第30話

 九月十四日標準時間一五四三。


 ゲオルギー・リヴォフ少将率いる戦隊は最大加速度での減速を止め、艦首を第二特務戦隊に向けた後、大型ステルスミサイル、“チェーニミサイル”を発射した。


「敵ミサイル到達想定時刻は約二百秒後の一五四六。敵とすれ違うタイミングです」


 戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐が解析結果を報告する。

 クリフォードは想定通りであり、小さく頷き、命令を発した。


「各艦、独自に回避に専念せよ」


 すぐに重巡航艦メルクーリヤの主砲の射程に入った。


「僅か一隻だ! 油断さえしなければ命中はない!」


 クリフォードの言葉に多くの者が頷いている。

 散発的な砲撃が続く中、更に距離が縮まっていく。


「あと一分で敵ミサイルとの距離が十五光秒となります」


 キャヴァンディッシュとグラスゴーの主砲の射程に入るため、オハラが注意を促す。


「了解。各艦、旗艦に同期せよ」


 更にクリフォードは戦闘指揮所CICに向けて、この状況で陽気とも言える声で言葉を掛ける。


操舵長コクスン、君の腕に任せたぞ」


 操舵長のレイ・トリンブル兵曹長は「了解しました、准将アイアイサー」と彼にしては珍しく、真剣な声で応え、回避機動を行っていく。


 それを合図に、残りの五隻がトレースするように全く同じ機動で追従し始めた。

 これは旗艦から他の艦を制御しているためで、クリフォードが考えた新たなミサイル防衛戦術だった。


 クリフォードが提案し、アルビオン艦隊の標準ミサイル迎撃法は、操舵手による手動回避をやめ、人工知能AIによる自動回避と精密砲撃を組み合わせるというものだ。


 特に旗艦のAIが一元管理するとより効率的となり、戦隊全体の迎撃精度が格段に上がる。


 しかし、この方法では敵からもAIによる予測が容易に行えるという弱点があった。つまり、自動回避中は敵からの砲撃も命中率が格段に上がり、脅威にさらされることになるのだ。


 実際、ディン・クー大佐の指揮するゾンファ共和国の通商破壊艦部隊は手動回避停止後に、それを逆手に取られ、殲滅されている。


 クリフォードはその弱点を克服することを考えた。

 問題は自動回避時間が長くなると敵の予測精度も上がるということにある。


 それを回避するには手動回避を行いつつも、AIの指示するタイミングのみ手動回避を止め、そのタイミングで主砲を自動照準で放ち、ミサイルを迎撃すればよいと考えた。


 但し、この方法にも弱点はあった。


 各艦が独自に手動回避する場合、操舵手ごとに手動回避停止のタイミングがずれる可能性が高い。そうなると、旗艦のAIからの指示による砲撃でも効果がなくなる。

 これを克服するために、旗艦から遠隔で操艦と砲撃を行うことにしたのだ。


 これにより、六隻の艦は一隻の艦と同じようにAIによる効率的なミサイル迎撃が行え、かつ、手動回避によって敵の砲撃の命中率を下げることが可能となった。


 この方法は旗艦以外の五隻の艦に対しても、旗艦の操舵長であるトリンブルが手動回避を行うということで、非常に重い責任が彼の肩にかかる。


 そのため、普段飄々としたトリンブルであっても額に汗を浮かべ、真剣な表情を崩すことはなかった。


「ここを切り抜ければ、敵は追いつけない! ダメージコントロールの優先準備は防御スクリーン、対消滅炉リアクター通常空間航行用機関NSDだ! 副長ナンバーワン! 頼んだぞ!」


 艦長であるバートラム・オーウェル中佐が戦闘指揮所CICに漂う緊張感を払拭するために、大きな声で命令を出していった。


 クリフォードは回避機動が開始されたことを確認すると、鋭く命じた。


「全艦、順次ミサイル発射!」


 その命令にバートラムが「了解しました、准将アイアイサー!」と野太い声で答え、自らの部下に命令する。


「スペクターミサイル発射!」


 戦術士がそれに答え、メインスクリーンにはスペクターミサイルを示すアイコンが表示される。そのアイコンは敵に真っ直ぐ向かうことはなく、大きく広がっていった。


■■■


 軽巡航艦グラスゴー451の艦長、サミュエル・ラングフォード中佐はメインスクリーンに映し出される敵ミサイルを示すアイコンを眺めながら、苛立ちが表情に出ないように苦労していた。


(この方法が有効なのは理解するが、もどかしさが強いな。自分の指揮する艦を自由にできないのは……)


 彼自身はクリフォードが考えたミサイル防御法の有効性を理解し、旗艦からの遠隔操作に納得はしているが、四十二基もの大型ミサイルが迫る中、艦長として何もできないことに苛立たしい気持ちがもたげている。


(この距離なら敵の砲撃が当たることはほとんどない。だが、十光秒を切ったら重巡航艦だけではなく、軽巡航艦や駆逐艦も砲撃を加えてくるだろう。こちらはミサイルに対応するのに手一杯になるから反撃はできない。それも理解できるのだが、もどかしいことに変わりはない……)


 帝国艦の射程内に入るということは第二特務戦隊からも攻撃は可能になるということだが、戦隊司令であるクリフォードは主砲をミサイル迎撃にのみ使用することとしていた。

 そのため、敵が接近してからもダメージコントロール以外にすることがない。


 サミュエルはそこで軽く頭を振ると、意識を切り替えた。


(すべてのミサイルを撃ち落とすことは難しいはずだ。グラスゴーもそうだが、この戦隊の艦は敵のミサイルの直撃に耐えられない。何隻かは沈むことになるのだろうな。そのことを部下たちも分かっている。何かすることがあれば気も紛れるのだが……)


 そう考えると、CIC要員に向けて声を張る。


「ミサイル迎撃は旗艦に任せるしかない。我々が考えるべきは敵のミサイル攻撃を凌ぎ切った後にどう対応するかだ。戦術士タコーは反転後にすぐに主砲で反撃できるよう準備を怠るな! 目標の指示が旗艦からあるはずだが、こちらでも独自に設定できるようにしておくんだ。機関士はダメージコントロール班と連絡を取り合って、防御スクリーンとリアクターを……」


 その間にも重巡航艦メルクーリヤからの砲撃は続いているが、CIC要員たちはサミュエルの命令に従い、準備を行っていく。

 そんな中、戦況を分析していた情報士が声を上げる。


「敵ミサイル想定位置、約十五光秒! 迎撃開始します!」


 次の瞬間、グラスゴーの主砲、五テラワット中性子砲が旗艦キャヴァンディッシュからの指示によって発射された。


 キャヴァンディッシュでも砲撃を開始しており、サミュエルはメインスクリーンに映る表示に視線を向けていた。

 二基のミサイルの表示が消える。


(今のところ上手くいっているな……あと三十秒もしないうちに駆逐艦の主砲も射程に入る。それにプランチャーリーも機能するはずだ……希望が見えてきたぞ……)


 サミュエルはそう考えると、部下たちを鼓舞するように声を掛けていった。

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