを取り戻し、指示を出していく。


「防御スクリーンの再起動急げ! 艦の損傷を適宜報告せよ!」


 その声に一時混乱したCICに秩序が戻った。


 激しい戦闘はゼファーだけでなく、他の艦でも同様だった。


(敵の命中率が思った以上に高い。リヴォフ少将の戦隊は精鋭のようだ……しかし、この状況でステルスミサイルが到達したら対応できるのか……)


 ファビアンは不安を抱えながらも命令を発していった。

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